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10幕 戦闘

 クルジュは勇んで馬を駆けさせているが、初陣でもあり元より才能豊かという訳でもない彼の馬術は、贔屓目に見ても尚危なっかしかった。

 とはいえ、クルジュの馬は王子が乗るに相応しい名馬であり、馬自身の動きと判断はクルジュの拙い技量を補って余りあった。更にアイーシャがそれとなく誘導する事で他の兵に衝突もせず、大将として在るべき位置を維持出来ていた。


【クルジュ】(あくく、落馬しないようにするので限界だよ! そ、それに比べてアイーシャは凄い!)


 一方、アイーシャの馬術は文句の付けようがなく、一部の乱れも無い。戦場で全力で駆ける軍馬に跨がっているとは思えないほど見事にバランスを維持し、精鋭揃いの本陣隊の中でも際立って巧みだった。


 本陣騎兵隊は中央の歩兵陣を越え、疲労したナサールの先陣を追い抜き、遂に敵陣に達した。

 敵陣を構成するのは傭兵や民兵、豪族の私兵ども。装備は雑多で統一されておらず、武具は砂埃でくすんでいる。猛烈な勢いで突撃を掛けてきた討伐軍の騎兵隊を目の当たりにして、その目には恐怖がありありと浮かんでいる。

 

【アイーシャ】(一撃で砕いてやるわ、雑魚どもが!)


 アイーシャはさっとクルジュの前へ出た。クルジュが入る道を切り開くべく、迷う事なく敵陣へ乗り込んだ。


【アイーシャ】「邪魔だ、散れッ!」


 前を遮る敵兵を軍馬の蹄に掛け、容赦無く剣を降り下ろす。 


 アイーシャはあらゆる類いの武器を使いこなせた。剣、槍、弓、斧、盾に鉄槌(メイス)にナイフ。全ては天賦の才能がの為せる技である。

 彼女は中でも剣を殊更に得意とし、この戦いでも愛用の剣を振るった。

 

 剣の銘は"流星(シャハーブ)"。

 地上に落ちた隕石から打ち出されたと伝わる無二の名剣である。その切れ味は鋼の鎧さえ切り裂くと畏れられていた。

 その剣が敵の頭を兜ごと断ち割り、返り血にまみれた剣先の軌跡はまるで赤い流れ星のようだった。


【アイーシャ】「精々我が剣の彩りになるがいい!」


 アイーシャの華麗な剣捌きは敵さえも魅了する絶技。しかし魅そられた瞬間に訪れるのは死である。


 敵兵を押し退け、踏み潰し、次々と"流星(シャハーブ)"が切り裂く。他の重装騎兵(カタフラクト)達もまた得物の槍や剣で討ち取っていく。

 ただクルジュだけはまだ誰も討ち取れていなかった。彼は馬を駆けさせるのに必死で、剣を振るうどころか取り落とさないようにするので精一杯のようだった。


【アイーシャ】(いけない、わたしったらこんなことしてる場合じゃなかった。クルジュさまに首級を挙げさせて差し上げなきゃ)


 首級を上げようとするのは匹夫の勇というもの。大将に求める事柄ではない。

 しかし、一つも無いのでは幾らなんでも格好がつかない。特に国を治めようとする者なら尚更だ。"初陣で首塚を築いた"くらいの伝説が必要があってもやり過ぎではない。


【アイーシャ】(ゴンドファルネスがいれば一番いいけど、流石に無理かしらね。それなりの戦士はどこかに……あいつなんか良さそうね)


 押しまくられるだけか武器を捨てて逃げる反乱軍兵が大半の中、剣を構え果敢にこちらへ向かってくる騎兵がいた。

 アイーシャは巧みに馬を動かし、クルジュの乗る馬を件の騎兵の方へ誘導した。余りに巧みなのでまだ誰も誘導されている事に気付いていない。


【アイーシャ】(さあ、こっちへ来なさいな。よし、かかったわ!)


 敵の騎兵が近くにクルジュがいる事に気付いたらしく、馬首を向けた。敵にとっても大将首を狙うチャンスだった。


【敵騎兵】「その首頂かせて貰う!」

【クルジュ】(て、敵がこっちに! ア、アイーシャ!)


 だが敵騎兵の目的は達せられる事はない。クルジュと敵との間にはアイーシャが立ちはだかったからだ。

 三人は並走しながら剣を構える。敵兵は先ずはアイーシャを仕留めようと剣を振るった。


【アイーシャ】(この程度でわたしを殺せると思ってるわけ? あんた何かただの餌よ!)


 敵騎兵の剣は全てアイーシャに防がれた。かすり傷の一つも与えられない。苦戦に敵兵の焦りは目に見えて高まっている。


【敵騎兵】「く、糞っ!」


 焦った敵騎兵が剣を大きく突き出した。

 その瞬間、"流星(シャハーブ)"が煌めいた。

 騎兵の腕が剣を持ったまま宙を舞った。切り落とされたのだ。


【敵騎兵】「うがっ!」


 そして、アイーシャは馬の速度を緩め、腕を失った敵騎兵とクルジュを並走させた。


【アイーシャ】「クルジュ様、今です!」


 アイーシャは叫んだ。


【クルジュ】「! やぁっ!」


 アイーシャの声を聞いてクルジュは反射的に敵騎兵に切りつけた。華麗さの欠片もない太刀筋だったが、今の敵兵を攻めるにはそれで十分だった。

 避ける余裕も無い敵兵は顎から肩口まで大きく裂かれた。そして血を流しながら馬から落ち、砂煙の中へ消えた。





 暫く敵陣を撃ち破り、反乱兵を討ち取り続けた本陣騎兵団の前から兵がいなくなった。敵陣を突き破ったのだ。後ろを振り返っても武器を捨てて逃げ惑う反乱軍兵士と追撃する討伐軍しか見当たらない。

 そこまで至り、騎兵達は馬を止めた。


【アイーシャ】(勝ったわね。他愛も無い相手だったわ。……あら?)


 隣ではクルジュが血に濡れた剣を持ち、小さく震えている。


【クルジュ】「……」

【アイーシャ】「ク、クルジュ様? どうなされました? ま、まさかお怪我でも!?」

【クルジュ】「あ、いや、それは大丈夫だよ。ただ……」

【アイーシャ】「?」

【クルジュ】「……ううん、何でもないよ」

【アイーシャ】「そうですか、それならよろしいのですが。それよりもクルジュ様、初陣での初首級おめでとうございます!」

【クルジュ】「あ、うん。ありがとう。アイーシャのお陰だよ」

【アイーシャ】「戦いにも勝利致しました! 初陣としてこれ以上無いほどの(ほまれ)です! 皆、(とき)の声を上げよ!」

【アイーシャ】(やったわ、わたし! クルジュさまの初陣を見事に飾ったわ! 第一のステップは大・成・功よ!)


 オオオー!と共に突撃した騎兵達が叫んだ。勝利の声だった。


 だがその中で……


【クルジュ】「……人を切るのは、あんまりいい気分しないね」


 と小さく呟いた事にはアイーシャも気付かなかった。




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