それでも神子さんは普通です
「というわけで、異世界に行って欲しいんだけど」
目の前で神様と自称する猫がそう言った。
普通ならここで、「そんな、無理です」や「分かった、やってやるぜ」や「幻覚と幻聴が……(頭を抱える)」の三択ぐらいのものだろう。
しかし、私は違った。
「よっしゃぁぁぁぁ。きたぁぁぁぁっ!」
ガッツポーズをとり、歓声を上げる。とうとう来た私の時代。
私の声に驚いて、猫神様が目を丸くした。
「どうして喜んでるんだい?」
「普通から脱却できるのよ。平々凡々並みがいいだなんて、普通カテゴリーに入る事ができない人の言葉よ! 身長普通、容姿普通、学校の成績普通、運動神経普通。カラオケに行けば必ず平均点。この人生は誰が主役なの?!というぐらいに目立たない。何この優秀なモブ。自分のモブ才能が怖いだなんて言っても、誰も怖がっちゃくれないわ。でも、異世界に行って、世界を救ってほしいだなんて、とうとう来たのね。私の時代。ビバ、波乱万丈人世!」
ひゃっはぁぁぁ!
私は、普通じゃない日常を諸手を上げて大歓迎した。
「君はよく聞く中二病な子なのかい?」
「神様の中でもその言葉は有名なのね。でも中二病なんて役作りが恥ずかしげもなくできたら、一流の非凡よ。残念な事に、私の思考回路までもが普通で、あまり突飛な事ができないの。それこそこんな感じで、非凡が飛び込んできてくれないと。そして大切な事だからもう一度いうわ。私の時代きたぁぁぁ!!」
私は自他共に認められる普通だった。こんな事でもなければはしゃぐこともできない。
そんなレベルの普通山普通子なのだ。
「ふーん。そういうものなのかい? とりあえず、心配はしていないようだけど、念のために伝えておくよ。今回呼ぶのは君だけではないんだ。他にもたくさんいるから、それほど危険ではないし、安心して召喚されて欲しい」
「えっ? そうなの?」
神様の言葉に、テンションが下がる。そうか。異世界召喚も、大勢の中の1人かぁ。
いや世の中には、案外こういう不思議って転がっているのかもしれない。異世界トリップ、異世界転生なんて神様にとっては珍しくもなく、普通の事かもしれない。
「あからさまに、がっかりした顔をするんだね。君の国は、皆が海に飛び込んでいますよというと、飛び込むような国民性だと聞いていたけれど」
「いや、それただのジョークだから。それにそこまでは、がっかりしてないよ。うん。もしかしたら、モブでも、サブストリーで主人公的な展開があるかもしれない。そう、異世界だもの」
「思いっきり言い聞かせてるね」
神様の目が呆れたような、哀れな子羊を見るような見るような目をしている気がした。まあ、猫の顔だから、本当にそう思っている目かは分からないけれど。
「なんだか君を見ているのは面白そうだ。折角だし、君につけるオプションは、僕にしておこう」
「オプション? えっと、チート能力くれるんじゃないの?」
「ああ。僕が上げるオプション能力をそう呼んでいる子が居たね。君たちの世界ではそう呼ぶのかい? でも僕が与えている能力なんだから、僕が一番チート能力という事だと思うよ。だから、一番いいものを貰うのは君という事さ」
「でも神様がついてきてくれるという事は、それは神様の能力で、私の能力じゃないって事でしょ? これだと主人公は私というより、神って感じじゃない? 一見役に立ちそうにもないけれど、使い方次第では、チート能力の方が、私はいいなぁ」
よくある、チートっぽく見えない能力だけど、実は使い方次第で超チート的な漫画が好みだ。頭を使わないといけなというのも、わくわくする。
「そんなに主役になりたいのかい?」
「普通そういうものだと思うよ。誰かに自分を認められたい、褒められたい、愛されたい。そんな事を微塵も思わない人がいたら、それは人ではないと思うわ」
「なるほどなるほど。人と言うのは面白い生き物だね。では、僕が君を必要としよう。君を認めるし、君を褒めるし、君を愛してあげよう。この辺りで妥協して異世界に召喚されてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」
「どうって……なんか適当」
何て投げやりな愛され方だ。
とりあえず、なんでもいいから異世界行ってきなさい的な。
でもよく考えると、目の前にいるのは神様で、人ではない。そもそも姿だって猫だ。
