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黄金の舞人  作者: 菅 承太郎
8/10

橘早紀

 美由紀は、村の旅館に帰るため、孫一の車で送ってもらっていた。

「柊さん、どうしてあのような提案を?」

「皆さんのそれぞれの事情を鑑みますと、航太郎君の家を出るということが、最も他への影響が大きかったからです」

「しかし、夢を諦めさせるのは、酷のような気がします」

「私も同じです。ただ、人の人生を結婚によって受け入れるというのは、一般的には、夢を叶えるよりも重いものです。だから家族のいる世の中の男性は、辛い仕事でも耐え忍び、家族のために働きます。菜摘さんへの愛情が本物なら、自分の夢を捨ててまで、私の提案を受け入れてくれるのではないかと思いました。男は自分の言葉に責任を持たなくてはなりません」

「なるほど。でも法司君が勝ったときはどうなります」

「法司が、当主の座に着きたいと言い出したのは計算外でした。あのまま身を引いてくれれば、話はスムーズだったのですが…。あとは、正々堂々勝負して、結果を見て行く末を考えるしかないでしょう」

「ともかく、いい結果になるといいですね」

「はい」

 二人を乗せた車は、旅館『はたご』に到着し、美由紀はまた温泉に浸かった。


 緑の濃い山の中、杉の木の間に立つ人影があった。

 枝から木漏れ日が差し、幻想的な雰囲気の中、静かに動き始めた影は、自分の動きの一つ一つを確認するように舞い踊った。脚の運び、指先の流れ、視線の返しなどを、より丁寧に丁寧に。

 一連の手順を終えた影は、ふうと一つ息を吐き、もう一度同じ舞を舞った。

「精が出るな」

 声を掛けたのは、白髪をオールバックにし、眼鏡をかけた初老の男だった。

「三枝大佐」

「もう退官した身だ。大佐はやめろ」

「そうでした。癖とはなかなか抜けないものです。そして一度身につけたこの舞も…」

「まだ諦めない気か」

「はい。もう少しご協力をお願いします」

「なーに。貰えるものさえ貰えればな」

「分かっています」

 そう言うと、人影は三度目の舞を舞い始めた。


 八月五日、美由紀は相変わらず旅館に宿泊していた。思いのほか長い逗留期間となったが、溜まりに溜まった有休を消化するには丁度良かった。それにこの村が藍咲家、橘家、紫水神宮を結ぶ中心にあり、何か起こったときにすぐに駆けつけるためには都合が良いのも理由の一つだった。

 あれ以来、藍咲家では特に事件は起こらず、警察の警備も引き続き厳重になされているため安心ではあったが、その代わり試練の舞を明日に控え、どこか落ち着かない気分だった。

 今、法司と藍咲航太郎は、試練の舞に向けて、相当の修練を積んでいるに違いない。特に航太郎は、法司の神がかり的な舞の技術に勝つため、寝る間も惜しんで鬼気迫る練習ぶりだと聞く。

