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9幕 キルクーク平原2

 討伐軍本隊は前進を開始した。数千の騎兵、数千の歩兵が敵に死をもたらすべく歩みを強める。


 敵主力の前進にゴンドファルネスは決断を迫られた。

 迫り来る敵本隊に対抗するべくこちらも軍を送り込むか、あくまで戦局を見守り前衛の崩壊を無視するか。

 守りを固めるか、逆に攻撃に転じるか。


 だが考える時間は殆ど与えられなかった。

 討伐軍本隊接近により強まった圧力に耐え切れず前衛部隊が崩れて潰走を始め、背後に控えていた中衛部隊が否応無しに戦闘に突入したからだ。

 更に両側面からは重装騎兵(カタフラクト)軽装騎兵(シパーヒー)の援護を受けて怒涛の進撃を行っていた。


 重装騎兵(カタフラクト)は全身を鱗鎧(スケイルメイル)鎖帷子(チェインメイル)で固め、軍馬さえも鎧を着込んでいる程の重装備で、長槍と剣を主な武器としている。

 重装甲と頑健な軍馬の突撃力で敵陣を破砕するのが任務で、正にバラバ王国軍の誇る必殺兵器であった。

 しかし一方で維持・編成に莫大な費用が掛かるために数が少なく、その重さから小回りも効かない。その欠点を補う為に軽装騎兵(シパーヒー)や歩兵陣と共同で戦う事が常であった。


 鋼鉄の騎馬軍団の接近にゴンドファルネス始め反乱軍の将兵は焦った。そもそも彼らは重装騎兵(カタフラクト)軍団の突撃に撃ち破られて一度はバラバ王国に屈したのだ。押し留めようと必死になり、他の事を考えられなくなるのも已む無しと言えた。


 ゴンドファルネスは中衛部隊の一部を切り離し両翼へ回して時間を稼ぎ、更に後衛の精鋭部隊も一部を残して左右に振り分けた。重装騎兵(カタフラクト)の突進に対応出来うるのなど、直下の精鋭・重装部隊しかいなかったからだ。

 こうしてアイーシャの狙い通り、反乱軍は否応なしに全軍が戦いに投入された。血しぶきと刃の舞う熾烈な戦闘が全線で行われた。


 ナサール率いる討伐軍先陣は士気こそ下がってはいないが開戦から戦い続けている為、流石に疲労が色濃く、攻撃は鈍っていた。だがその事も両翼から重装騎兵(カタフラクト)が猛烈な突撃をかけている状況では今さら反乱軍の有利にはならなかった。


 反乱軍は全軍の投入で何とか戦線を保っていたが、それも後一押しで崩れ去るだろう。



挿絵(By みてみん)



 ◇ ◇ ◇



【アイーシャ】(戦況はわたしの思った通りに進んでるわ。反乱軍は全兵力を注ぎ込んで戦線を支えている。だからもう反乱軍には予備隊がない。戦線に穴が空いてももう埋める術がない。その上、後衛も投入してしまっているみたいだから戦線を後ろから縛る督戦も出来ない。一度崩れたら、お仕舞いね)

【アイーシャ】「殿下」

【クルジュ】「うん?」

【アイーシャ】「敵は崩壊寸前です。止めを刺しましょう」

【クルジュ】「う、うん? 止め?」

【アイーシャ】「はい。反乱軍が崩れるも時間の問題ですが、何も待ち続ける事はありません」

【クルジュ】「分かった。どうすればいい?」

【アイーシャ】「両翼ではゴンドファルネスの重装部隊がまだ耐えています。ですから目の前の敵中衛部隊を狙いましょう。傭兵と民兵共ですがら、こちらを討つ方が有利です」

【クルジュ】「うん、そうだね。分かった」

【アイーシャ】「ナサールの部隊は連戦で疲労していて突き崩す役目は期待出来ませんから新手を送ります。今、本陣には無傷の重装騎兵(カタフラクト)200騎がいます」


 そう本陣には旗本として重装騎兵(カタフラクト)の一団がいるのだ。本陣の守りに抜擢されるほどだ、士気・練度共に極めて高い精鋭部隊である。


【クルジュ】「本陣が……突撃を……?」

【ダティス】「……」

【アイーシャ】「クルジュ様の護衛の為に最精鋭の兵(わたしも含めてね)を集めてありますから、この戦力を使わない手はありません」

【クルジュ】「う、うん。じゃあ、ってことは、僕も」

【アイーシャ】「はい。クルジュ様の号令一下、我ら本陣の精鋭軍が突撃を行います。愚かな反乱者どもに引導を渡してやりましょう」


 壮麗な騎兵突撃。それも大将自ら行い、戦闘の結果を決める一撃。

 正しく叙事詩や英雄譚の一場面にあってもおかしくないシチュエーションだ。


【アイーシャ】(クルジュさまだって男の子。英雄譚には憧れを持ってるわ。元より積極的になっている今なら、すこーし煽れば……)

【クルジュ】「よ、よし。僕もやる! 初陣だ。戦うぞ!」


 クルジュの手綱を握る手に力が篭もる。声も昂揚して上ずっていた。


【クルジュ】「ただ、その、何て言うかアイーシャがいてくれたら安心だから、その」

【アイーシャ】「?」

【クルジュ】「その、側にいてくれる? まだ怖いから……」

【アイーシャ】「く、くるじゅさま……」

【アイーシャ】(と、溶ける……とろけるっ! そんなこといわれたら! いけない気分を抑えられなくなっちゃうぅぅ!)

【クルジュ】「ア、アイーシャ?」

【アイーシャ】「……はっ、も、もちろん、もちろんです! クルジュさま! お側には常に私がおりますゆえ、御安心して戦いにお望み下さい!」

【クルジュ】「良かった! ダティス将軍も行こう!」


 横で聞いていたダティス将軍もクルジュの戦意自体を否定したりするつもりはないらしい。それどころか若き王子の熱意に当てられて、彼自身も戦いへの意欲を強めているようだった。


【アイーシャ】(ま、クルジュさまが行くって言ってるんだからダティス(おきな)ももう逆らわないでしょ)

【ダティス】「……はい、殿下。殿下のその勇敢さ、流石はハリード陛下の御子息というべき。不肖、このダティスも殿下の初陣に出来る限りの助力を致しますぞ」

【クルジュ】「うん、ありがとう!」

【アイーシャ】(なんでそういう時にあの老いぼれを引き合いに出すわけ? そういうところがムカつくのよねぇ、爺さんどもは。大人しくクルジュさまを褒めなさいよ。ったく)


 何れにせよ、本陣の突撃という案は採用された。

 大将であり王子であるクルジュ自ら突撃に加わるというのだ。騎士達の意気が上がらないわけがない  重装騎兵(カタフラクト)達はその練度の高さを示して落ち着いて統率を維持しているが、内心は戦意に燃えたぎり、背後にメラメラと炎が燃え盛っているようにすら見える。


【アイーシャ】「さあ、クルジュ様。ご命令を!」

【クルジュ】「ようし! 行くぞぉ、突撃!」


 そういうなりクルジュは腰の剣を引き抜き、飛び出すように馬を走らせた。そしてアイーシャ、ダティスを始め、200騎の騎兵がクルジュを守るようにしつつ、前線へと突撃を始めた。



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