だから人の恋だの愛だのなんて分かりそうもないし、下手したら感情にもうといかもしれない。ただどちらにしても神様が近くに居て、異世界で1人ぼっちにされないだけまだラッキーか。
波乱万丈はあこがれるけれど、精神的肉体的にキツイのはできれば避けたい。着いた瞬間に死亡フラグ発動とか、神様がいればまず大丈夫そうだ。
「でも分かった。なら、それでいいよ」
「契約は成立だね。よろしくアキ」
そう言って、黒猫な神様は、私の足に体をスリスリと摺り寄せた。クルクルと足元を回る神様を見て……これは、アリかもしれないと思う。
チート猫神様だから、私よりきっと断然強いのだろうけれど、……でも可愛すぎる。そんな神様に、私の心は鷲掴みされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「非凡になりたいと言っていた時代が私にもありました」
「何だい、唐突に」
私は深く深くため息をつ気ながら、神様に話す。
「ここに来て思い知ったの。ああ、私には非凡は無理だって」
足元の小石を蹴りながら、薪集めを行う。
現在私たちはこの大地を汚染している場所を清めに向かっていた。私たちと言うのは、この世界に召喚された私を含めた神子と、神子を守ってくれるこの世界の人達である。
今日は野営が決まったので、つたないながらのお手伝いとして、乾いた枝を集めているのだ。異世界に来るまで野宿なんてしたことがなかったので、私にできる事は少ない。それでも、くるしゅうない、良きに計らえなんて言えるような性格でもなければ、周りが凄すぎてそんなお願い恐れ多いため、手伝いをさせてもらっている。
基本神子の服を脱げば、異世界人の中でも埋没できてしまいそうな、ある意味チート普通人なので簡単に仕事の役割分担に紛れ込めた。
「もしかして平凡に生きたくなったのかい?」
「いいえ。現在平凡だからこれ以上の平凡は望めないわ。勿論、チート大好き、主人公補正大好き、変な事、面白い事、どんとこいという所も変わってないわ。でも、何だかやっぱり私って普通だわとしみじみ実感しているわけなのよ」
そもそも神子が結構いる。この世界の人口で割れば少人数だろうけれど、数ある神子の中の1人には間違いないのでレア度もない。こういう時、異世界トリップ少女は1人、もしくは2人の少女が呼ばれ仲たがいして対決という形が王道というものじゃないだろうか。現在は対決するなら天下一武道会又はバトルロワイヤルをしなければいけないレベルの人がいる。そして私のオプションは神様なので、個人でチート能力を持つ彼らに勝つ自信はない。最初にモブとしてやられるのがオチだ。ああ、無情。
もっとも、そんな展開は今のところないけれど。
「そんなに神子が多い事が不服かい?」
カリカリと後ろ足で耳を書きながら、神様は尋ねる。流石神様。どんな時も自由でリラックスしている。
「それは仕方ないと分かったよ。だって、こんなたくさんの場所を浄化していかなければいけないなら、私1人じゃおばあちゃんになるまで働いても無理だわ。しかも新しく穢れは現れる続けるんでしょ?」
私はポケットから地図を取り出し神様に見せた。
この世界の世界地図には、かなり多くのバツ印がある。このバツ印が浄化が必要な場所だ。神殿の方に集められた情報を逐一手書きで写しているので、たぶんそれほど現在の数と変わりはないと思う。
神子として、この世界に召喚された人は、浄化する力がある人達だ。ただし体の中に穢れをとどめておける量は決まっており、ある程度を超えたら、元の世界に戻っていただくを繰り返している。そんな悪そうなものを体に入れたら病気にならないか心配だが、徐々に浄化する事ができる能力を持った人しか召喚されない上に、この世界から出てしまえば穢れは力を失い不活性化するそうだ。
その為、この世界にいる間は浄化をする代わりに、神子様と崇められかなり良い生活が約束される。そして帰る時には、呼ばれた時と誤差の少ない時間に戻れるようにしてくれるのだ。まさに至れり尽くせりのお手軽異世界トリップである。あまりにお手軽で少しありがたみに欠ける気もするけれど。
ちなみに神様から一度貰ったチート能力は、この世界を退去する時に返すことも、そのままもらっていく事もできるそうだ。……私の場合は、神様がマスコットのように居るだけなので、帰ったら強制的に失効だけど。
「なら何が不服なんだい?」
