愚痴披露会
愚者は喋り、賢者は聞くと言う。
言わぬが花だ
〜古谷惣吉〜
『いやぁ、いつまでたっても嫌な子だよねぇ、霊華くんは!』
仕事を引き受けた雪さんが最初にしたことはジャンクフード店でハンバーガーにかぶりつきながらの愚痴披露会だった。
と言うか、毎度こうだから既に慣れてしまった。
『はぁ、まあ、そうですけど…ところで雪さん。ちゃんと財布持ってるんでしょうね?』
雪さんは基本財布と言うものを持たない。
普段は確か七花さんが持っているはずだ。
それで、困らないんだから雪さんを少し尊敬してしまう。
まあ、使うほどの買い物をしないし外にも出掛けないからなのだけれど。
しかし、例外として霊華さんに会ったときだけこうして馬鹿みたいに食べまくるのだ。
ストレスを晴らさんばかりに。
『ん?ないよ。あるわけないじゃないか』
あるわけないじゃないかじゃねぇ。
じゃあ、誰がこのハンバーガー代を払…
『あ、ここの支払いは任せたよ。凜君。いやぁ、今時洒落た店もあるものだね。後払いじゃなければボクの食事を止められたかもしれないのにねぇ?』
『どうせ雪さんは止めても止まらないんでしょう?』
『まあね』
雪さんは手持ちのオレンジジュースを啜りながら次の注文をしようとしていた。
って、ちょっと待て。
それ以上の出費は辛…
『食人鬼も今頃食事をしているのかねぇ?』
不意に雪さんが呟いた。
意地悪な笑みを浮かべながら更に続ける。
雪さんに伸ばそうとしていたボクの手は自然と止まる。
『霊華くんはこの件を早く片付けて欲しいみたいだけどボクからしたら片付ける必要性がまったくわからないね』
『わからないって…』
『だって、ただの食事だろう?なんで食事をしてはならないんだい?』
雪さんは訳がわからないとでも言うように首をかしげる。
『だって人を喰らって…』
『確かに喰らってはいるね。でも、たかが肉だろう?なぜ肉を食べてはいけないんだい?ボクたちも今、こうして肉を食べているじゃないか』
『でも、人を殺して…』
『ボクたちもこれを食べるために牛を殺しているよ?それはいいのかい?』
そう言って見せびらかすように右手のハンバーガーを持ち上げた。
『倫理もなにもかも考えずに言うけれどね。人肉も豚肉も鶏肉も牛肉も最終的には変わらないんだよ。すべて殺してから食べている。それをなんだい?人が殺されたときだけ馬鹿みたいに騒いで。人が一番優れている?馬鹿を言っちゃいけない。僕から言わせてもらう人は一番無能で低能さ。種族意識も低い。お互いがお互いを殺し合うような種族。滅んで誰が損をするんだい?』
雪さんはそう言ってまた静かにハンバーガーにかぶりついた。
彼女の小さい口がハンバーガーを咀嚼する毎に不思議な感覚になる。
まるで自らの肉を咀嚼されているかのような言い様のない不快感が波のように少しずつ少しずつ近付いてきている気がするのだ。
『おや?どうしたんだい?』
雪さんはこちらを気にするようにチラリと目線をやりながらさらに食を続ける。
『いえ、なん…』
答えようとした時、こちらを射抜くような殺気が身体中を駆け抜けた。
雪さんは気付いてないのか静かに食べ続けている。
少しずつ殺気がボク達の方へ近付いてきているのがわかる。
だが、この動きからしてボク達を狙ったものではないだろう。
まるで、誰かを追っているようだ。
しかし、これは明らかに人間の殺気ではない。
この荒々しい殺気は…
『食人鬼か…』
これは早急に対処した方がいいだろう。
『雪さん。財布は渡しておきます。ちょっと出掛けてきますね』
『急用かなにかかい?』
『ええ、少し…』
『そうかい。すぐ帰ってくるんだよ?君には任務の他に他の使命もあることを忘れないように』
『わかりました。失礼します』
財布を雪さんに渡し店を出る。
殺気は依然として近付いて来ている。
ポケットの中のナイフをそっとなぞる。
これから雪さんの鬱憤を晴らすのに付き合うなら此処等で任務をこなしておくのもいいだろう。
そう思い、歩く。
口角が知らないうちに動いていく。
まるで笑いを強要するかのように。
だから、それに逆らわず…
『さあて、久し振りの…状況開始だ』
笑った。