ゲームクリア
初投稿作品となります。
至らぬ点があるかと思いますが、何とか完結までやっていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
バーチャルグラフィックで出来た仮想空間。
地下でありながら広大かつ石畳の通路という非現実的な通路を6つの影が走る。
「よし、次は99階層……ボスまでもう少しか」
先頭の人影、五十嵐優真が言葉をこぼす。
独り言にはやや大きいその言葉に、返事を行う者はいなかった。
しかし、優真にとってそれは当然。
従う5つの影、『従者』と呼ばれる彼女たちはただのデータに過ぎないからだ。
壁にはめ込まれた光る石のみを光源としながら、一切の躊躇なく6人が走る。
その時淡く照らされた通路の向こう側から、3つの影が高速で飛び出してきた。
3つの影は巨大な漆黒の狼。
優真の視界には狼の情報が素早く表示される。
『ダークネス・ヘル・ウルフ Lv700』
漆黒の狼は獲物を見つけた喜びに、吐息と唾液をこぼしながら6人に襲い掛かる。
重く鋭い足音が通路に響き、3匹と6人の距離が一気に縮まっていく。
(あと一個、『神の気まぐれ旅行』だけで全アイテムコンプリートだからな〜)
そんな様子を見ながらも、特に気負った様子もなく優真は考え事をしていた。
既にダークネス・ヘル・ウルフが出た際の対処は何百回も繰り返している。
「ネリウム、攻撃開始。フリージアはとどめを刺せ」
「「了解」」
優真の命令に、感情のない返事が返ってくる。
返事をした一人、ネリウムと呼ばれた少女がその手に持つ不釣合いな大きさの武器を構える。
武器の名はブレイザー・ライトマシンガン。追加DLCのガンナー職が持てる最高性能の分隊支援火器だ。
剣と魔法の世界に不釣り合いなそれを構えるのは、これまた追加DLCである『従者』のドワーフ。
種族特性で一定以上大きくならないその体は、腰まで伸びた大きく長い三つ編みと相まって少女をより幼く見せる。
「攻撃開始」
無機的な声と共に、トリガーが引き絞られた。
火薬が爆発し、弾丸が吐き出され、空薬きょうが排出され、次弾が装填され、再び発射される。
一秒間に数十回繰り返されるその動きにより、全ての音がつながっていく。
打ち出される鋼鉄の暴風が通路を薙ぎ、ダークネス・ヘル・ウルフに直撃した。
1匹が正面から弾丸を浴びて絶命。残る2匹も胴体部分に弾丸を受け、走る速度が大幅に落ちる。
「よし、ネリウム。もういい」
「了解」
ちなみに優真がドワーフのネリウムに軽機関銃を装備させているのは、小柄な少女が自在に巨大な銃器を操る姿にロマンを覚えるから、ではない。
ドワーフのパワーと器用さが銃器の取り扱いに最も適しているからである。
「フリージア、とどめだ」
「了解」
フリージアと呼ばれた少女がショートソードを煌めかせ、ダメージを受けた2匹の命を素早く刈り取っていく。
流れるような動きで敵を葬ったフリージアは、体のどこかに獣の特徴を持つ獣人族と呼ばれる種族だ。
フリージアの場合は猫。頭頂部のネコミミと腰から伸びた茶色の尻尾が特徴的である。
ちなみに優真が獣人族のフリージアにショートソードを装備させているのは、装備させたスカートが接近戦でヒラリヒラリと揺れるのを眺めるため、ではない。
獣人族の俊敏さが、相手を翻弄するのに最も適しているからである。
優真はひたすらにアイテムを求めてダンジョンに潜る『やや』ストイックなプレイヤーである。
残る3人の従者を含めて、全ての従者が美しい、あるいは可愛らしい外見を持つ女性であるのが優真が『完全な』ストイックプレイヤーでない証拠である。
愛想笑いを顔に張り付けて営業を続ける現実世界の日々である。
仮想世界の中でまで脂ぎった顔のおっさんに囲まれるのはお断りしたい優真だった。
もっとも、だからと言って美女・美少女のみを従者にする理由には不十分なのかもしれないが。
(まぁ、誰か他のプレイヤーに見られるわけじゃないからな)
光と共に消えていく3つの躯を横目に、優真は奥へと走っていく。
◇
