第7話 とある事件の顛末
「一年と少し前まで、この村――ナギル村にある家族が住んでいた。
父と娘二人の三人家族だった。母親は下の娘を産んですぐに亡くなり、娘が小さい頃は大変だったそうだが、重い病気をすることもなく大きくなって、それからは家事はほとんど娘がやってしまうので安泰だったそうだ。
けれど事件が起こった。
一年前の深夜、月明かりのない新月の日に、家に人攫いの男達が押し入ったのさ。
父親は物音で目が覚めたのか、もともと起きていたのか、娘を護ろうと男達と戦ったらしい。しかし武器を持っている相手に敵うはずもなく、娘達の前で、賊の一人の刃によって斬り倒されちまった。そして抵抗することも出来なかった娘達は捕まって拘束され、攫われた。
その日の夜遅くまで酒を飲んでいた若い男連中がいたんだが、人攫い達が撤収していく中でそいつらと鉢合わせしたんだ。そこで揉め事が起こって、近くに住んでいる連中が物音で眠りから覚めて、人攫いだってことに気付いた。それからすぐ村中に連絡が回って、村の男達で人攫い達を追ったんだが、帰ってきたのは追っていった男達だけで、娘二人は帰ってこなかった。
男達が人攫いを追っている間、私達女は何処の家の子供が攫われたのか調べ回って、攫われたのがサユとミユという娘達だと分かったんだ。家の中は荒らされていて、腹を斬られた父親が倒れとった。私が見つけた時には、かろうじて息がある状態でね……」
女性はそこで語るのを一旦止め、鼻を啜った。
「あいつはすごく辛そうな顔をして、『娘は?』って言ったんだ。
私は言ったんだ。今男達が探しているって。心配しなくてもすぐに戻ってくるって。結果的に嘘になっちまったがね。それでもあいつに希望を持ってほしかった。
けどね、それは間違いだったのかもしれない。あいつ心底安心したような顔してね、『娘を頼む』って言った、んだ……」
女性の声は震えていた。
また、ハクの表情も些か固いものに変わっていた。それは傍から見れば涙を堪えているようにも取れる。
「それがあいつの最期の言葉だった。笑顔のまま眼を閉じて、逝っちまった。遺言なんだ。私は、あんた達を頼まれたんだよ……」
「私は――」言うと同時、今まで堪えていた涙が一滴、ハクの眼から零れ落ちた。「――サユ……じゃ、ない」
唇を噛み締め、桶を握る両手に力を籠めた。
「そう……だったね。あんたはサユ、じゃない」
女性は手で目元に溜まっていた涙を拭った。
「一晩明けた朝、私は家の裏庭にあいつを埋めて墓を作った。墓参り、行ってやってくれないか? ハク。あんたはサユじゃないかもしれないけど……私の話を聞いて泣いてくれた。それだけで十分だ。たとえサユじゃなくても、あんたが行けばあいつはきっと、報われる」
ハクは俯いていた。俯いたまま、歩いた。女性も何も言わず、ただ横を歩いていた。
やがて川に辿り着いた。
ハクは無言のまま桶を水に浸した。水は桶に当たり、そして流れていく。壁に当たっても、大勢に逆らわず流れていく。留まっていたらきっと、井戸の中の水のように腐ってしまう。
だから、立ち止まってはいけない。流れを遡ることは出来ない。前に進まないと、きっと駄目になってしまう。
「……私はサユじゃない」
「………」
言葉は誰に対して紡がれたものでもなかった。だから、それが分かったから女性も敢えて何かを言うことはなかった。
「私はサユじゃない」
その言葉は自分に対する暗示。サユなんていう人間はこの世には存在しない。存在しちゃいけない。彼女は一年も前に消えている。
「私はサユじゃない」
別人の過去に囚われてはいけない。ハクという奴隷は目の前のことだけをやっていればいい。
「私はサユじゃない。私は、ハク」
過去はとっくに捨てたはずだ。一年前、奴隷になったときにサユの人生は終わっている。
ハクは水に浸していた桶を引き上げて置くと、背後に立つ女性に振り返った。
