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第3話 名前

第3話にしてやっと主人公の名前を出すことが出来ました。

「あのさぁ」

 食器やら料理に使った道具やらを洗っている、白い少女の背中に声をかける。

 少年の本音としては自分も後片付けに参加しなければ気が済まないのだが、少女が断固して譲らないため手伝うことも出来ず、部屋に戻っても手持ち無沙汰、そして手を強く握ってしまった件についての謝罪も出来ているとは言い難いため、仕方なく少女の片付けを後ろから眺めるだけという現状に甘んじていた。

「なんでしょうか、主様」少女は洗い物をする手を休めて振り返る。

「料理のときも言ったけどさ、いちいち振り返る必要ないよ」

「しかし料理と違って中断することによる危険はありません」

「それでも。俺への敬意とかどうでもいいからさ。作業効率優先。料理も掃除もそうだけど、必要のないときは作業を止めてまで俺の方を向いて応える必要ないからね」

「……畏まりました」

 少女は渋々といった様子で洗い物に戻った。

「でさ、気になったというかさ。俺って未だに君の名前知らないんだよね。いつまでも『君』って呼ぶのは、一緒に暮らす身としてちょっと他人行儀過ぎると思うし。嫌じゃなかったら名前教えてくれない」

「名前なんてありませんよ」

 少女はあっけらかんとした様子で告げた。

「え?」

「私は名前を持っていません。奴隷は名前を捨てるものですよ。………本当に何も知らないんですね」

「ということは君も名前を捨てたの?」

「もちろんです。主様、奴隷は人間ではありませんよ」

「そりゃそうかもしれないけど、でも人間じゃなくったって名前くらいあるだろ。奴隷になる前の名前を名乗ったっていいじゃないか」

「主様、何度も言いますが奴隷は人間ではありません。人間は奴隷に身を落とした時から別の存在となります。だから人間であったときの私と今の私は別の存在。過去の名を使うことも、教えることも出来ません」

「………いくら奴隷だからって、そんなの酷いじゃないか」

 名を捨てるということは自分を捨てるということだ。奴隷になるのだから自分を捨てるのは当たり前のことなのかもしれないが、過去を否定されるというのは酷だろう。

「主様が何に心を痛められているのかは分かりかねますが、名を捨てるというのは当然のことですし、未練があった訳でもありません」

「でも、納得いかないものは納得いかないんだよ」

「納得いかなくても事実です。それに主様にしてみれば他人事ですよ。勝手に同情なさるのならば止めはしませんが、気に入られないならば名をお与えになってはいかがですか? 識別する必要がある奴隷は主から名を与えられるそうですので」

「俺が名前を……?」

「はい。何であっても構いません。たとえば『キミ』とかでも」

「くくっ」

 少女の場違いな軽口に苦笑が漏れる。身勝手な勘違いかもしれないが、少年を気遣って重い雰囲気を払拭しようとしてくれたのかも知れない、と嬉しくなる。

「では私の名前は『キミ』ということで――」

「いや」

「なんでしょうか、主様」

「君の名前は『ハク』だ」

「『ハク』ですか」

「そう『ハク』。なんかさ、君って全体的に白って印象だから、『ハク』。反対意見ある?」

「いえ、ありません。では私は今より『ハク』と名乗らせていただきます」

「じゃあさ、ハク」

「なんでしょうか、主様」

「俺にも名前付けてくれないか」

「へ?」

 少女は思わず振り返って、真意を()み取ろうと少年を見つめた。

「どういうことでしょうか」

「そのままの意味だけど……俺、自分の名前覚えてなくてさ。記憶喪失ってやつみたいなんだ」

「はあ。それは分かりましたが、何故私に名前を付けろと仰ったのですか」

「特別な意味はないけど、()いて言うなら名前を付けたお返しかな」

「そうですか。私は主様が付けろと仰られるのなら構いません」

「じゃあお願い」

「では『コク』というのはいかがでしょうか」

「『コク』?」

「私が白という印象なら主様は黒い人という印象ですので」

「それってどういう意味?」

「えっと、腹黒ですね。初心(うぶ)と見せかけて実は狼さんという――」

「ちょっと待て。俺は狼じゃない。断じて違うぞ」

「……冗談ですよ、主様」

「はい?」

「だから冗談です。腹黒というのは。主様が冗談の通じない方だと知りもせずにふざけてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、冗談ならいいんだけどさ。で、本当の理由は?」