「不服って事はないけれど、何というか、主人公が多いなぁと。そして私はやっぱり普通だなぁと」
「主人公が多い?」
神様はそう言って、首を傾げる。……可愛いなこの野郎。
くっ、世界の主人公その1めと思いながらもその誘惑に勝てずになでなでと神様の体を撫ぜる。チートで神様で可愛いだなんて、反則な生き物め。
「あきさまぁぁぁあ!!」
「ほら、噂すれば」
主人公その2が現れて、私は神様をなでなでする手を止めて肩をすくめた。
「あれ? なんでアキ様が薪拾ってるんですか? あ、猫さんもこんにちは」
「にゃあん」
神様はこの世界に来てから、猫のふりをして私と行動していた。神様は演技なのか本気なのか分からないが、良く私にゴロゴロじゃれるので、ここに居る人達は普通の猫だと信じている。
神子は神様の姿を一度は見ているので、ばれそうな気がするが、神様と別れた時点で、神様の姿を記憶できず忘れてしまうそうだ。
なんだかそれはそれで寂しそうだが、猫姿を満喫している神様をみていると、そんな心配する方が馬鹿らしいぐらい自由だ。案外、神様にとってはそこまで気にするようなことではないのかもしれない。
「今夜、薪が必要になるから拾ってるのよ」
「そんなの、アキ様がやる必要ありません。他の神子様もやってみえませんよ」
「よそはよそ、うちはうちでしょ」
そう言う雑務をしなくてもOKなのは、主人公の皆様方で、モブはきっちり裏方をこなすのが一番だ。下手に横暴な行動をして、現地人に嫌われて、死亡フラグを高めるのは勘弁である。
にしても皆やってませんよと言うと、やらなくなると思うなんて……神子は日本人が多いのだろうか。神様も似たようなジョーク知っていたし。
「アキ様は、またそう言うお母さん見たいなことを」
「それで。私を探していたのは、薪探しを咎める為じゃないでしょ?」
「あっ、そうでした。ちょっと聞いてくださいよ! 私は平凡なメイドでいたいだけなのに 、何であんな厄介な男ばかりがよってくるのでしょう?! 私、前世で何か悪い事したのでしょうか?!」
半泣きで相談を受けながら( ゜Д゜)ポカーンという顔文字で、今の心境を私は表したい気持ちになる。
くっ。やっぱり、異世界メイドは主人公ポジなのねと悟るような心境だ。
「今回の旅立だって、貴族であるテノール様は来る必要ないのについてきてしまうし、弟のアマネも来てしまうし。これは遊びではないと何度も伝えているのに。ラス様も騎士様だから、神子様を守るのが仕事なのに、私の事ばかり守ろうとするし、おかしいですよね?!」
うん。そうだね。貴方の主人公度がおかしいね。
何だこの典型逆ハーレム少女はと思うが、彼女はこれで本気で平凡なメイドでいたいと思っている。痛いよ。痛すぎるよ。
フラグを完璧にこなしているのに、それでいて普通がイイとか。普通なんて、私の代名詞。何にも面白くないよ。たぶん逆ハーレムをどう乗り越えるかを考える方が楽しいと思うよ――と私なんかは思うのだけど、この辺りは個性というもので、私の考えを押し付けるわけにはいかない。
「ケアルが愛されている証拠じゃないかな? うん。いいじゃん、皆将来有望だよ」
きっとこの先も逆ハーレムを増やしていくんだろうなと思いながら私は適当に彼女の話を聞きながら相槌をうつ。
一通り喋りつくしたところで、ケアルは立ち上がった。
「アキ様、聞いて下さって、ありがとうございます。仕事に戻りますね」
「うん。いってらー」
私の薪拾いについては既に忘却の彼方になっているハーレムメイドは、頭を下げててけてけと走っていった。
こういう抜けている所も愛され要員なんだろうなぁと思う。あ、転びかけた。
しかも、新しい男性がそれを支えてる……あれは、松原裕次郎と名乗っていた神子だな。
今度は彼も逆ハーレム参戦かぁ。頑張れー。
「アキ、アレが主人公というものかい?」
「うん。平凡を目指す逆ハーレム異世界メイドなんて、得点高すぎだと思うよ」
ちょっと鈍い系な部分があるのも、憎めない演出だ。
完璧である。
「ちなみに、先ほど名前が上がったテノール様と言うのも、主人公よ。こっちはハーレム主人公。気が付くと皆から愛されてるんだよねぇ。でも本命が一番ちやほやしてくれない件についての相談をもらっているし」
何故、ケアルと仲良くなれないのだろうと、こっちの世界の勉強中に隣で延々と聞かされたので、まず間違いない。ハーレム主人公VS逆ハーレム主人公の対決は、果たしてどちらに軍配が上がるのか。