VRRPG(バーチャル・リアリティ・ロール・プレイング・ゲーム)。
視界を覆うヘッドギアを装着し、五感に働きかけ、仮想空間にさも自らが実在するかのような感覚を与える家庭用ゲームは今や一般家庭に広く普及していた。
現実ではありえない、様々な経験や体験が出来るVRゲームは老若男女問わず人気を得ている。
現在ゲームの主流は他のプレイヤーと交流を行いながら、時に協力し、時に敵対するMMOタイプのゲームである。
しかし、優真がプレイしているゲームは違う。
『アーティファクト・ファンタジー』、俗に『AF』と略称されるこのゲームにはオンラインでの協力要素、つまり他のプレイヤーとの交流要素は一切ない。
基本プレイのみの場合はネット環境が用意されていなくても100%遊びきることが可能で、数少ないオンライン要素はダウンロードコンテンツ、つまり現実の貨幣を用いて追加のゲームデータを購入するサービスのみとなっている。
時代の流れを無視しまくったこのゲームの最大の特徴は、オンラインを実装しないこと前提のゲームバランス調整である。
一般的なMMORPGではゲームバランスを維持するため、極端な能力を持つアイテムや装備品の類は存在しないか、とてつもない希少度であるか、特定条件下でしか使えないか、である。
しかし、オンライン要素のない『AF』ではそのようなことはそこまで考えられていない。
たとえば『倒されたときに自動で蘇生、しかもデメリットなし。何度でも使える』という、チートまがいのアイテムも通常プレイで手に入れることが可能だ。
もっとも、入手するには相応の努力を要するのではあるが。
五十嵐優真はかなり変わったタイプのゲーマーであった。
彼は『AF』の目玉要素である『アーティファクト』と呼ばれるアイテムを集めることを無上の喜びとしていた。
コレクター魂溢れる優真は、アイテムの完全コンプリートがほぼ不可能なMMORPGではなく、オフラインゲームである『AF』に飛びついた。
「よし! 目指せアイテムコンプ!」
そのために、彼は少々常軌を逸した行動をとることになる。
ゲームを起動した瞬間、通常のストーリーモードをプレイすることなく、自由に行動が出来るフリーモードを開始。
さらには事前に購入していたDLC『初期開始地点選択権』を使用し、なるべくNPCの邪魔(自動開始のイベント)が入らない孤島からスタート。
さらに事前購入していたDLC『農場セット』『工房セット』『最上級住居』などを孤島内に設置し、拠点を整備。
そして、それらを管理維持するためのDLCNPC『メイド』『スチュワート』『警備兵』と、ダンジョン攻略のパーティーを組む為のDLCNPC『従者』を用意。
とどめに、ランダムでダンジョンを生み出すDLC『ダンジョンメイカー』を住居の地下に設置。
これを以って、一歩も島の外に出ることなく、DLC以外のNPCと出会うことなく、ひたすらにダンジョンを攻略するための準備を整えた優真は最下層のボスが持つアーティファクトを求めて何度も何度もダンジョン攻略に向かった。
ここまできたらついでにと、優真は他のあらゆるDLCを購入しゲームの最初期に実装している。
追加ジョブの『ガンナー』、魔法アイテム製造の『錬金工房セット』、アイテムボックスの拡張権、経験値倍増などなど。
DLC総額は数万円を超える。
ゲームに興味がない人が眉を顰めそうな金額を優真は嬉々として支払った。
◇
「よし、99階クリア。次はいよいよボスか」
ダンジョンは全100階層からなる。
当然、深く潜れば潜るほど凶悪なモンスターが牙をむき、致命的なトラップが待ち構えている。
しかし、それらはゲーム開始からひたすらにダンジョンに潜り続け、レベル上げとアイテム集めに興じ続けた優真の前では無意味だ。
一万を超す回数ダンジョンに潜った優真の身体レベルは既に1000でカウントストップ、これ以上上がらない状態であり、ばらつきがあるはずのステータスもダンジョン内で見つけた基礎ステータス上昇アイテム『魔力の実』などで上限に近い。
さらには有り余る経験値と金を従者はもとよりメイドや設備にも流し込んでいる。
