天国か地獄か 6
なんて形容していいのか判らない。
あの風の中で、立原さんが狼さんに変身したように。
今度はその逆の、巻き戻しを見ているようだった。
ピンッと尖った耳は、だんだんと丸みを帯びて。
体中を覆っていた綺麗な毛並みは、どんどん肌色に変わり。
剥きだしになっていた鋭い牙は、すうっと引っ込んでいって。
目の前には逞しい裸体の男性が座っていた。
…裸体。
「ふぎゃあぁああぁあ!?!!?」
私はしゅばっ! っと綺麗なターン、回れ右!
もったいない気もしたけど…、ああ、いやいや。 でも、すっごい綺麗! 逆三角形で…、腹筋も割れてて…、で、それ以上思い出しそうになって、またも叫ぶ。何やってるんだ。
「まさか…、それが理由だってのか?」
支離滅裂になっている私を無視して、結城さんが冷たい声色で呟く。
それに「納得したか?」と、狼さん…今は人の姿に戻った立原さんの声。
「こりゃまた、随分と色っぽい方法だな」
三枝さんがニヤリと笑いながら、立原さんに向かってベッドのシーツを投げるのが、目の端に映る。
この脅威の出来事を黙って見ていた羽音さんは、顎に当てていた手を離すと静かな動作で歩み寄り、ぽんっと私の肩に手を置いて、遠い世界に旅立っていた私の意識を戻す。
「もう一度、試してみましょう」
「…試す?」
怪訝そうに呟いた私に、羽音さんは極上の、だけど黒いもやが背後に見えるような笑顔で、
「ええ。幸い被検体はもう1人いますし…ね」
ちろりっと窓の外に視線を投げる。
私はもう、引きつった笑みをこぼすことしか出来なかった…
さて、やって来ました、中庭。先ほどの部屋から見えた、龍のいる場所だ。
外に出て見て分かったけど、私がいた建物は高さこそ3階くらいしかなかったけど、敷地としては結構広くて、カタカナのコの形をした建物の真ん中に、この中庭はあった。
もっとも、唯一外に開けている庭の向こう側は、背の高い樹木と塀で覆われているので、外から覗くのはちょっと無理っぽい。
なんとなく、学校のような、公共の施設っぽい雰囲気といえば、想像しやすいかな。
きょろきょろと物珍しげに周りを見ている私をよそに、羽音さんは龍の鼻の頭あたりにふわっとシーツを被せると、
「いいですよ」
と一言。無言の圧力でもって、その先を促してくれた。
もちろん、私に拒否権などあるはずもなく…
両手を広げてやっと口を覆えるという、大きな龍の顔。人になる、ということが分かっていても、やっぱり近寄るのはちょっと怖い。
それでも、恐る恐る鼻先に手を置けば、ふぅっと安心したような吐息が大きな口から零れる。
龍にとっては吐息でも、私にとってはちょっとした突風だったけど…
手を伸ばしても届かない先にある目をじっと見つめれば、予想外に温かい、優しい色をしていて。
なんとなくその色に背中を押されて、私は龍の唇らしき場所に、ぷちゅっと唇をくっつけた。