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第15話 ノイズ

遅くなってすみません。


相変わらず話は進まないんですが、どうぞ。

 ―――身体は暗闇の中をふわふわと漂っていた。



 夢を見ている……。

 コクに出会ってからハクが夢を見るのは三度目だが、そのどれもが悪夢ではない。


 奴隷になってからの一年、ほとんど毎日悪夢ばかり見ていた。いつだって"あの日"のことを思い出して後悔するのだ。

『どうすれば良かったの? どこで間違ったの?』

 過去を変えることなんて絶対に出来ない。現実は御伽噺(おとぎばなし)のように都合よく出来てはいない。

 それが分かっていても、悩んで自問した。

『何がいけなかったの? 何が失敗だったの?』

 口では昔の自分を捨てたと言っていても、捨てることなんて出来ていなかった。奴隷である私が人間として苦しんでいた。

 なんて非生産的な時間。

 心身を休めるための睡眠は、精神を疲労させるだけだった。安らぎなど存在し得なかった。

 ――でも今は違う。

 思考と同時、周りに広がっていた暗闇は一瞬で白く明るく染まった。

 眩しくて反射的に目を閉じた。

 過去に(とら)われ、自分のことだけを考えていた私は変わった。知らず知らずのうちにコク様のことばかり考えるようになっていた。

『コク様のためには何をすれば良いんだろう? コク様はどうしたら喜んでくれるだろう? コク様は私に何を求めているのだろう?』

 自分のことだけを考えて一年間生きてきた私がどうしてここまで変わってしまったのか、明確な理由は分からない。

 コク様がどこか危なっかしい気がするからなのか、自分の身の安全が確保するまでもなく用意されいるために殺されることはないと分かったからなのか、それともこの村に帰ってきて気が緩んでいるのか………。

 もちろん自分が一番大切なのは変わらない。変わらないはずだ。けれど、長い間空席だった二番目の座に今はコク様がいる。

 その感覚はどこか新鮮で、懐かしかった。

 ハクは夢の中だけに存在する目蓋を持ち上げる。既に世界は白ではなく、有色の光景が広がっていた。

 家の台所。足りない身長を補うために台の上に乗って、包丁を握っている。目の前にあるのはまな板とその上に置かれた野菜。足元はしっかりしているはずなのに、気分は何故か夢見心地で、先程までの闇の中を漂っていた時と同じように身体がふわふわと浮かんでいるみたいだった。

 手に握っている包丁をぼんやりと眺める。

「お姉ちゃん……?」

 後ろからかけられたその言葉の意味を咄嗟に理解することはできなかった。

「誰?」

 包丁をまな板において、振り返る。

「私に決まってるでしょ。声で分かるでしょ、お父さんじゃないって」

 そこには、ニコニコと楽しそうに笑う小さな女の子がいた。髪は所々に灰色が混ざった白髪、肌も白い。くたびれた感じの少し大きめのワンピースを着て、手を後ろで組んでいる。

 ―――理解できなかった。

 なんでこの子がここにいるの?

「ねぇ、お姉ちゃん。どうしたの? 早くしないとお父さんが帰ってきちゃうよ。時間なかったら私も手伝うよ?」

「なん、で……?」

 なんで(ミユ)がここにいるの?

