レーベル「今日は理不尽な一日だった……」
ブックマーク等、感謝にたえません。ありがたや、ありがたや( ;∀;)
ポカポカと暖かい日差しの中、ペラペラと書類をめくる。そこにドタバタと慌ただしい様子で駆け込む者があった。
「レーベル副隊長!また陛下がお忍び……脱走しました!」
「またか!ちょっと目を離した隙に……!」
泣きそうな部下に怒鳴っても仕方ないので、怒声の代わりに指示を飛ばす。隊長、またサボったか?
「ブラディーネル宰相閣下は!?」
「同行している模様です!」
「ではリリフィアーネ殿に出頭願うんだ。おそらく昼食をとっておられる」
「はっ!」
不幸中の幸いだ。リリフィアーネ殿に頼れるとは。
「お呼びと伺いました。脱走ですか?」
「その通りだ。ご助力願いたい」
本人はのほほんとサンドイッチをモグモグしながらやってきた。こんなことが許される侍女は彼女くらいだろう。
「構いませんが、昼食を取ってからでもよろしいですか?」
「勿論だ」
新人の近衛隊員がギョッと目を剥く。
「副隊長!早く追いかけないと見失います」
「大丈夫だ。そのためにリリフィアーネ殿を呼んだのだ」
彼女は勤務時間以外は基本的に働かないが、恐ろしく有能なのだ。探査魔法の使い手にしては、この城で彼女ほど協力的な者はいない。
「お二人は既に捕捉しております。焦らずとも平気ですよ。陛下も偶には息抜きが必要です。ここらでガス抜きすればまた暫くは主様を拉致らないでしょう」
「で、ですが……」
「そんなに言うのでしたら、ご自分で探しに行けばよいのです。私に頼らずともよいでしょう」
リリフィアーネ殿は休憩を邪魔されて機嫌が悪い。笑顔だが、ちょっと怒っている。美しい顔が凄い迫力を出していて、新人の腰が引けている。
「リリフィアーネ殿、この間妻がうっかり大量に作ってしまった焼き菓子があるんだ。食べるかい」
「ありがたく頂きます」
すぐに機嫌が直った。流石に妖精種なだけあって気紛れだ。嬉しそうな笑顔に新人は頬を染めている。おい。リリフィアーネ殿はご自分の亜空間からティーポットを出してお茶まで飲み始めた。私にも一杯くれた。大変美味であった。
からーんと午後の始業が告げられる。
「さて、行きましょうか」
そう言ってリリフィアーネ殿は窓から飛び降りる。私も自前の翼を出し追いかける。しかしいつ見ても不思議だ。妖精族は空を飛べないのだが、リリフィアーネ殿は普通に飛んでいる。
「見えました」
そう言って問答無用で陛下を縛りあげる。と言っても、どうやって縛っているのかは不明だ。陛下はもがくか喚くしかできない。……あの魔法が使えたら便利だといつも思う。
「主様、お迎えにあがりました」
「うむ。今日は早めにあがれると思ったのだが」
「残念でございます」
リリフィアーネ殿はスカートをちょんと摘まんで綺麗にお辞儀した。
「リリー!早く離してくれ!」
「えー、これからレーベル様が運ぶのですから、そのままの方がいいですよ。やろうと思えばご自分で解除くらいできましょう」
「リリー、離してやれ」
「かしこまりました」
陛下の拘束が解ける。
「お前、王に向かって酷くないか!?」
「当然です。私の主は主様であって陛下ではありませんので」
陛下はすっぱいものを食べたような顔をなさった。
「ところで、毎回思うのだがあの魔法はどうなっているのだ?」
私は思いきって聞いてみた。ブラディーネル宰相閣下も興味がお有りらしい。リリフィアーネ殿に目をやる。
「陰魔法ですよ。これ以上は秘密ですね」
「我々は使えないんだな……」
残念ながら、私達三人は皆陽魔法使いだ。どうしようもない。
「帰るか」
陛下の一言で帰途につく。と言っても全員飛べるのだが。陛下は持ち前の翼を広げて、宰相閣下は魔法生命体に乗って。リリフィアーネ殿はちゃっかり宰相閣下の後ろに座っている。
「気分転換になりましたか?」
「カイはなったようだぞ。これで暫くは拉致られまい。リリー、明日の試合付き合ってくれるか?」
「仰せのままに」
「あ、カーネスばっかズルいぞ!」
「陛下は仕事してください!いつもいつも脱走して、書類が何時までも片付かないんですよ」
私は堪らず叫んだ。
「そうだぞ、カイ。務めはせねば」
「カーネスは仕事中毒だ!リリーもなんか言ってやれ!」
「主様は繁忙期を除き毎日定時に仕事を終えて休んでおられます。残業ばかりの陛下と一緒になさらないでくださいな」
なん、だと……!宰相の中でも最も仕事が多いというのに、定時までに仕上がるのか!?陛下の倍は書類があるのに!?
「ズルい!俺も戦いたい!」
「陛下!城が消し飛ぶので止めてください!」
混乱するままに陛下をとめるのが、私の限界だった。
リリフィアーネ殿がやってきてはや三十年、驚愕の事実を知ってしまい、呆然としたまま午後の仕事をこなした。ぼーっとしていても空腹には気づく。時刻は六時を少し過ぎた頃。
(飯にでもしようか)
妻もまた城で働いており、蜘蛛の耳飾で連絡を取ると食堂にいるとのこと。蜘蛛の耳飾は蜘蛛水晶と違い、一対一なので誰にでも使える。あの精密魔道具、早く改良されないかな。小難しいことは置いておこう。腹が空いたし、早速向かうことにする。
「あら、レーベル。遅かったわね」
「レーベル様、さっきぶりです」
食堂では妻のナタリエとリリフィアーネ殿が仲良く食事をしていた。ナタリエは料理人だ。今日は非番だったが。
二人は今日の陛下の脱走について話している。ナタリエはニヤニヤしながら此方を見た。大方陛下を取り逃がしたことをからかいたいのだろう。
リリフィアーネ殿がさりげなく話題を反らしてくれた。こういうところが彼女が変人だと言われる所以である。普通の妖精種は一緒になってからかうからだ。
「そうそうリエちゃん、サヨを覚えているかしら?鬼人族の女性の……」
「知らないわけないでしょ!新進気鋭の料理人だもの!」
私は全然知らない。
「彼女、今うちの領にいるのだけど、それで仲がよくて新しいレシピ集をもらったの。欲しくない?」
「……交換条件は?」
「食堂のメニューにレギュラーいりよ。特殊な食材が多いのだけど、その生産拡大の申請なんかもしてほしいわ」
そう言うと二人はがしっと手を握った。とんでもない言葉が混じっていたが、気にしてはいけない。私は近衛部隊所属だから、関係ない……宰相の仕事が増えるだけだ。
「任せなさい。完璧、いやそれ以上の出来に仕上げてみんなの胃をがっちり掴めばこっちのものよ」
「お主もわるよのぅ」
「水心あれば魚心ありと申すではないか」
二人はによによと楽しそうだ。放っておくに限る。……いい加減ナタリエを返してもらえないだろうか?