「私はハクと申します。これからこの村でお世話になります。ご迷惑を掛けるかもしれませんがよろしくお願いします」
ハクは頭を下げた。
顔を上げたとき、そこにはもう先程までの固い表情も涙もなかった。いつもどおりの無表情だった。
「あの……お名前は何と言うのでしょうか」
「え……?」
女性は明らかに困惑していた。
「……あっ、ああ。名前ね。名前……」
悲しそうな表情に変わっていく。
対してハクの表情には変化がない。
「私はタルムって言うんだ。よろしくね、これから」
「はい。よろしくお願いします」ハクは改めて一礼した。
両手に桶を持つ。
「それでは私は主様の朝食の用意がありますので」
そう言って、女性――タルムとすれ違ってもと来た道を歩く。
ハクとすれ違うとき、タルムは何か言いたげに口を開いたが、結局は何も言わずに川沿いを歩いていった。途中で一度振り返る。小さくなっていく白い少女の背中を視線で追う。十年以上も面倒を見てきた少女の背中はいつまで経っても頼りなく見えた。
ハクは、家へ歩く。俯かず、前を向いて。ハクには帰るところがある。主がいる。それは決して過去のことなどではなく、現在のことだ。だから過去に拘ることは出来ない。奴隷だから。
名前を聞いた。
それは拒絶だ。ハクはサユではないから。タルムの名前を知っていてはならなかった。タルムが託されたのはサユという少女で、タルムを知っているのはサユだからだ。
サユではない、ハクとして名前を聞いたこと、すなわちそれはハクとして接することを決めたということ。そもそも奴隷である時点で全ては決まっていた。ハクはコクの奴隷で、それ以外の存在証明には価値はない。奴隷、それだけ。ただそれだけ………
家に着く。
出来るだけ庭を――墓があるという裏庭を見ないようにして玄関を開けて中に入る。すぐに台所に行き、料理を始める。
急いで作り終えると、コクの分をお皿に盛り付けて机の上に並べる。
それから部屋に呼びに行こうとして気付く。
「そういえば、私の分って用意しておいた方がいいのかな?」
少し立ち止まって考えてみる。主と食事を共にするのは失礼で、好意に甘えるのも図々しいかもしれない。けれどそのことで主を不機嫌にさせてしまっては本末転倒だ。「よし。用意しよっと」
自分の分も皿に盛り付け、昨日と同じように主と反対側の席に並べて、今度こそコクを呼びに行く。コクがまだ眠っている可能性も考えて、静かに歩く。
部屋の前に辿り着くとノックをした。コンコンと叩くが返事はなかった。
「コク様?」
もう一度、先程より大きめの音で叩き、呼びかける。「コク様、朝食の準備が出来ました」
しかし返事はなかった。
「仕方ないですね。入りますよ、コク様」
本来許可もなく主の部屋に入るというのは褒められた行為ではないが、ハクにとっては朝食を食べてもらうことの方が重要なことだった。
扉を開けて部屋に入ると、ベッドの上には上半身を起こしているコクの姿があった。どこか寂しげな表情で窓の外を眺めている。
「あの、コク様?」
「ハク」
「なんでしょうか?」
ハクの瞳には、その黒い姿が儚く、今にも消えてしまいそうに映った。
コクは振り返って告げた。
「ハク。――俺に外の世界を見せてくれないか」
ハクの心理描写で直した方が良い所あったら言って下さい。
麻道はできる限りの努力をしたつもりですがダメだったら直します。
文才も欲しいですが、英語の才能もほしい。
というか努力する才能がほしい。好きなことなら続けられるんですけど……
期末テストの結果に非常にショックを受けてます。
具体的な点数は悲しくなるので書きませんが、麻道の英語の点数は平均点-20点です。ちゃんと授業聞いてるのに………
愚痴になってしまいましたね。すみません。
英語の勉強しなきゃいけないんですが、やる気が出ないのでとりあえず次話執筆に励んでみます。
………麻道はどんどんダメ人間になっていく気がします。