「主人公と仲良くなっているなら、それで十分普通ではなくなったのではないかい?」
「いいえ。主人公には友達なんて沢山いるわけだし。私は数ある友達の1人。だから普通も普通だよ。よくある日常的光景だと思うわ」
特にどちらに対しても、一歩下がった所で観察させてもらっているので、一番の親友ポジでもない。やっぱり私はどこまでいっても優秀なモブだなぁと思う。
「そういうものかい? でもアキは、神子達の中でかなり優秀じゃないかい?」
「いや、私の能力はどれも平均点だよ。ちなみに神子の中でも、主人公的な人は――ほら、今あそこで、神官に告白されている子。島根って言うんだけど、ああいう子が主人公なんだよ。戦う能力は低いけれど、でも勉強は頑張っていて、いつも努力している感じ。うん、まさに主人公の鏡だねぇ」
私はここから離れた場所で何かをしゃべりあっている2人を指さし、神様に教える。
あの子は私がこの部隊に配属されてすぐに主人公と認めた子だ。そして、私の読み通り、神官なんて地位がある男性が島根を気にしはじめた。
「アキは目ざとい」
「目ざといというか、ちゃんと気をつけて見ていれば見逃さないよ。前々から、あの2人のフラグは立っていたし」
喧嘩して相談を受けた時はフラグキタァァァァと心の中で叫んだものだ。しかも両者相談してくるのだから、似た者同士である。
「たぶん会話は『これ以上穢れを溜めないでくれ。そんな事をしたら君は元の世界に帰らなくてはいけなくなるだろう?!』『私は、貴方の住む世界を救いたいんです』といった具合かなぁ。あの神官様話したかぎり、執着系っぽいから、目をつけられた時点で、残留決定なんだけどね。後でちょっと、声かけて、監禁フラグとかは壊しておいてあげないとかな」
やっぱり神子仲間が、精神壊しましたエンドは可哀想なので、お互いにベストなくっつき方をした方が幸せだと思う。
「あの子とも友達なのかい?」
「まあ、一応。島根は、元の世界に絶対戻ってやるタイプの主人公だったけど、ほだされかけているから、たぶんなんだかんだ上手く行く気はするんだよね」
私は腕組をしながらそう言って頷く。
「アキはよく見ているね」
「普通だよ」
よく見ているというか、あれだけモテオーラを出されたら嫌でも気が付く。
「旅も猫神様居るから、魔物のエンカウント率も低くて、魔物に襲われたりもしないから、本当に平和で普通だわ」
やっぱり私と非凡はとても縁遠いらしい。
「あれ? 僕が居るから魔物が襲ってこない事に気が付いていたんだ」
「そりゃ、他の神子さん達と情報交換すれば、私がいる小隊のエンカウント率がすごく低いのは簡単に分かるし。本当に神様はチートだわ」
この対魔物のエンカウント率の低さは異常だ。まあそれぐらいでなければ、私が薪集めなんてできないんだけど。
神様のおかげで、魔物退治イベントが起こらず、私はいたって平穏で平凡な旅を送っている。
「あ、でもそれを咎めたりはしないから、今夜もマーキングよろしく。どうやらこの辺りは魔物が出るみたいだし。ほら、ここにも魔物の爪痕」
「見回りしているのも気が付いていたんだ」
「そりゃね。いつも本当にありがとうございます、神様」
私は、夜に見回りに行ってくれる神様に深々と頭を下げた。チート能力がない私が魔物と出会ったら、第一の被害者になる事間違いなしだ。
「あーあ。異世界だったら普通じゃない事がおこるとと思ったのに、ほんと、普通だわ。もっと、こうワクワクドキドキはないのかなぁ」
ぐぅぅぅと体を伸ばして、拾い集めた薪を持って野営の場所へと戻る。
「アキにとって、普通の定義って何だい?」
「わくわくどきどきが少なくて、なんか平々凡々という感じ?」
「なるほどねぇ」
「まあ平々凡々なんて神様じゃ分からないだろうけど」
ああ、今日も私は普通だなぁとおもいつつ、神様をなぜなぜしながら、何か面白い事はないものかと思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっしゃぁぁぁぁ。きたぁぁぁぁっ!」
僕が異世界に行って欲しいと頼んだら、歓声を上げた珍しい少女。
平凡で普通な自分が嫌で、非凡を愛してやまない少女だ。その少女の叫びがあまりに面白じゃなくて、ウケた――でもなかった、えっと。そう、強かったので、少女についていき、彼女の人生を見届けてみようと思った。