そのためにレアアイテムであるはずの基礎ステータス上昇アイテムがミニトマトのように畑で採れ、工房では『失敗した場合』でも伝説の聖剣以上の能力を持つ武器が出来上がる。そしてそれらを管理するメイドの身体レベルは500を超えている。
ストーリーモードをクリアしていない優真には分からなかったが、通常プレイでストーリーモードをクリアする(破壊神を倒して世界に平穏を取り戻し、神話となって語り継がれる)場合は大体80レベルほど有ればいいといえば、その異常さがよく分かるだろう。
そこまでレベルが上がっている理由は優真がただひたすらにアイテムコンプリートを目指しているからである。
アーティファクトは全部で1000種類。これらはダンジョン最下層のボスを倒すことにより一つだけ入手可能だ。
しかも、当然のごとく何が出てくるのかはランダム。そのために大量のダブりアイテムが優真の住居には眠っている。
最後のひとつ、『神の気まぐれ旅行』というアーティファクト(その実はただのランダムワープ)を得るために、既に100回以上はダンジョンに潜っている。
「よし、アイテム確認は完了」
体力と魔力を完全回復するアイテム『エリクサー』が99個アイテムボックス内にあるのを確認した後、優真は目の前の大きな扉に向かう。
「リリー、ヴィオラ、カトレア。補助魔法をかけろ」
「「「了解」」」
返事と共に、白い光が優真たちの身を包み、黒い光が武器を包み、周囲に水の幕が展開される。
これらはそれぞれ、優真たちの攻撃力や防御力を一時的に高めるためのものだ。
「よし……いくぞ!」
扉を開けて、6人が大部屋に流れ込む。
そこにいるのは全長20メートルはあろうかという金色に輝くドラゴン。
エンシェント・サンダー・ドラゴンという名のドラゴンだ。
優真の視界にはその頭上に950というレベルが表記されているのが分かる。
「ギャオォォォォ!!」
ドラゴンがその首を上げ、魂を震わすほどの叫び声をあげる。
いわゆる登場演出というものだ。
しかし、その叫び声が終わらないうちに優真たちは行動を開始する。
「≪ルイン・マリス≫」
腰まで伸びた黒髪を持つ美女、魔族の中でも淫魔族と呼ばれる彼女が魔法を放つ。
闇より黒い球体が咆哮をあげるドラゴンの腹部に突き刺さると、その部分の鱗から輝きが消えた。
これはこの淫魔族、ヴィオラが持つ中でも上位の魔法で相手の防御能力を一時的に無効化してしまうものだ。
「≪セイクリッド・ブラスター≫」
セミロングの輝く金髪を持ち、背中に純白の翼をもつ天人族の女性が魔法を放つ。
目標はドラゴンの腹部、ヴィオラの魔法が吸い込まれた部分だ。
リリーと名付けられた天人族の女性の目の前に三枚の魔法陣が重なって表れる。
一枚目の魔法陣から放たれた光が、二枚目の魔法陣で増幅され、三枚目の魔法陣で収束、発射される。
直視すれば視力を奪われそうなほどの閃光は、狙い違わずドラゴンの腹部に直撃した。
大量のガラスが割れるような音と共に、ドラゴンの強靭な鱗が砕け散る。
「≪アブソリュート・プリズン≫」
鱗が砕かれ、その痛みに身をよじろうとしたドラゴンを三度目の魔法がとらえた。
褐色の肌と白銀の髪を持つダークエルフの女性、カトレアの魔法だ。
シャン、という軽やかな音とともに現れた氷の牢獄がドラゴンの動きを阻害する。
縦横に複雑に絡み合う氷の柵はドラゴンの翼を貫き、動きを固定した。
「よし、ネリウム。撃て」
「了解」
鱗が剥がれた腹部をむき出しのまま動きを止めたドラゴンに対して優真が追撃の命令を送る。
数秒も待つことなく、小柄なドワーフ、ネリウムがその肩に担いだロケットランチャーを発射する。
秒速100メートルを優に超える速度で発射された弾頭は、ドラゴンのむき出しの腹に直撃。
さらに内部に潜り込むように爆発し、ドラゴンに大きなダメージを与える。
「ギャァァァ!」
登場演出とは違う、痛みに堪えるような鳴き声がドラゴンの口から洩れる。
目の前のドラゴンは、戦闘開始10秒と経たずして既に瀕死状態だ。
「よし、フリージア。行くぞ」
