第10話 準備中に
お待たせしました。
第10話、祝2桁突入!
って、こんなことで喜んでいる麻道もどうかと思うんですが。
話のほうは全く進んでいないわけだし……。
とりあえず、どうぞ。
(ちなみに調子にのってR15の表現入れてます……)
翌朝。
昨日と同じような時間に眼を覚ましたコクは早々に寝巻きを着替えて、食卓に向かった。
台所を見ると、ハクが朝食の準備を始めている。
足音で気付いたのか、ハクは首だけ振り返った。
「おはようございます、コク様」
ハクは、注意しなければ分からないほどの微笑を湛えている。
「ん。おはよう、ハク」
返事をし、椅子に座って考える。
会ってすぐの頃は無表情を貫き通している少女に見えたものの、今は微小なものだが確かに表情の変化を見つけることが出来る。これはコクがハクの表情の変化に敏感になり分かるようになったからなのか、ハクが感情を表情に出すようになってくれたからなのか。出来れば後者であってほしいな、とコクは願う。
――少しずつでもいいからハクが心を開いてくれればいい。
そういう点では昨日の出来事も捨てたものではない。
お互いに気持ちのすれ違いが起こってしまったし、ハクはそれが原因で涙まで零した。しかしあの時、敬語を使うことも忘れてコクに詰問していたハクは本音を吐露出来ていた。
そんなハク対して、コクも正直な気持ちを伝えることが出来た。……今思えば相当恥ずかしいことを口走った気がしないでもないが。
発端はどうあれ、いい結果が導けたのだから良かったのだろう。
ただ、あの後の昼食で食事を一人分しか用意していなかったことをコクが怒ったのだが、その説教を微妙に嬉しそうな顔で聞いているのにはさすがに戸惑いを隠せなかった。それも"良い"方向に転がった結果なのだと思いたい。
「ぐるるる~」腹の虫が鳴いた。
「あと少しお待ちください。もうすぐ出来ます」とクスクス笑いながらハクが言う。
「いや、別に急ぐ必要はないぞ」
何故か自分が駄々をこねているように感じられて恥ずかしくなる。
「いえ。身体というものは正直ですから」
「それはそうだが……」
「――特に三大欲求にについては。……コク様」
ハクが振り返り、わりと真剣にコクを見た。
「な、なんだ……?」
急な態度の変化に狼狽する。
「必要とあらばいつでも仰ってください。睡眠欲については私がお手伝いする必要もないと思いますが……」
「ちょ、ちょっといいかな? ハクさん」
「なんでしょうか?」
「キミは朝からどういった方向に話題を持っていこうとしているのかな? 三大欲求とか、手伝いとか」
「……コク様の質問の意図がよく分かりません。私は三大欲求の中の食欲についてお手伝いする、つまり朝昼晩に限らずお腹が空いたのならいつでも仰ってください、という意味で申し上げたのですが」
そこでハクは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「もしかしてコク様はもう一つの"欲"を思い浮かべられたのですか? それとも……ソッチ方面の"食"欲………?」
「………」
「あの、コク様……」
「はぁ」
ため息を吐く。二日前にも同じようなやり取りをした気がする。
「さっさと飯をくれ………」
ハクがあまりにも惚けた態度をとっているので反論する気力は起こらなかった。
「畏まりました」ハクは微笑して頷く。
こういう所で唐突にそういうネタを振ってくるのはある意味での牽制なのではないか、としみじみ感じるコクであった。
「片付けが済みましたら出かけますので準備をしておいてください」
朝食後、ハクにそう言われたのでとりあえず自室まで戻ってきたコクだったが……
「準備って何すればいいんだ?」
「………」
もちろん疑問に答える者はいない。――答える者がいた場合、それはそれで問題だろうが。
結局、身支度を整えるだけで他にすることもなく、ベッドに腰掛けてしばらくハクを待っていた。
こんこん、とノックの音がした。
「コク様」続いて扉の奥からハクの声。
「今、行くよ」
返事をしてベッドから立つと、扉まで歩いて開ける―――ごん、と扉が何かにぶつかった。
「ううぅ~」
目の前には頭を抑えて痛がっているハクがいた。というかそんなことよりも気になることがあるのだが……
「コク様ぁ。私が開けようとしていたのに、なんで開けるんですかぁ」
ハクは微妙に涙目になりながら、間延びした抗議の声を上げる。
「ごめん、ごめん」素直に謝る。
「まぁ、いいですけど」
無表情に戻るハク。拗ねた表情を期待したコクだったが、さすがにそれは高望みだったらしい。
「ところでさ、ハク。お前その服装はどうしたんだ?」
「服がどうかしましたか?」首を傾げる。
「どうかって……明らかに変じゃないか? それ」
今のハクの服装はおかしいのだ。地面につきそうになるほど丈の長い黒いコートを羽織っていて、フードを被っている。手にはバッグを持っているのだが、袖も長く非常に持ちにくそうだ。
そもそも、今の気温でそのような格好をしては暑いのではないだろうか?