果たして非凡に憧れる少女が、本当に非凡になった時、彼女はどうなるのかと。
そしてしばらく観察して分かった。
「何かやっぱり普通だなぁ」
彼女にとっては、非凡もなにもかも普通の一環でしかないと。
「何がそんなに普通なんだい?」
「なんていうか、恋愛相談受けて、恋の成就にひと肌脱ぐとか、学校でやっていたのと大して変わらないんだよね。やっぱり、私は異世界に行っても私なんだなぁと思うわけよ」
アキは僕を抱きあげて顔をマッサージする。アキに触れられていると気持ちがイイので、いつもされるがままだ。
神である僕をさわさわと触れるだけでも普通ではないと思うのに、アキの順応は早い上に高い。喋る猫がいたら、地球系列の日本という国の人間は、ふつう驚くはずなのに、すぐに馴染んでしまった。そして、馴染んだものに関して、アキは普通で平凡と感じるようだ。
神様が隣にいる現状を既に普通と判断しているあたり、かなり大物である。
「アキは多くの相談を受けているようだけど、それも普通なのかい?」
「普通だよ。だって、それで何か大きな事件が起こったり爆発したり、魔王が現れたりとかしないし」
相談していて爆発が起こったり、魔王が現れるとかは多分絶対ない気がするし、どうしたらそうなるのか神様である僕にも想像が付かない。
ただし今まで見てきて、きっと、爆発が起ころうとも、魔王が現れようとも、それが起こってしまったら、アキにとっては普通と感じるに違いないという事は分かる。
人間にはそれぞれ才能があるというならば、アキの才能は高すぎる順応力だ。
「でも、最近恋愛の女神や幸運の神様の様に言われているじゃないか。君も立派な主人公の1人じゃないのかい?」
「ああ。なんかこの世界の人って、皆恋愛下手なのかな? 私の周りだと、恋バナしあうのは普通なんだけど。あと、幸運の神様扱いは、私じゃなくて、神様の方だからね。魔物とのエンカウント率が低いから皆そう呼んでいるんだし。神様ってば人前だと猫の真似しちゃうからさ」
ぐにぐにぐに。
適度な力で頭皮マッサージをされて、気持ちよさで目を細める。
「僕が神様だって知れたら、今のままじゃいれなくなってしまうからね」
「猫神様っていう愛称で、皆から愛されると思うよー。こういうマッサージも私以外の人もやってくれるだろうし」
「僕はアキのマッサージが気にいっているから、今のままがいいんだよ」
神様にマッサージをしようだなんて思う人は、たぶんアキだけだろうと思うけれど、以前それを言ったら、こんな可愛い神様をほかっておくわけがないと力説された。
うん。もしかしたらアキがいてくれたら、皆も触りなよと窓口になってそういう事が起こるかもしれない。そして皆が触りだしたら、一歩引いた位置から僕のことを見て、何か面白いことは起こらないだろうかとぼやくのだ。
ああ、今日も平凡だといって。
そんなのごめんだ。
「ふーん。そっか。そういえば、私の事を必要としてくれるといったもんねぇ」
「そういう事。だから、アキはのんびりとやりたいことをやって、是非君にとっての非凡をこの世界で見つけてくれ」
アキに付き合いはじめて、僕は大分と人間臭くなった気がする。見た目は猫で変わらないから、感性の部分での話だ。
アキが僕を構うたびに、胸の辺りがほっこり温かくなる。僕は神様だから、誰かの人生に絡むことなく、忘却される存在。それは僕にとって普通の事でさみしいり思った事はない。
でも、アキはとても自然な形で僕のそばにいて、その事に幸せを感じた。彼女はどんなものでも受け入れられる。ただの特別ではなく、誰かの特別であることの幸せを知った。
きっと、今アキが居なくなったらさみしいを初めて知る事になるのだろう。
「アキ、好きだよ」
「私も猫神様の事好きだよ? 本当に可愛いよね」
ぎゅうと僕は抱きしめられる。
アキは、普通から外れてしまったものもそのまま受け止める。
だから、アキのいう主人公たちはアキの元へ集まる。アキは主人公になりたいのであって、主人公と恋愛をしたいわけではないので、上手い事その辺りはすり抜けていく。観察力も鋭いのだろう。
おかげでアキは今のところ僕が独占できている。
「アキは本当に普通だね」
僕にとっての日常となってしまった少女にそう褒め言葉を送る。
「むぅぅ。言われなくても分かってるよ」
そう言って、神に愛された少女は口を尖らせた。