第5話 運命
俺は夢岡さんと一緒に会社の前まで来た。ふと、俺は気づいた。「夢岡さんと一緒に出勤ってことになるよな。って、ことは・・・」俺は周りを見渡した。男の上司からの鋭い視線が俺に降りかかってくる。また。女性社員の人が俺たちの事を見ながらなにか噂話をしている。「やっぱり・・・こうなるよな」
夢岡さんは社内のアイドル、美人で明るくて・・・男女と問わず大人気。そんな人と一緒に出勤だなんて注目されるに決まっている。嫌だなぁ・・・。そんな俺の気持ちを知らず、夢岡さんは俺に話しかけながら俺の隣で歩いている。
「あ・・・ちょっと用あるから・・・先行ってて」
俺は夢岡さんと離れたくて、話をさえぎった。
「あ、そう。いいけど・・・待ってちゃダメかな?一緒に行こうよ。」
夢岡さんはそういって、俺の顔を覗き込んだ。タイプじゃないけれど、こんな美人にみつめられたら、ついつい顔が火照ってしまう。断れる雰囲気でもない。俺は仕方なく、トイレに行ってから(本当は用事なんてなかったから)夢岡さんと一緒にオフィスに向かった。
夢岡さんと二人で出勤したことは、すでにもう噂の的となっていた。俺は自分のデスクに座った。夢岡さんは荷物をデスクに置くと、お茶を淹れに違う部屋へと向かった。デスクに荷物を置き終わると早速向かいに座っている上司が話しかけてきた。
「おい、お前いつのまに夢岡とデキてたんだよ。」
俺は上司を軽く軽蔑した目で見てから答えた。
「デキてません。たまたま一緒になっただけです。」
俺はすぐさまPCの電源をいれ、“話しかけるな”というオーラを出しながら仕事に取り掛かった。
ようやく仕事が一段落し、休憩に入ると、上司が一斉に俺に向かってきた。俺はしぶしぶ上司と昼食をとることになった。まぁ上司のおごりだからしょうがないっちゃ、しょうがないけど・・・。俺は上司に連れられて社員食堂に入った。予想通り俺は注目の的。さすが夢岡さんだね。そう思いながら上司の座っているテーブルに並んで座った。
食事を取りに行き、テーブルに全員が着席すると、さっき俺に話しかけた上司がまた聞いてきた。
「お前・・・本当に夢岡とはたまたま会っただけなんだよな。」
俺はだまってカレーライスを食べながら頷いた。この食堂のカレーライスは格別に上手い。どのカレー料理やよりも上手いと俺は思っている。上司たちはあれこれあることないこと俺に質問して言ったが、俺はカレーを食べることに夢中であまり話を聞かず、ただ相槌をうっていた。
カレーライスをキレイに食べてから、俺は上司に向かって
「ご馳走様でした。あと・・・夢岡さんとはなんともないんで気にしないで下さい。」
そういって席を立った。食器をカウンターに返すとき、食堂のおばちゃんに
「とってもおいしかったです。」
と笑って見せた。おばちゃんたちもにっこり笑ってくれたので少し気分が良くなった。
仕事が終わるころ、夢岡さんが話しかけてきた。
「ね、今日もさローズに行かない?送別会のこと話し合いたいし・・・。」
夢岡さんは噂話されるの嫌じゃないのかな。そう思いながらも、翼のためだし、しょうがないかなと思いローズに行くことにした。
ローズに入ると、夢岡さんが一番奥の席で書類を広げて考えていた。翼のためにがんばっているんだなぁ。と思いながら夢岡さんの席の前に座った。夢岡さんは、ハッとして顔を上げた。
「あ、ごめんなさいこんな散らかしてしまって・・・。」
夢岡さんは書類をまとめ始めた。
「あ、いいよ。夢岡さん翼のためにがんばっているんだね。」