「了解」
優真は隣に立つフリージアに声をかけ、その直後姿を消した。
「グァ……?」
ドラゴンが2人の姿を見失う。
限界まで上昇したステータスは補助魔法の効果を受け、『AF』最強の敵であるドラゴンですら目に負えない程のスピードを2人に与える。
それはまさに消える、と表現すべきほどだ。
そして2人はドラゴンの頭上に出現していた。
「えいっと」
間抜けな掛け声とともに優真の手にあるロングソードが振り下ろされ、黙したままのフリージアの手からもショートソードが投げつけられる。
超音速で投げつけられたショートソードが寸分たがわずドラゴンの脳天を突き刺し、続けて優真のロングソードがドラゴンの長い首をスパッと切り裂いた。
「ァ……」
ドラゴンは短い断末魔を上げることしか許されず、そのまま光となって消えていった。
まさにルーチンワーク。戦闘時間は20秒とかかっていない。
「終わりっと。さぁ、今回はどうかな」
ドラゴンがいた部分に一つの宝箱が残される。
躊躇なくそれを開けると、そこにはこのゲームを相当以上にやりこんだ優真ですら始めてみるアイテムがあった。
それはつまり――
「あった……! 『神の気まぐれ旅行』!!」
大陸のどこかにランダムでワープをするアイテム。
他のアーティファクトと比べればあまりにも貧相な能力を持つアイテム。
しかしそれは、優真が最後の最後まで追い求めたアイテムであった。
「これで……これで……コンプリート……!」
青白く輝く腕輪をそっと拾いあげる。
その瞬間、優真の目の前に半透明のウィンドウが現れ、そこにシステム文章が表示される。
『アーティファクト『神の気まぐれ旅行』を入手しました』
『全てのアーティファクトを入手しました』
『称号『アーティファクト・コレクター』を入手しました』
それは、すべてのアーティファクトを入手したことを称えるものと、『AF』を完全にクリアしたことを称える称号だ。
「やった……!」
優真の心に達成感と感動が満ち満ちていく。
『AF』が発売されてからすでに3年。これまで『AF』をプレイしない日はなかった。
来る日も来る日もダンジョンに潜り続け、ようやく至った頂点。
ネット上でもこの称号を手にしたという情報を目にしたことはない。
優真が、優真こそが『AF』を完全にクリアしたものなのだ。
「やったー!」
達成感の迸るままに拳を天へと突き上げる。
現実世界では決して見られない、優真の感情の爆発だ。
そんな優真を命令待ちの従者たちが無感動な瞳で見つめていた。
◇
「あれ?」
突き上げた拳の先に、何かが見える。
天井付近にあるそれは優真たちを覆うように広がっていく。
それは先ほど倒したばかりのドラゴンと同じ色、金色に光っている魔法陣だ。
絶命の間際、準備された魔法が今になって効果を発動しようとしているのだろう。
「まずい!」
巨大な力を吐き出そうとしているのは、エンシェント・サンダー・ドラゴンが持つ魔法の中でも最も強力なもの、『神罰の雷』だ。
万全の装備を整えた優真たちには致命的な一撃にはならないだろうが、それでも喜んで受け止めたいものではない。
記念すべき凱旋の瞬間にボロボロになるのは避けたい。
そう判断した優真は消えた宝箱に次いで現れた、地上への帰還用の転送魔法陣へと目を向ける。
「全員、転送陣に乗れ!」
「「「「「了解」」」」」
5つの返事と共に5人の従者たちが素早く反応する。
あっという間に魔法陣へとたどり着いた優真たちは、地上に帰還すべく魔法陣を起動させる。
「間に合え……!」
天井の魔法陣と、足元の魔法陣。
2つの魔法陣に同時に光が満ちていく。
そしてほぼ同時にそれぞれの効果が発現した。
極太の雷撃に貫かれる感覚と、転送が始まったとき特有の酩酊感。
それらの感覚に意識を揺さぶられ、優真の視界は暗転した。
また、この時ゲームに熱中していた優真は気がついてはいなかったが、現実世界は大荒れの天候であった。
数年に一度の大雨が降り注ぎ、数秒おきに雷鳴が轟く。
ゲーム世界で2つの魔法が同時に効果を発現した時、優真の自宅に雷が落ちた。