 そこはかとなく馬鹿にされている気がしないでもない少年だったが、そのことを口にすることはなかった。

「眼も髪も服装も黒色ですし」

「ああ、そう。だから黒い人なのか」

「はい……お気に召されなかったでしょうか。なら新しいものを――」

「いや、いいよ。『コク』で」

 自然と頬が緩んでしまうのを感じた。

「そうですか。ありがとうございます、主様」

 ハクはちょうど洗い物が終わったようで、振り返って頭を下げた。

「こんなことで感謝されてもな。それよりも俺のことは『主様』じゃなくて『コク』って呼んでくれ」

「そんな!? そんなこと私には出来ません。主様の名をお呼びするなんてこと」

「うーん。何が問題なのかいまいちよく分からないけど。じゃあ命令。俺を『コク』と呼ぶこと」

「ううっ………畏まりました。あるじ……コク様」

「それでよし。まぁ、『様』は妥協するか」

「はぁ……では私は食器を片付けないといけませんので」

「あっ、ちょっと待って」

 食器、調理器具を持って行こうとしていたハクを呼び止める。

「なんでしょうか、コク様」

「腕のこと、その、大丈夫?」

 謝ろう謝ろうと思って、なかなか実行できなかったことをやっと言い出す。

「そのことなら平気です。問題ありません。跡もすぐに消えるでしょう」

「大丈夫ならいいんだけど、ごめんね、本当に」

「コク様、どうして謝られるのですか。私は奴隷ですよ」

「いくら奴隷って言っても痛みを感じない訳じゃない。同じように痛いはずだろ。相手に嫌な思いをさせたら謝るのが当然じゃないか」

「私は奴隷ですから」

「……奴隷奴隷って、なんなんだよ奴隷って。奴隷だからってなんでそんなに我慢しなくちゃいけないんだよ。奴隷だって人間だろ」

「いえ、奴隷は人間では――」

「そうじゃない。ハクのその身体は人間のものだろ。ただ立場が違うだけで、なんで、そんな」

「違います、コク様。奴隷にとって人間であることは罪なのです」

「……罪ってどういうことだよ」

「奴隷になるような人間は皆、弱者か罪人です。借金を負っていた者、人(さら)いに遭った者、奴隷の親から生まれた子供、罪人ではない奴隷は例外なく弱者なのです。そして弱者であることは罪です」

「弱者であることが罪って……弱者は助けられるべき存在だろ」

「コク様にとっての常識が如何(いか)なるものか分かりかねますが、弱者は切り捨てられるべき存在ですし、弱いものを助けなければならないというコク様の考えは(おご)りです」

「………」

「コク様は何に戸惑い、何に(いきどお)っているのですか? 奴隷という制度にですか? 奴隷を言い訳にしている私にですか? それともご自身の罪悪感にですか? ……私はこれで失礼させていただきます。生意気言って申し訳ありませんでした」

 ハクは食器を棚に片付け、壁に立てかけられた箒を手に取ると、足早に部屋を立ち去っていった。

 コクは立ち尽くし、ハクに言われたことの意味を噛み締めていた。

 自分には記憶がない。だから自分の常識とハクが育ってきたこの場所の常識がどれだけ違うのかなんて見当もつかない。

 確かにハクの言っていることは正しい。人間以外の世界なら弱者は切り捨てられる存在だ。弱肉強食なんて当たり前。俺はハク一人を助けることも出来ないのに理想を常識として語って、驕っていた。

 ハクに言われたとおりだ。

 俺は奴隷制度に苛立っていて、その制度に納得しているハクが気に入らなかった、同情していた。

 そして俺が謝ろうとした理由は単純明快で、ハクに許してほしかったから。ハクに許してもらって、俺を苦しめる罪悪感から解放してほしかった。

 結局は独りよがり。自分の都合をハクに押し付けているだけだった。

「せっかく仲良くなれたと思ったのに。(みぞ)を広げちまったな」

 コクは部屋を立ち去り、自室に向かう。

「仕方ない。寝るか」

 相変わらず問題を先送りにするコクであった。

正直、コクって名前は微妙だと思います。

ツカサって候補も合ったんですけど、ハクという名前と対応させたかったのでこちらにしました。

(ハクの主→ハクを(つかさど)る→(ツカサ)


テスト週間中にもかかわらずこんなことをやっている救いようのない麻道ですが、これからもどうかよろしくお願いします。

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