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さよならばかりのイストリア  作者: せいのかつひろ
-プロローグ-
7/25

第五話 「光の中から」

 



――暗闇の中、意識だけが目覚めたようだ。

つい最近同じような感覚を味わったばかりだったから、別にもう驚かなかった。

ただ、心地好い。

あの時もそうだった。

とても心地好かった。

この空間には、僕しかいない。

さっき倒したあの黒い球体がうようよいたりするかもしれないが、そしたらあの赤い光が見えるだろう。

或いは、僕が疲れ果てて眠っている間に別の黒い化け物に呑み込まれてしまったのかもしれない。

けれど、それならそれで仕方ないかと思えてしまう。

このまま、あの化け物の胃袋の中で静かに溶けていくのを待って、音沙汰なく世界から消えるんだ。

それでおしまい、ゲームオーバー。

何が変わることもない。

僕らが普段、当たり前のように動物や魚を殺して食べているのと同じことだ。

きっと、誰も僕がいなくなったことに気付かないだろうし。



……なんて思っていたのに、突然暗闇の向こうから光が迫ってきて、一瞬にして暗闇を打ち消してしまう。

あぁ、なんてことをするんだ。

僕はあの中がよかったのに、明るく照らして色を付けて……ん、色?



――気が付くと僕は、どこか別の空間にいた。

目の前には、赤い屋根の一軒家。

自分の背より少し高い煉瓦の壁に囲われている。

玄関へと通じる柵があって、その向こう側にはいつか聞いた声。

いつかいた光景。

笑い声。

笑い声が聞こえる。

そういえば、最後に笑ったのはいつだろう。



……やめよう、安っぽい三問芝居みたいだ。

大抵生きていれば大笑いはせずとも、感情の変化くらいはあるだろう。

達観してしまうのは僕の悪い癖でもある。

ここ数年は人と話す回数より、自分の頭の中で色々なことを考えて続けている時間の方が長かったから。


暖かい家族の風景に、胸が苦しくなる。

父と母、その間に少年。

三人は手を繋いで、家の中へ消えていく……。

次の瞬間、少年が少しだけこちらを振り返った。




「バイバイ」




そこで目が覚めた、らしい。

今の僕には何が現実で、何が夢なのか、正直わからない。

ただ、先程よりは意識が鮮明なので、きっと今は目覚めていると思う。つまりこっちの意識が本当の僕で、この夢みたいな状態が、現実なんだと思う。

だから彼らに会うことは二度とない。



せめて僕も……僕も、バイバイって、さよならって伝えたかった。



――アラタ。



また、僕を呼ぶ声。

ゆっくり体を起こす。

薄暗がりの中、周囲に変化はないようだった。

よかった、呑み込まれたりしたわけではなさそうだ。

体のどこにも……痛みはない。

少し怠いくらいか。



――よかった、目が覚めたんだね、アラタ。さぁもう一踏ん張りだよ。



少年のように透き通った声はしきりに僕を急かす。

そうだ、気を失っている場合じゃない。

早く僕を呼ぶ声の主にあって、あの騎士を助けるために協力してもらわなければ。

でも、どうしてこの声は僕に聞こえてくるんだろうか。

ここまで来て幻聴ってことはないだろうし。

さっき僕を襲ってきた黒い怪物みたいな奴が、僕を誘い込んでいるのだとしたら……。

そう考えると、途端に不安になる。



「ね、ねぇ……! 君はどうして、僕のことを知っているの…………!?」



――――。



声は、言い淀んだ。

懐疑心を煽られる。

本当にこのまま、この声の言う通り進んでいいのだろうか。

何かもっと別の、安全で確実な手段を探してみたほうが――。



――必ず、君の力になるよ。アラタ。約束する。



絞り出すように、声は言った。

僕はまた迷う。

だが、ウジウジここで立ち止まっていても仕方がない。

その声が信用出来るかどうかはまた別の話で、少なくとも僕がここでなにもしないでいればいるほど、あの騎士が助かる確率は低くなっていく。

それなら。

僕は重たい扉をもう一度開いて声の主を探すことにした。


 「――ひっ……!?」


広い部屋にもう一度戻ってすぐ、思わず悲鳴をあげかけて、とっさに手で口を塞いだ。

さっき倒したばかりの、あの黒い球体をした化け物が、そこらをうようよ漂っているのだ。

さっきまでは、こんなにいなかった筈だ。

扉の前で小さくなり、動けなくなる。

こんなの、どうすれば……。



――剣を持ってアラタ。今の君なら、彼らを倒すことができる。



「そ、そんなの、さっきは、たまたまで……」



――大丈夫、ボクを信じて。アラタ。



そんな言葉、簡単に使うなよ。

僕にとって信じるってことがどれだけ難しいことか、知らないくせに。

そうやって言った殆どの人間が、僕を裏切って、その度悲しい思いをするのは、僕なんだ。


だから……だから、そんな言葉、僕には必要ない。

もう何度目かわからない、剣を握り直す動作。

汗が、顎の下から地面に垂れていくのがわかる。

呼吸が上手く出来ない。

手足の感覚が薄れていく。

怖い。

そうだ、これは怖いという感情だ。

当たり前だ。

剣なって持ったことないし、よくわからない生き物とはいえ、剣を振るうということは、相手を殺すということだ。

