お隣さんは和食が美味しい
仕事から帰ると玄関先まで酢の匂いが漂っていた。
「おかえり、ほら手を洗ったら手伝って」
おろし金と大根のセットを彼から渡された。力仕事は普通逆じゃない? と思いながら、慌ててカバンをおいて受け取った。
「今日はなぁに?」
「新鮮なイワシが買えたからさ、甘酢おろし和えにしようと思って、まずは身を酢で洗ってるところ」
初めてだけど、要は酢をたくさん使う和え物なのね。刺し身で食べられるイワシが酢に浸されていく。
蓮の料理はいつも和食だけど、美味しいからとても楽しみ。
「終わったらサツマイモを……」
「いやこれ結構重労働だってば」
大根おろしが終わらない。
「爪、削らないように気をつけてね」
「わかってる」
二年半ほど前、深酒でドアの前で寝落ちしていたら、同じ大学の蓮に声をかけられた。「こんなところでナンパなの〜?」と絡んだらしいけど記憶にないし、単に隣の部屋だった。
お詫びにとタッパーに煮込みハンバーグを詰めて持っていったら、翌日には肉じゃがが返ってきた。お詫びになってない上に、肉じゃがは悔しいほど美味しかった。
そんな出会いから始まった私達は、まだ同じアパートの隣人同士。私は会社員で彼は大学院に進んだ。話が合わなくなるかと不安に思ったけれど、今では毎日どちらかの部屋で夕食を食べている。
「大根、半分擦れたらいいよ。残りは味噌汁に入れるから」
「早く言ってよぅ〜」
彼は吹き出しながら「莉緒の力でどこまでやれるかと思って」などと意地悪を言う。
「ご飯は頼んでいい?」
「まっかせて!」
サツマイモを輪切りにして、洗った米と市販の昆布だし、塩を入れて炊飯器をセットする。簡単にできるサツマイモご飯だ。ほくほくのお芋が美味しいやつ。
「ねぇ、蓮の味噌汁を毎日飲みたい」
「ずるいなぁ。僕は莉緒の作るミネストローネも好きなんだけど」
「じゃあ毎日ミネストローネで譲歩してもいいわ」
卒業する蓮の進路を私はまだ知らない。二人で作る料理はとても楽しいし、いつも美味しい。このまま離れたくないって言ったらわがままかな?
今日はサツマイモご飯に、イワシの和え物、具沢山の味噌汁。
並んだ料理に手を合わせる。
「この料理は大根おろしがないと駄目だと思うんだ」
甘酢を含んだ大根おろしが絡んで、酢締めされたイワシがまろやかに感じる。
「うん、とっても美味しい」
「ねぇ、莉緒。僕も莉緒がいないと駄目なんだよね」
その言葉に、私は期待をしてしまう。
「春になったら引っ越して一緒に住まない?」
本当に? 私は真意を確かめるようにじっと蓮の瞳を見る。
「私でいいの?」
「味噌汁ばかりにはしないけどね」
「あ……」
通じてはいたんだと、盛大に照れたけれど、同時に涙が浮かんだ。蓮は、少し困ったように、微笑んだ。
「改めて言うのって照れるね。さあ食べよう」
照れ隠しに食べ始めた蓮を見て、とても幸せになった。私は今度何を作ろうかな、驚かせたいなと思いながら、箸を進めた。
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