「……平気です」
先程の質問に、しばらく間を空けてからハクが答える。
「平気かどうかは聞いていないんだが。それより、辛いなら着る必要はないだろ」
「いえ、平気です」
「いや、だってさ――」
「へ・い・き・で・す」
ハクが折れてくれそうにないので質問の方向を変える。
「なあ、ハクはなんでそんな格好をしてるんだ?」
「……この村には奴隷はあまりいませんから、私が外に出ると目立ってしまいます」
「目立ったって構わないだろ?」
「それは……その………」
「と言うかさ。奴隷だって分からないようにするためなら腕輪隠しさえすれば良いんじゃないの? 長袖着るだけで十分だろ」
「そうですが……そうなんですが……」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いえ。ありません」
「ならさっさと着替えて来い」
「……分かりました」
ハクはしぶしぶ頷くと、小走りで自室へ駆けていった。
数分後、廊下の壁にもたれて待っていると、キィという音を鳴らしてハクの部屋の扉が開いた。
「コク様、これでよろしいでしょうか」
ハクの格好を上から下へ眺める。
まずは黒いフード………フード?
「なあ、さっきもそうだったが何故フードを被る必要がある?」
「………」ハクは答えない。
「……妥協するか」
フードから下に眼を落とすと、感情をうかがわせずにこちら見つめる視線があり、さらに下げると薄手の黒い長袖。そしてこげ茶色の短パン。そこからスラリと伸びる細くて白い脚………
「コク様……どこをご覧になっているのですか」
ハクの声で我に返る。
「い、いや、なんでもない、なんでもないよ」
慌てて弁解するが、その慌てぶりが"やましいことをしていた自覚がある"と物語っているので本末転倒である。
ハクはジトッとした視線を送った後、ため息を吐く。
「コク様が狼さんである以上、年頃の女性の身体に興味を抱くのは当然のことでありますが……私に悟られないように見るなど、工夫してはいかがですか」
「工夫って……。そ、そもそも! 俺は別に意識して見てた訳じゃない。偶々……そう! 偶々眼がそっちに行っただけなんだよ」
「つまりコク様は無意識のうちに女性の脚を眼で追っているのですか。末期ですね、それは」
「ち、違う。俺はそんなんじゃない」
「女性に興味はないと?」
「……あ、ああ。興味ない」
「そうでしたか。まさかコク様が男色に染まっていたとは……知りませんでした」
「ちょっと待て。どうしてそういう展開になる!?」
「ですから、コク様は女性に興味は――」
「訂正、訂正。やっぱ訂正する。俺はハクには興味なし。これでいいか?」
ハクは、ふっと悲しそうに笑った。
「そうですか、コク様は私に興味はない、と仰るのですか」
そして目元を指でこすり、何故か踵を返して部屋に戻ろうとする。
「待て待て、どうしてそこで悲しそうにする!?」
言って、ハクの腕を掴む。いつかのようなヘマをしないように加える力は最小限にして。
「コク様仰いましたよね。『年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは問題があるのではないか』と」
「確かに言ったが」
「そんな、いつイベントが起こってもおかしくないような状況で二日も生活していたんですよ。それなのにコク様は私に興味がないと仰った。……私にはそんなに魅力がないのですか?」
"イベント"という言葉に突っ込みたい気持ちもあったが、ハクの真剣な眼差しを受け、止まる。
「あ、え……えっと……ごめん。ハクに興味ないって言ったのは嘘だよ」
申し訳ないと思ったコクはハクと眼を合わせていることができず、少しだけ目線を下げて謝った。
ハクの口元がにやりとつり上がるが、俯いているコクはそれに気付かない。
「そうですか、コク様は私に興味がある狼さんだと認めるのですね」
「ああ……ごめんな、ハク……………。って、狼じゃないぞ、俺は!?」
勢いよく顔を上げたコクは今になって、ハクの表情の変化に気付く。内心で『はめられた!!』と愚痴る。
「しかし先程ご自身で認められましたよね?」
「いや、あれは勢いで言っただけであって」
「つまり私には興味がないと?」
ハクはまた悲しそうな顔をする。
「いやいや、そういう訳じゃなく……。って、はぁ」
今になってやっと自分がいいように弄ばれているだけだと理解して、ため息が出る。
ハクもコクのため息の理由が分かったようで無表情に戻った。
「んじゃあ、出かけるか。ハク」
「畏まりました」
本当に僅かに微笑しているハクを見て、「ハクの表情が急激に変化したときは気をつけなければならないな」とコクは思った。
今回はシリアス成分少な目の話になりました。
というかコメディに話の内容を傾けようとするとR15の話になってしまう自分が悲しいです。
次話はそう時間も掛からずに投稿できると思います。
実はプチスランプ中だったり。(……早いと思いますよ、自分でも)
まぁ、それなりに頑張ります。