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【箱】短編

もしかしたら都合の良さだけではなく

作者: FRIDAY

 別段好きでもない異性と同棲することを、果たして人は是とできるだろうか。

 私はできていた。

 相手は高校の同級生にして、同じ大学に通う同期。学部は異なるがお互い部活にも所属することなくインドア派なため、バイトでどちらかが外出していない限りは大体いつも同じ部屋にいた。ワンルームのアパートだ。ひとりで住むにはやや広く、ふたりで住むにはちょっと狭い。それくらいの部屋。

 お互いに恋愛感情はない。そのことは確認済みだ。現状に至るいきさつは煩雑はんざつに過ぎるし、あまり思い出したくもないが、平たく言うなら私の家庭及び経済事情と彼の気質による。

 彼は異性に関心がない。

 彼に初めて会ったのは高校に入ってからだが、その頃からもう既に妙に枯れていた。いや、異性というか、そもそも人間に関心がないのかもしれない。人間が嫌いなのではなく、人間関係が嫌いなのだと彼は公言してはばからないのだけれど。

 さすがに私も、自分の容姿にそこまでの自信を持っているわけではないけれど女ではあるから、初めの頃は多少貞操ていそうを心配してはいたものの、高校卒業寸前に付き合っていた彼氏に派手にフラれていた自棄やきの気持ちも相まって堂々と振る舞っていると、そんな心配は杞憂きゆうだとわかった。食事は基本日毎に交代で作り、週一の掃除や洗濯は週替わり。たまに夜遅くなるときは連絡も入れるし、我ながら驚くべきことに、どちらも風呂上りには平気で半裸でうろついたりする。

 いきなり倦怠期けんたいきの夫婦みたいな距離感だった。付き合ってもいないのに。

 あまりにも何もないものだから、私は一時期本気で彼は同性愛者なのではないか、あるいは不能なのかとも疑ったが、別段そんなこともないと、酔った勢いで訊いた私に彼はこともなげに答えていた。私は酒が入ると気が大きくなるくせに記憶はしっかり残るので、初体験はいつで誰とどんな風に、なんてところまで洗いざらいぶちまけあったことをちゃんと覚えていて翌朝に悶絶もんぜつした。ちなみにそのとき彼は一切酒を飲んでおらず(アルコールの匂いが嫌いなのだそうだ)、素面しらふでその会話を行っているのだから筋金入りだ。

 我ながら、奇妙な関係だとは思っている。感情も身体も交わらない同棲。

 しかし、もともと安い家賃他生存費生活費をふたりで折半せっぱんしているという経済事情からは離れがたい。


「……いや、それにしてもやっぱり、いびつだよ」

 大学の講義を終えた後に、何となく入った喫茶店で、友人はコーヒーカップを掻き回しながらあけすけに言う。

「やっぱりそうかな。いや、自分でもそう思ってるけど」

「考えが甘い。いや、浅いのかな。同棲してる、なんて言ったら誰だって付き合ってるものだと思うよ。ほんとに夜とか何もないの?」

 あからさまに猜疑さいぎの視線を向けてくる友人に、私は苦笑しつつ首を振る。ふん、と鼻を鳴らしてコーヒーを一口含むと、

「ほんとにそいつ、ゲイとか不能とかじゃないんだろうね…あんたがそれでいいんなら、あたしが何を言ったって仕方ないけどさ。それにしても、男と同棲してるって知られたら、あんた彼氏できないよ? いいの、それで」

 それも、そうだろう。実態がどうであれ、現状の事実を知れば誰だって勘ぐりを入れる。私は同棲していることをこの友人くらいにしか言っていないけれど、隠していることでもないから人に知られることもあるだろう。まして彼氏だなんて。…けど、それでも。

「今の生活に不満があるわけじゃないしね……むしろ、彼氏が欲しいがためだけに独り暮らしなんて始めたら、私は経済的に破滅する」

「破滅は大げさだろうけれど……というか、どうして男? ルームシェアにしても、女友達とかいなかったの。その子と住めば、今ほどの問題はなかっただろうに」

 それも、言う通りだろう。けれど、大学進学当時の私の精神状態を思い返すと、そんなことも考えられなかった。当時の彼氏と、その周辺関係のお陰で。もしかしたら、私は彼に滅茶苦茶にされることでも望んでいたのかもしれない。結果的に何もないまま、ずるずると続いているのだけれど。

 煮え切らない私の態度に、友人は深いため息をつく。何度となく繰り返しているやりとりでもある。私を思って言ってくれていることもわかっているから、申し訳なくも思う。

「……そもそもさ、あんた、その彼のことどう思ってるの? 別に好きでもないんだよね」

 頷く。恋愛感情は、私は彼に対して抱いてはいない。そのはずだ。

 ただ……そう。

 居心地が、いいのだ。


 友人と別れてアパートに戻ると、彼が戸の前にぼんやりと立っていた。どうしたのか問うと、鍵を失くしてしまって入れないと。

「連絡してくれれば、もうちょっと急いで帰ってきたのに」

「いや、連絡は入れたんだけどね」

「え……あ、ほんとだ。御免、気が付いてなかった」

 LINEの通知が一通。彼は苦笑した。両手から買い物袋を提げていたから、買い物をしてからずっと待っていたのかと思えば、鍵がないことに気が付いてから時間を潰すために買い物に行ったものらしい。

 私も私でズレているのかもしれないが、彼の方こそズレている。

「明日、合い鍵作りに行かないと……近くにあったっけ」

「大学の近くの自転車屋さん、合い鍵も作ってたと思うよ」

 そんな会話をしながら、私が鍵を開けて部屋に入る。今日の夕食当番は彼だ。彼はまっすぐに冷蔵庫に向かうと買ってきた食材を仕舞い、必要なものを取り出してキッチンに向かう。

「今日は何?」

「肉じゃがかな、と」

 言下に取り出したのはじゃがいもだ。二年前の春はぎこちなかった料理も、今では手際よくこなしていく。出来上がりは特別美味しいということもないけれど、私も同じレベルだ。

 トントン、と刻んでいく音を聞きながら、ぼんやりと彼の背中を眺める。

 彼と私は、恋人ではない。

 感情でも、身体でも繋がってはいない。あるのはただ、経済事情だけだ。そう言ってしまうと冷たいけれど、

「……嫌じゃない」

 何も不満はない。

 初めはただ同じ遠方の大学に進学するというだけで、友人という仲でもなく、ただ都合がよかったというだけだったけれど、もしかしたら、今ではもう少し違う理由もあるのかもしれない。それはやっぱり恋愛感情ではないけれど。

「ん、何か言った?」

 肩越しに振り返る彼に、何でもないと首を振って、私は小さく笑む。

 歪であることは、確かだけれど。

 どちらかが他の誰かを好きになるまででいい。

 今は居心地がいいから、もうしばらくはこのままでいたい。


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