カーネトリアス「こんなにも、ああ……」
ちょっと短いかも
かりかりとペンを動かし、コトッと小さな音を立てて手の近くに茶がおかれた。
「ぬ」
「いかがしましたか」
「なんでもない」
まさか邪魔だとも言えない。ちょっとずらして作業を続ける。
リリーが実家に帰って一日である。今日は護衛と侍女が一人ずつ、リリーの代理で入っているが、護衛などもともといらぬし……。新しい侍女は気が利かぬし、邪魔で邪魔で仕方ない。
落ち着くのだ、我。部下に当たってはならぬ。茶を啜る。
「!?」
う、薄い……。味も香りもだ……。淹れる者が違うとここまで違うものなのか……。
がっくりと内心で肩を落とし、キリのいいところで視察に向かう。
「上着を……」
「只今」
侍女が持ってくるまで手持ち無沙汰で待つ。そしていよいよ外出という時に、護衛も転移陣を起動できるほどには器用ではないことが発覚。仕方がないので人を呼び、陣を発動させる。なんだか普段しなくていいこと、気にしないことが重なってイライラしてくる。
そのせいか、今日の警備部隊西風兵団との試合は荒っぽいものになってしまった。今夜は医務部隊に注意されるかもしれない。書類も回収し損ねた。
苛立ちが募り、いつもより仕事が捗らず、久々に残業をした。祭や徴税の時期以外では三十年ぶりになる。……三十年前といえば、我の担当がリリーになって以来ずっとか。
書類は明日には回せない。王を支えている他の五人の宰相やその他文官たちにも迷惑がかかってしまうし。
日付が変わり時計の針が頂上を二回ほど過ぎた辺りでようやく最後の書類にサインを書き付ける。
転送陣に書類を入れてようやく自室に戻る。風呂に入り寝台に倒れこむ。
連日の残業が精神的にキツくなってきた。
「どうした、カーネス。覇気がないぞ!」
「ヘイヴ、頼むから少し黙っててくれぬか……」
声をかけてきたのは羊のようなぐるりと渦巻く角を持ったタレ目が特徴の友人。淫魔にしては珍しく、真面目で誠実で暑苦しい。というか、城勤めの者は大抵比較的真面目な比較的変な魔族だ。……こいつもまた宰相である。
「大丈夫か?なんならこれから娼館に行こう、な?」
「貴様のような淫魔ではないのだ。そんなもので活力が湧くわけなかろう」
今我に必要なのは休息だ。もしくはストレスのない仕事場……。
「もうやだ。仕事しとうない。執務室に帰りとうない……」
「おい!?仕事中毒のお前がいったいどうしたんだ!?拾い食いでもしたか!?」
「魔人の胃は毒に負けぬ……」
「おい、誰か!誰かいないか!おい、カーネス、いつもの侍女は?」
「休暇中だ……」
「くそっ、うちのは今昼休憩だ……」
まだ休暇に入って一週間も経ってはいない。しかし過去の自分の選択が悔やまれる。なんで二月も休んでいいって言ってしまったんだ我!
我が侍女を 失い気づく 有能さ
帰ってきたら特別給をやらねば……。がくっ。
目を開けると白い天井が映る。ここはどこだ。医務室の寝台だ。
「お目覚めですか?軽い疲労ですね。仕事を終えたら早くお休みになってください。魔力波動の乱れが正常値に戻るように」
「……いやだ。行きとうない。絶対いやだ」
「そのような我儘を言われましても……」
肥えた亡霊族の医師に困った顔をさせるのはわかっていたが、嫌なものは嫌だ。
絶対に寝台から出ぬ。
そう思っているとふわっと体が浮いた。亡霊族の固有特性の一つ、念動力だ。慌てて自身の周りに魔力を張り、自分に対する魔法への結界とする。その結果、ぼたっと寝台に落ちる。
「はあ……」
医師のため息と同時に、今度は寝台ごと浮かされた。自分以外に魔力を張るのが苦手な我は、執務室送りにされたのである……。
リリーが休暇に入る前まで毎日生けていた花は枯れ、気の利かぬ侍女はそれを放置する。仕方ないので自分で燃やした。
オヤツもない。投影水晶番組も見損ねた。書類も見やすく整えていない。お忍びがバレる。欲しい物が言わないと渡されない。
リリーが我の担当になって、一日もかからず我の行動を把握していたのが、如何に異常か分かる。
リリーがやって来る前はそんなものだったのだが、楽な生活に慣れると、駄目になるのだなあと実感した。
最近、とみに溜息が増えた気がする。はあ……。溜息をついたところで仕事は減らぬが、止まらない。はあ……。
「カイ、ちょっといいか?」
「おう、カーネスどうした?最近元気ないらしいな」
まあ仕事は減らせんがな!と口を大きく開いて笑っている一応この国の王。
「これ、なんでサインしてあるんだ?」
「あ、ヤベ。ナイスだカーネス!」
「お前のウッカリは治りそうにないな」
「テヘペロ」
可愛くないからヤメろ。
「代理の侍女が、ちょっとな」
「あー、そういやお前の侍女、『万能』だったか。あいつは人をダメにする天才だとマーベルが言ってたな」
ん?
「……これはなんだ?」
「それか?お前の侍女に婚約を打診したい、つうかしたっていうフィベルテの許可申請だな」
「……なんだと」
それはつまり、リリーがもしこいつの嫁にいった場合、我は最高の侍女を永遠に失うということか……?
「許さん」
「カーネス!ちょ、待て!大事な書類があああ」
我を中心に魔力が爆発する。カイが慌てて相殺したから大事には至らなかったものの、完全な相殺には至らず、目が覚めたら城の一部が爆散していた。反省はしてる。後悔はしてない。
遠方、自領の視察も、リリーがいつも手配してつつがなくサクサクこなしたものだったが、リリーなしではそうもいかず。何もかもが後手に回る。
城でも先日の魔力爆発以来ダムが決壊したかのように魔力爆発が頻発し、城はボロボロ、我はクタクタだ。もうダメだ。リリーには申し訳ないが手紙を書こう……。
ヴァンを呼び出して書いた手紙を渡す。リリーが結んだリボンを揺らしてヴァンが消えた。
コンコンコンコン
ビクリと体が震える。また代理の侍女だろうか?怯える自分が情けないが、本当にもうヤダ。
「主様?」
なにをしているのか理解できないといった表情でリリーが扉から顔を覗かせた。明るい紫水晶の瞳が丸くなっている。
そしていつものような仄かな笑みを浮かべて我に野草茶を淹れてくれた。リリーが帰ってきたのだと実感する。ツンとする香りが鼻を通り抜ける。実に長い、長い二週間であった。
「リリー、ありがとう」
万感の思いを込めて感謝した。リリーは驚き、満面の笑みを浮かべた。
さて、手始めにリリーの縁談の妨害をしよう。