俺は書類を見ながら言った。いろんなものがある。送別会を行うことができる会場を何個もしらべてあったり、リストに載っている人の連絡先を調べてあったりしていた。
「それじゃ汚いままでやらせて・・・。ごめんね。あ、何か頼む?」
夢岡さんは書類を少しずつまとめていった。俺はアイスティーを頼んだ。
「場所、何処がいいと思う?私はこの四つまで決めたんだけどね。」
夢岡さんはまとめた書類の中から四枚の紙を取り出した。センスのいい店が並べてある。店の場所や入れる人数など細かいところまで調べてあった。
「なんかどれもピンとこなくて・・・。ね、月波君いい店知らない?」
夢岡さんは頭を抱え込んで言った。この四つ結構いいと思うんだけどなぁ。俺は四枚の紙を手に取りまじまじとみつめた。
「あ・・・そうだ。あの・・・一つ知ってるいい店があるんだけど・・・。」
「え、本当に?何処?」
夢岡さんは目を輝かせて俺の顔を見た。俺は頭を掻きながら
「夢岡さんみたくセンスのいい店じゃないんだけど・・・○○駅の前にある“蒲公英”」
夢岡さんの顔が一瞬強張った。無理もない。蒲公英はここらへんじゃ有名な高級ホテルだった。
高校生の時、澪との何回目かのデートの日、俺は澪につられて“蒲公英”に行った。そのときはまだ高級ホテルだってことを知らずにいたが、ホテルの中に入ると、大きなシャンデリアやきれいなフロントがあり、さすがの俺もただのホテルじゃないことは分かった。不安になって俺は澪のことを軽くひじでつついた。
「こんなところにつれて来てどうすんだよ。俺、金ないぞ。」
澪は俺のことを思いっきりひじでつついてから
「心配しなくていいよ。ここ、おじいちゃんのホテルだから。」
と、笑窪をみせた。
それから何度かホテルの料理を食べに行った。普段は食べられない高級料理を澪のおじいちゃんは気前よく食べさせてくれた。俺はなぜかこのおじいちゃんに気に入られて、おじいちゃんは俺のことを孫のように可愛がってくれた。高級ホテルのオーナーだからといって、飾らず、気さくなおじいちゃんを、俺も大好きだった。
「蒲公英はいいと思うけど・・・、予算オーバーね。無理よ。」
夢岡さんは大きなため息をついていた。無理かな・・・。
「俺、ここのオーナーと知り合いなんだ。なんとかなるかも知れない。」
あきらめモードの夢岡さんに俺は身を乗り出していった。夢岡さんの目がいきなり輝きだした。
「それ・・・本当?」
俺はからだを引っ込めた。勢いで言っちゃったけど、オーナーとはもう一年以上連絡を取ってないから、大丈夫という補償はないし・・・。
「・・・難しいかも・・・しれない。」
少し輝きだした夢岡さんの顔がまた曇り始めた。
「そっか。」
―長く気まずい沈黙―
俺はすかさずアイスティーを口に含んだ。口いっぱいにアイスティーの甘い香りが広がった。夢岡さんもコーヒーを一口飲んだ。それから俯いてため息を一つし、目の前の書類にまた目を通し始めた。俺は目をつぶって天井を見上げた。物事はなかなか上手くはいかないものだ。俺は目線を落として、まぶたを開いた。すると、ローズのドアがカラリと音を立てた。誰かが入ってきた。俺の目は何かに引きつけられるようにローズのドアの方を向いた。
そこにいたのは・・・澪だった。
ここまでくると、もう運命としか思えないだろう。澪は一人だった。俺は澪に話しかけようと席を立とうとした時、さっきまで書類に目を通していた夢岡さんが顔を上げた。
「あ・・・ちょっと・・・知り合いがいて。」
そのとき、またドアが開いた。入ってきたのは、懐かしい顔・・・高瀬俊来だった。
この再会が俺の運命を狂わせていったんだ。