「なんでって、お姉ちゃんが言い出したことでしょ。今日はお父さんの誕生日だから、お父さんの好きなものいっぱい作ってあげようって」

 求めていた答えが返ってくることはない。

 思考は独り言のように口から漏れ出ていた。

「どうして。なんでミユがここに。お父さんが帰ってくる? なんで生きてるの。だって死んだって………」

 頭の中がヒートする。熱い。痛い。分からない。理解できない。疑問がぐるぐると巡る。身体がふわふわする。

「ねぇお姉ちゃん! 本当にどうしちゃったの!?」

「わか、らない……」

 言葉は質問に対する回答ではない。この状況が『分からない』。

 すぅっと意識が遠のいていく。身体がだるくて、自分のものではないみたいだった。

 台の上から倒れる。しかしそのことがどこか他人事のように感じられて……

 ―――意識を手放した。



 再び、ハクは暗闇の中を漂う。ヒートした頭は稼動の放棄によって冷やされて正常へ復帰する。

 夢は現実と接してはならない。明確に区分されなければ夢は夢たり得ないからだ。現実との誤差を認識し疑問に思ってしまった時点で、それは単なる思考へと成り下がる。

 ゆえにハクの脳は無意識下で自身を問いただす。過去か現在か。体験か回想か。

 深層心理は一時的な現実からの逃避を選択し、過去の追体験が開始される。

 世界は白く染まり、やがて色を取り戻していく。



 睡眠から覚めて、働かない頭でぼんやりと天井を眺める。ベッドに寝かされていた。

「起きたのかい」

 声のした方に視線を向けると、ベッドの傍らに置かれたイスに座った男性が、こちらを優しげな顔で見つめていた。彼の手には読みかけであろう本が開かれている。

「お父さん……?」

 起き上がろうとして身体をもぞもぞ動かしていると、父の手が肩にそっと添えられる。

「まだ動いてはいけないよ」

「ん? なんで」

 首を(かし)げて疑問を表現する。

「まだ熱があるからね。サユは自分が倒れたこと、覚えていないのかい」

 父はそう言うと、肩に置いていた手を放す。

「よく思い出してみなさい、サユはどうしてここで寝ているのか」

 曖昧な記憶を辿り、思い出す。

「………私、倒れたんだ」

「思い出したね」

「ごめんなさい、お父さん」

 申し訳なくて、視線を逸らした。

「謝る必要はないよ。風邪なんだ、仕方がないことだよ」

「うん。……お父さん、それで夕食は?」

「ミユが作ってくれたよ。ちょっと()げちゃってたけどね」

 父は苦笑交じりの微笑を浮かべた。それを見ていると嬉しかったけれど、悲しかった。

「ごめんなさい。今日はせっかくお父さんの誕生日だったのに」

「……あ、それでミユがあんなに張り切っていたのか」

「本当は私がいっぱい作るはずだったのに」

「そう落ち込むことはないよ。また風邪が治ったら作ってもらうから。それにお父さんは自分の誕生日よりもサユの身体の方がずっと大切だよ」

「うん。……分かった。早く治して、それから作るね」

「それでよし」

 父は優しく頭を撫でてくれた。

「何か食べたいものとかあるかい」

「ううん、ない。でも喉は渇いたかな」

「分かった。取ってくるから待っていてね」

 父は手に持っていた本をイスの上に置くと、部屋から出て行った。

「また、迷惑掛けちゃったな」

 小さい頃はたくさん迷惑を掛けた。

 ミユが生まれて間もない頃、母が死んだ。父はミユを男手ひとつで育てなければならないために掛かりっきりになっていて、私に構ってくれる暇なんてなかった。

 でもそんなことが分からなかった当時の私は、父の気を引けるように我が儘ばかり言っていた。そしてミユを敵視した。『あいつはお母さんもお父さんも私から奪っていったんだ』と。

 父はミユの世話で忙しいにもかかわらず、私のことも気にかけてくれた。今ならその大変さが分かる、分かっているつもりだ。

 だから父の役に立とうと頑張った。楽をしてもらえるように努力した。

 それなのに……結果がこれでは意味がない。

 部屋の扉が開いて、水を持った父が帰ってきた。

「はい、これ」

「ありがと、お父さん」

 起き上がって、水を貰う。喉をコクコクと鳴らして飲んでいく。

「……ふぅ」

 空になったコップを父に返して、また寝転がる。

「ごめんなさい、迷惑ばっかり掛けて」

 父は言葉を聞いて、微笑んだ。

「迷惑ではないさ。昔のように甘えてくれてもいいんだよ」

「ううん、だって――」

「サユ」父は柔らかな言葉遣いで遮る。「親というものはね、いつまでも子供には甘えてもらいたいんだ。確かに昔は大変だったけれど、楽しかった。今は二人とも手が掛からなくなって、お父さんはちょっと寂しいんだ」

「うん、分かった。……けど、ミユの前だと恥ずかしいから……今、その………手……」

「繋ぐ?」

「………うん」

 コクンと小さく首を縦に振る。

 手を指しだすと、父は大きな手で優しく握ってくれた。手を握られているだけなのに全身が包み込まれているような気がした。安心感が胸を満たす。

 眠気はすぐにやってきて、目蓋を開けているのも億劫になってくる。

「お父さん、おやすみなさぃ………」

「おやすみ」

 父の声が聞こえて、目を閉じた。

夢の話ですね。ハクの過去をちょっと書いてみました。

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