風にのって… 3
い、今っ!
キ、キキキキキ、キスしちゃったよ!
いや、今さら初めてとか言わないし、むしろこんなかっこいい人とキスしちゃったなんて、むしろゴチソウサマって感じだけど(こらこら)
うわ~…、と真っ赤になりながら慌てているのは私だけで
彼はじっと私を見つめたかと思ったら、次の瞬間
「…っ!?」
口元を手で押さえ、そのたくましい両腕で自分の体を抱きしめた
何事が起きたのかさっぱりわからず、いまだ不安定な空の上だというのに、じっと彼を見つめてしまう
すると
「あ、あ…っ」
ちょっと悩ましげな(そう聞こえる私がおかしいのかな)声で、苦しそうに身をよじったかと思ったら、みるみる体が大きくなって…、
耳が…、腕が…、毛むくじゃらになって!?
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
思わず差し出した手を振り払われ、びくっと体が反応するも、…ギラリと光る彼の目と合ったら、もう目をそらすことも出来なくて
どんどん変化していくごとに彼が身につけていたシャツもジーンズも見事に引き裂かれ、あとに残ったのは
2メートル近い、美しい毛並みの狼
「え、え…?」
全身を覆う毛の色は赤茶、彼の髪の色にそのままで
目の前の出来事を俄かには信じられないけど、これは紛れもなく彼が変身した姿…なんだよね?
驚きに目を見張っていると、私以上に驚いているのか、狼さんが自分の右手を目の高さまで持ってきて、小刻みに震えている
しばらくそうして、自分の姿を確認したあと、おもむろに私を見上げて口を開こうとした時
またしても足場(っていうか、見えないんだけどね)が揺れ、今度は私も彼も、まっさか様に落下し始めた
「ぎゃわああぁぁ!??!!?? なんでえぇええ!?!?」
成人女性とは思えない叫び声をあげつつ、空中でばたばた手足を動かしている私の横で、狼さんが焦ったように犬かき(失礼)をしているけど、所詮空の上で意味を成すはずもなく
長い毛を逆立てながらの必死さに、なんだか無性におかしくなり、同時に頭も冷えてきた。
なんでこんなことになってるのか、今ださっぱりなんだけど
少なくともこの狼さんは、さっき落ちてきた私を受け止めようとしてくれたわけで
助けようとしてくれたいい狼さんなんだから、私も応えないといけない
私は必死に腕を伸ばし、なんとか狼さんの前足を捕まえて、胸に抱きこんだ
狼さんはびっくりしたように腕を突っぱねたけど、今の私に出来るのはこれしかないから
「狼さんなら、瞬間的に私の体を踏み台にするとか、できるよね? できなくても、クッション代わりくらいになればいいんだけど…」
私の言葉に目を見開き、凝視する狼さん
うわぁ、すっごい綺麗な瞳。これが黒曜石みたいな瞳っていうのよね…
後から思えば、この時はまったく正常な判断ができていなかったわけだけど
ありえない空の旅や、あんな綺麗な狼さんに会えたなら、もういいかな…なんて思ったのも事実で
いつしか、風を切る音も、目の前に広がる空の青も感じなくなり
狼さんを抱きしめる手は緩めなかったけど、意識は手放してしまっていたのだった