死人通り
人の痛みのみがボクの痛みを和らげる事ができる
〜酒鬼薔薇聖斗〜
その裏通りは“死人通り”と呼ばれていた。
特に考えてつけた名前ではない。
そこの通りの死亡率が異常に高いからと言う理由でつけられた。
そう、異常に高い。
事件など起きたことがないはずのその通りで
高いことなど
あり得ない筈なのに
だから、人々は噂した。
なにか我々の想像を遥かに越えたことが起こっているのではないか?…と。
なるほど、理には叶っていないがわかりうる解答だ。
そして、その通りである。
そのなにも起きない筈の通りで
今日も悲鳴がけたたましく鳴り響いた。
その声の主は少女。
なにかに追われているかのように彼女は走っている。
顔中を埃まみれにし瞳に涙を浮かべながら走り続けるのだ。
目の前にあったゴミ箱を蹴り飛ばし居座っていた猫を追い払い顔いっぱいに埃を被りながら。
その少女の後ろにはなにもない。
あるのは静寂と闇だけである。
なのに少女は逃げ続ける。
見えない“なにか”から。
そして、少女は逃げて逃げて逃げ続けた。
しかし、神はそんな彼女を憐れとも思わないのだろう。
遂に少女はその闇に捕まった。
いや、闇に捕まったと言うのはおかしいだろう。
詳しく言うのならその闇の中からヌルっとまるで蛇のように出てきた二双の腕に捕まったのである。
少女の目から涙と共にあった光が消える。
そして、“それ”は少女に恐れを抱かせながら現れた。
一人はまるでプロレスラーのような風貌をした男。
顔いっぱいに下品な笑みを浮かべ少女を見下ろしながら自らの金の髭を弄っている。
もう一人は妙に線の細い男だった。
もう一人の彼に比べその目に生気はなくまるで少女に何かしようとしているようには見えない。
まるで、なにか重罪を起こしてしまったかのような面持ちである。
少女は泣きながら男達の腕から逃れようともがいている。
悲痛な叫びと共に少女は助けを求める。
そんな少女を憐れにでも思ったか男は少女の腕を離し笑いながら告げた。
『助かりたいか?』
少女は顔をあげ頷く。
男はそれを見て条件を提示した。
考えうるなかで最悪の条件を。
『ならば、お前の大事な人をすべて連れてこい。そいつらの命と引き換えにお前は助けてやろう』
少女の息を飲む声と泣き声が聞こえる。
今、この男がなんと言ったのか一瞬少女はわからなかったからだ。
いや、聞き間違いかと思ったのである。
だが、違う。
男は間違いなくこう言ったのだ。
自分の命と自分の大切なものたち
そのどちらかを自分に差し出せと。
少女は答えを出せない。
いや、出せるわけがない。
こんな回答を選べるわけがないのだから。
しかし、男は沈黙する少女を見て言った。
『ふむ、黙るならお前を殺してしまおう』
そして、男は少女に手を伸ばす。
少女をグチャグチャに潰すために
そして、彼女の四肢を引きちぎり咀嚼する為に。
少女の瞳からは、最早既に涙は流れていなかった。
諦めてしまったのだろう。
生き永らえることを。
そして、男の手が少女の頭を掴もうとした時男の手は止まった。
少女は震えながらゆっくりと男を見る。
男の腕からは大量の血が流れていた。
原因は男の腕に突き刺さった一振りのナイフ。
少女からすると急に男の腕から生えてきたのだろうかと疑問に思ったことだろう。
しかし、当然違う。
男が静かに後ろを振り向くと‥
『あんたたちを…殺しに来たぜ』
東雲凜がそこにいた。