そんなこと、出来るわけないじゃないか。


……考えろ。

考えるんだ。

彼らを倒さなくても先に進むためにはどうすればいいか。

一度深呼吸をして、整理する。


いつもそうだった。何か辛いことや苦しいことがあった時、僕はいつだって考えてきた。

なにが最善なのか。

何が正解なのか。

僕の思考は気持ちと裏腹に、いつも以上に明瞭になっていく。


彼らを観察する。

彼らは見える範囲に5体ほどいて、ふわふわと漂いながら同じ場所を行ったり来たりしていた。

もしかすると、僕がやっていたゲームのように、「気付かれなければ襲ってこない」のではないだろうか。

そういえば最初に出会った彼らも、僕が近付くまでは襲ってこなかった。

それはつまり、「気付ける範囲が極端に狭い」ということだと思う。

……そうすると、向かって右を回って行くには……彼らが数多く見えるので難しい、と思う。

ということは僕が向かうべきなのは……向かって左の扉だ。





……行こう、行くしかない。

僕はもう一度深呼吸してから、すり足で左側の扉を目指す。

二つの黒い球体が規則的に漂っている。

彼らの視界に入らないように、ゆっくり、ゆっくり……。

球体が折り返して僕に向かってくる。

直ぐに壁に寄り添って身を屈めた。






――球体が僕の脇を通る。

息を止め、出来るだけ小さくなる。

自分の心臓の音が耳の中で響き渡る。

気付くな、頼む、頼むから、そのまま通り過ぎてくれ……。


「……」 


よし、通り過ぎていった……!

幾ら大丈夫だという確信があっても、恐怖心が拭えるわけじゃない。

数秒がこれほど長く感じたのは初めてかもしれない。

目だけをこれでもかと見開いて球体の動きを追う。



よし、大丈夫、大丈夫だ。

踏み出そうとするが、足に上手く力が入らない。

今行かなきゃ、ダメなんだ。

そのまま四つん這いになって這うようにして扉に向かう。

ようやく辿りついた扉を開き、素早く身体を部屋の中に入れ、扉を閉める。




「……はぁ……はっ、はぁ……!」



ほんの少し動いただけなのに、何百メートルも全速力で走った後のようだ。

息は苦しくて死にそうだし、汗は止まらない。

それでも、なんとかできた。

後どれだけこんな思いをしなければならないんだろう。

こんなに必死になっても仕方がないというのに。

夢か現実かもわからないような、こんな場所で……。


扉の奥は、真っ直ぐ伸びた通路になっていた。

この通路には灯りがあった。

少し行くと、下に降りていく階段が続いているようだ。

 引き返したところで、何が変わるわけでもない。

ここまで来たら、先に進むしかないんだ。

それが前か後ろかは分からないけれど。



――もう直ぐ会えるよ、アラタ。



思い出したように、声が聞こえる。

そうか、この先にいるんだね。

階段を降りていくと、お城の広間のような部屋に出た。

階段から真っ直ぐ伸びたレッドカーペット。

部屋の中央には階段があって、その上に祭壇のようなものがある。

薄暗いはずなのに、この部屋だけが何故か明るかった。

祭壇の上で、何かが輝きを部屋中に漏らしているからだ。



祭壇に向かう。

部屋にはそれ以外のものはないように見えた。

階段の上、祭壇の前に立つと、より一層眩しい。

光っているのはなんだ。

小さな……箱?

箱だ。

ティッシュ箱程度のサイズの箱が、光っていた。


「え……ちょっと待って……これって……」



――さぁ、その箱を開けて。アラタ。



声が聞こえる。どうして、この声は……

 

手を伸ばす。


指先がそっと箱に触れる。

すると今までより一層その箱が光り輝く。


「うわ……!?」


何も見えなくなって、思わずふらつき尻餅をついてしまった。

 

徐々に光が収まっていく。

 

ゆっくり目を開く。

光は完全に収まっていた。

変わりに、淡い青色に部屋に灯りが灯っていた。

起き上がり、もう一度祭壇の上を見ていると、箱が開いている。中を見てみると、指環が入っていた。

指環には特に目立った装飾もない。



――その指環を指に嵌めて。そうすれば君とボクは――



声が僕に囁く。

なんだろう、まるで悪魔と契約する気分だ。

やけに自分の気持ちが高揚しているのがわかる。

これで、いいのか。

これでいいはずだ。



僕は左手の人差し指にその指環を嵌めた。



――ありがとう、アラタ。



指環が輝き出す。

部屋中がまた光に埋もれる。

けれど、今度は眩しくなかった。

指環から溢れる輝きが僕の隣で人の形になっていく。

 

少し長めの、水色と銀色を足したような髪が美しい、僕と同じくらいの背丈の子が、光の中から現れた。


閉じられた目が、ゆっくりと開く。


「き、君は……?」


そう言うのとほぼ同時に、目と目が合った。

はじめぼうっとしていたその目がはっきりと光を持ち、改めて僕を見据える。


「はじめまして……だね、アラタ。ボクはピスティ。君の――味方さ」


何度も僕に囁いてきたあの透き通った声が、その口から聞こえる。


僕はただ、そのあまりの美しい身なりに、声を出せずにいた。





※2018年6月2日 改稿

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