第3話 再会
それから数日たった日曜日。俺は久しぶりに澪と過ごしたあの道を歩いていた。夢岡さんと翼の送別会について話し合った帰りだった。空は夕焼け色に染まっていて、キレイだった。俺は一人で歩いてた。コンビニでパンとお茶を買って、あのベンチに座った。懐かしい・・・。澪と二人でこのベンチに座って、お菓子を食べながらたわいもないことをしゃべった・・・。俺はコンビニ袋からパンを取り出した。あの時と同じカレーパン。二人で半分にして食べたっけ・・・。俺はカレーパンをかじった。
―澪と別れて他にもいろんな女と付き合ってきたはず・・・なのに、こんなにも澪のことが愛しくなるなんてー
自然と俺の頬に涙が伝った。カレーパンの辛さが俺の痛みと変っていく。俺はカレーパンを袋に戻した。こみ上げてくる思い。澪に会いたい。澪に触れたい。澪としゃべりたい。俺の涙は止まることなく流れていく。澪の顔をちらりと見ただけなのにこんなに恋しくなるなんて・・・。俺は持っていたお茶の缶を強く握る。スチールだからいくら力を入れても決して潰れない缶。
「チクショウ」
俺はお茶の入っている空き缶を投げ捨てた。中身がキレイに飛び散って、茂みの中に落ちた。俺はそのままコンビニの袋を置いて、その場を立ち去ろうとした。
その時だった・・・。後ろから誰かが俺を呼び止めた。
『ちょっと、空き缶ポイ捨て禁止だよ。このゴミも持って帰って!』
俺は舌打をして、振り返った・・・。そこにいたのは・・・
「澪」
『千明君』
二人の声が重なりあった。僕の目の前には・・・澪がいた。スーツを着てすっかり大人になった澪。長い茶色の髪をベージュのバレッタでとめていた。小柄で、目がクリッと大きくて・・・懐かしい澪の姿。
『久しぶり』
澪が長い沈黙を破って口を開いた。
「あ・・・うん。」
『懐かしいね・・・。ここでよくしゃべったよね。』
澪はベンチを見ていった。
「うん。」
『今、ひま?』
澪の口から出た意外な一言・・・。俺は澪をみつめた。風が二人の間を通り過ぎた。
「暇だけど・・・。」
『話さない?あの時みたいに・・・ね!』
澪が俺に優しく笑いかけた。あの時みたいに。
「うん。」
俺と澪はあの時みたいに一緒にベンチに座った。
『カレーパン。半分頂戴よ。』
「あ・・・うん。」
俺はコンビニ袋から食べかけのカレーパンを取り出した。カレーパンを半分に割って、俺がまだ口をつけていないほうを澪に渡した。
『懐かしいね。あの時も、こうやって二人でカレーパン食べたっけ。』
「うん。」
俺は澪の話を隣で澪の話を聞くことが大好きだった。澪は見かけによらずおしゃべりで、いったん話し出すと、いつまでたっても話題が途切れることは無かった。その話している様子が可愛らしく、俺はそれを見ているだけで幸せだった。
『最近、どう?』
「え?」
「あ・・・うん」
『え?』
俺はいきなり話を振られるのが苦手だ。何を話していいのか分からなくなる。
『千明君変わってないね。』
澪は笑っていった。俺は顔が少し赤くなった。
『そういえば、悠保と同じ会社なんだってね。』
「え?」
『あ・・・水田さん。水田悠保。』
見尾の口からその名前が出るなんて・・・。俺は一瞬と惑った。
「えっ、あぁ・・・水田さんね。」
『悠保ね、私の大学の友達。今でもたまに会うんだ。それで、この前、千明君の話になってね。』
澪の話が始まった。当分終わりそうに無いな。俺はその話を黙って聞いた。澪はあの時と変わらず、一生懸命に伝えようとイロイロな表情をしながらしゃべっていた。
この前、久しぶりに悠保に会ったの。ローズっていう喫茶店で。その時、悠保が「この店に私の同僚も来てるらしいんだ。」って言ったの。それで、私が「誰?」って言ったのね。そしたら、月波君って言うんだもん。ビックリしちゃった。悠保が言うには社内で一番キレイな女の人と一緒だったんだってね。見たかったなぁ。でね、私も喫茶店の中ぐるぐる見回したの、それでもいなくてさ「きっとアイスティー飲んでるよ」って私が言ったらねとなりに座っていた客がアイスティー頼んだの!もう笑っちゃってさ。で、悠保が言うには千明君会社でもモテモテらしいじゃん。ほとんどの女の子が千明君を狙ってるんだってね。その、キレイな女の人もかな?千明君高校のときもモテモテだったよね。本当すごいよね。でね、高校のときさ、このベンチで私たち出会ったじゃない?あの時、失恋したとか、言ったでしょ、私。あれね、本当は嘘だったんだ。ただ、千明君に近づきたくてさ。ほら、学校だと、他の女子が千明君の周りにいっぱいいるし、それに千明君には彼女がいたじゃない?それで近づきにくくてさ・・・。私の周りにも男子がたくさんいたし・・・。それで、あの日、千明君彼女と別れたって聞いたから勇気出して話しかけてみたの。千明君最初、全然私の顔見てなくて、全然私だって気づいてくれなくて・・・。名前とか、前から知っていたのにわざわざ聞いてさ、私だってこと、気づかせようとしてたんだ。千明君私の顔見たとき、凄くびっくりしてたよね。今でもあの時の顔覚えているよ。なんか懐かしいよね・・・。
澪はそれだけしゃべると口を閉じた。ナ・ツ・カ・シ・イ・・・。そうなんだ。俺と澪の話は過去の話なんだよな。澪の目から大粒の涙が一粒こぼれた。
「どうした?」
俺は澪の顔を覗き込んだ。
『ごめん。なんか・・・千明君と会ったら、また昔みたいに楽しく話せると思ってたの、昨日までは・・・。実際会うとさ、千明君かなり変わっていて、もう私の入る隙間ないのかなって・・・。』
澪の涙は止まらずに流れ続けている。」
「俺・・・変わってないよ・・・全然。それに、俺モテないし。昔のまんまだよ。」
俺は空を見上げながら、澪に話しかける。澪が俺のことをこんな風に思っていてくれて俺は凄くうれしかった。だから自然と顔がほころんだ。
『ありがと。』
澪の目から滝のように流れていた涙はいつの間にか消えて、澪の顔に笑顔が戻った。俺はそれがたまらなく嬉しかった。また、澪と一緒に過ごせる日々が来るのかもと、期待で胸が膨らんだ。
でも、これはつかのまの幸せだったんだ。俺は、この後に待ち構えている残酷を知らず、ただ、この幸せにひたっていたんだ。