 することも無くなった美由紀は、橘家に行ってみることにした。理由と言う理由は無かったが、早紀の顔が見てみたくなったのかも知れない。

 地元の村人に頼むと、快く車で送ってくれた。

 橘家の屋敷に着くと、黒川という初老の執事が出迎えて、案内してくれた。

「あ!柊さん」早紀が、相変わらずの明るく元気な声で美由紀を呼んだ。

「早紀ちゃん、元気そうね」

「へへへ。柊さんが来たから。だって田舎は退屈なんだもの」

「お邪魔しても?」

「どうぞ、どうぞ」

 美由紀は、屋敷奥の客間に案内された。藍咲家とは違って、全てが日本家屋の古き良き佇まいを残していた。畳の良いにおいがする。

「お母様は?」

「あ、今お姉ちゃんと買出し」

「ん?でもさっきの方は?」

「ああ、黒川さん。うちの執事。あたしが帰省している間は、あたしの側にいるのが仕事なんだって。何だかお嬢様みたいでしょう」

 美由紀は、少しの違和感を覚えた。

「ねね、裁判のこと話してもらえませんか?」

「いいわよ、何が聞きたいの?」

「えーっと…」

 美由紀は、これまで自らが体験した、裁判での出来事をいろいろと話して聞かせた。もちろん守秘義務にあたる部分は伏せた。

 早紀は、いっそう目を輝かせ、興奮しながら美由紀の話に聞き入った。

「それで、それで?」

「それでね…」

 美由紀が話の続きを話そうとした次の瞬間、うっ、と早紀が胸を押さえうずくまった。

「どうしたの!早紀ちゃん」美由紀は早紀の肩を抱き、様子を窺った。押さえているのは心臓だ。

「早紀お嬢様!」

 執事の黒川が、慌てて客間に駆け込んできた。ポケットから小瓶を取り出し、錠剤を一錠、早紀に飲ませる。

「それは、ニトログリセリンですか?」

「はい」

 まもなく、早紀の容態は落ち着きを見せ、黒川が敷いた布団に寝かしつけた。

「柊様、このことは菜摘様にはご内密にお願いできますか」

「もしや心臓が…」

「はい。早紀様は心臓に病気を抱えておいでです。医師の診断によりますと、移植の手術をしなければ、助からないと…」

「そんな」

「ですが、この移植手術は大変難しく、ドイツにいる医師にしか手術が出来ないのです。また、手術をするにも多額の費用がかかります。ですから奥様と良助様は今、金策に奔走していらっしゃるのです」

「そうでしたか…」

 美由紀は、橘風香の涙の訳をようやく理解した。

「菜摘お嬢様には心配を掛けたくないとのことで、奥様は伏せていらっしゃいます」

「分かりました。他言はいたしません」

「感謝します」

 美由紀は早紀の前髪をそっと指で撫でた。

「こんな明るい子が、かわいそうに」

「早紀お嬢様は、自分の病気のことは告知を受けておりませんが、うすうす感じているのではないかと思います」黒川の目に涙が滲んだ。

 橘家を後にした美由紀は、暗い気分のままだったが、手術をすれば助かる可能性があるという光明が美由紀を奮い立たせた。


 旅館に帰った美由紀は、リクライニングチェアーに腰掛け、物思いにふけった。早紀のことも気になったが、明日は試練の舞だ。ただそれ以外にも何か心のどこかに引っ掛るものがあった。一体この霧が掛かったようなパーツは何だろう。早紀に二度目に会ってから、それはますます大きくなっていった。

 その一方で本郷家当主の承継問題と、藍咲家の殺人事件が頭の中でクロスする。果たして、この二つの出来事は無関係か?そう思ったとき、何かが氷解した。

「!」美由紀はハンガーに掛けたスーツのポケットから、写真を取り出した。

「そうか…」

 そう美由紀が呟いたとき、旅館の仲居が、美由紀宛に一通の封筒を届けてきた。

「柊様。これをお預かりしてます」

「誰からでしょう?」

「それが、お名前はおっしゃいませんでした。見た感じは白髪のおじいさんでした。おそらく村の人ではないですねぇ」

「…ありがとう」

 美由紀は、封筒を空けて中身を取り出して見た。

「これは…」

 美由紀は、再び身支度をし、今度は西の山を目指して出かけてた。

 再び村の人に車を頼み、藍咲家に到着した美由紀は、使用人の芝田に案内され、藍咲探題と面会した。

「探題さん、教えてください!三十六年前の事を」

「な、何だ、いきなり」

「人の命が掛かってます」

「!」

 探題は、暫く逡巡したが、観念したように話始めた。

「もしや…。それじゃあ動機は…」

 美由紀は、スマホを取り出し、電話をかけた。

「孫一さん、柊です。お願いがあります」

 美由紀は、藍咲家を後にし、もう一度御供処村へ戻り、その足で村の中にある、水観家へ向かった。

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