第4話 まどろみの中で
今回は短めです。
廊下を歩いて自分の部屋の前に達し、ちょうどドアノブを握ろうとしたところで扉が開いた。
ごん、という鈍い音と共に額にぶつかる。
「痛っ」
一歩二歩と後ろによろけてぶつけた箇所を押さえる。
「あ、主様!! 申し訳ありません大丈夫ですか!?」
ハクが慌てて駆け寄り、問いかける。言葉とは裏腹に無表情で、だが。
「申し訳ありません。主様がいらっしゃることに気付かずに」
「あ、いや別に大丈夫だし、いいんだけど。それよりも、な・ま・え」
「『名前』……? 申し訳ありません」頭を下げながらそう言うと、「コク様、ですね」
「ああ。それで、部屋の掃除か?」
ハクの持っている箒を一瞥する。
「はい。まだコク様のお部屋は掃除させて頂いてなかったので」
目覚めてすぐの一件が脳裏を過ぎる。
「ごめんな、ハク」
「何がですか」
ハクは相変わらず無表情のままに首を傾げる。
「あー、まあ気にしないでくれ」
「はあ、そうですか。では私はこれで」
ハクは一礼すると、廊下を歩いていった。
が、数メートルの距離が開いたところで綺麗な"回れ右"を行って、部屋に入ろうとしていたコクの元に戻ってきた。
「あの、コク様」
「ん? どうかしたか」
部屋に半歩踏み入れた状態で、ハクに向き直る。
「大したことではないのですが、私は、この廊下の突き当たりにある部屋を使わせて頂いております」
「そう。で、それを俺に話した理由は?」
「えっと……禁則事項です♪」
無表情で言うには無理がある台詞だと思う。
「………」
「………」
「あのー、ハクさん?」
俯いているハクに声をかける。
「……コク様。やり直しさせていただいてもよろしいですか」
「いや、いいけど。……もう一回言い直したほうがいい?」
「はい。よろしくお願いします」
ハクは神妙な顔で頷いた。
「じゃあ言うぞ。………部屋の場所を俺に話した理由は?」
ハクは無理矢理な作り笑顔を浮かべた。明らかに両頬が引き攣ってしまっているのは見ていて痛々しい。
「禁則事項です♪」
「……そういう問題じゃないと思う」
「……すみません。………以前の主様は『使えるネタだから覚えておけ』と仰っていたんですが……コク様には通じなかったみたいですね」
相手の問題ではないと思う、と抗議したかったコクだが、話が抉れると面倒なので流すことにした。
「で、本当の所はどうなの。理由」
「へ? まだ続ける気ですか」
心底驚いたというような声色だった。顔は無表情に戻っていたが。
「いや、だって、理由聞いてないし」
「………秘密です」
「それはないだろ!?」
「冗談です。コク様に部屋を使う許可を頂きたかったのと、お知らせしておいた方が色々と便利かと思いまして。その、色々と」
「部屋を使うのは問題ないけど。何故『色々』だけ二回言ったんだ? ハク」
「色々あるだろうと思いまして。決してコク様の狼疑惑が晴れていない、という理由ではありませんよ。でもその色々あるでしょうし。出来るだけ早めにお伝えした方がよろしいかと」
「なあハク。いい加減にその話題はやめにしないか」
「何のことでしょうか。私は豪華二大特典のことが心配だとか、コク様には用心しないと、とか全く思っていませんよ。むしろコク様はチキンな方なのではないか、もしくはアブノーマルな趣向をお持ちなのではないか、と疑っております」
「俺、すごく馬鹿にされてる気がするんだけど」
「気のせい、または空耳でしょう。きっと」
「ああそう」
「ではこれで失礼します」
ハクは一礼して去っていった。
部屋に入り、扉を閉めて一言。「なんなんだ、あいつ。意味分からん」
ベッドまで歩いて倒れこむ。
脇にある窓を見ると、既に外は暗くなっていた。思わず欠伸が出る。十分な睡眠時間はあっただろうがコクの身体は未だ休息を求めているようだ。
もそもそと移動してベッドの中央で仰向けになる。
部屋に明かりはなく、灰色の天井があった場所には暗闇が居座っている。目を閉じると視界はより純度の高い黒へと染まった。
意識を飲み込む暗闇に白い姿が映し出される。白い少女はコクの持つ数少ないエピソード記憶の一つで、記憶に存在する唯一の人間。ハクの夢を見るというのは必然なのかも知れない。
滅多に表情らしい表情を見せない少女は何を思い、何を感じているのだろう。
コクは記憶喪失であるが失ったのはエピソード記憶だけで、知識まで失っているわけではない。
だから知っている人間が自分を除けばハクだけだったとしても人間がどういうものなのかは理解しているつもりだ。
ハクは無表情が過ぎていることだって分かる。その無表情は生来のものなのか、それとも奴隷としての生活の中で培われていったものなのか、コクには分からなし、それについて干渉するつもりもない。
ただ、ハクがいくら無表情であったとしても、人間として認められていない奴隷であったとしても、感情はしっかりと持っているはずだ。
コクの奴隷に対する知識のなさに驚いたり呆れたり、料理をしながら質問に答えろと言われて不満そうな声を漏らしたり、料理を褒められて微かに頬を綻ばせたり。コクを怒鳴ることだってあった。
ハクは決して感情を持っていないのではない。自分の気持ちを表に出していないだけ。ちゃんと喜怒哀楽がある。
けれど奴隷という鎖で縛りつけ、感情を抑え込んでいる。
不可解なことがあるとすれば、コクに対して怒ったり、逃げたりしたすぐ後に何事も無かったかのように接していることだが、それも奴隷ゆえなのだろう。
コクは自問する。自分はハクに何を感じているのだろう。――同情? 苛立ち? 罪悪感? それとも全く別の何かなのか。分からない。複数の感情がもやもやと渦巻いている。
確かなことは、コクがハクを奴隷だとは思っていないこと。言葉の上では理解している。だがコクにとっては一人の少女であり、主従関係に拘る気持ちなど欠片もなかった。
奴隷という存在がコクの常識から逸脱し過ぎていたことも主要な原因だが、ハクの奴隷らしからぬ態度もやはり原因の一つである。
体罰を受けただけで仕事を放り出して主人から逃げる奴隷、主人を怒鳴りつける奴隷、主人と必要以上の会話をする奴隷。そんな奴隷はまずいない。いたとしてもその末路は残酷なものであるだろう。しかしハクは一切のお咎めを受けていない。
二人の関係は主と奴隷のそれではなく、さながら男尊女卑が確立されている兄妹程度のものでしかない。
だからという訳でもないが、コクの中では、ハクは使うべき奴隷ではなく、守るべき少女だという認識が強くなっていた。
やがて黒き少年は深い眠りに落ちていく。その胸の内に白き姿を秘めながら。
前半はネタです。
……才能ないのは分かってます。大目に見てください。
後半はコクの考察です。
面白くないですよね。
それでも、麻道はこんなものしか書けないんです!
……すみません。精進します。
テスト前日にこんなものを書いている麻道は本当にダメ人間です。
次話は土日か、テスト明けの水曜くらいになると思います。