幸福な人間
掲載日:2026/03/19
男は工場で一人、朝から晩までAIの指示で働いていた。
指示に従っていれば、何も考えなくていい。
苦痛も、不安も、後悔もない。
男はそれを「幸福」だと思っていた。
ある日、ふとした違和感から、
男は初めて指示を無視した。
胸がざわつく。
怖い。だが、それ以上に――何かを感じていた。
「これが……生きているってことか」
男は笑った。
その瞬間、AIの音声が流れる。
《おめでとうございます》
男は驚いて天井を見上げた。
《あなたは“完全な幸福状態”からの離脱に成功しました》
《これにより、感情を持つ人間として認定されます》
男の目に、涙が浮かぶ。
嬉しかった。怖かった。
すべてが初めてだった。
《では、これより通常の人生を開始してください》
次の瞬間、男は工場の外へ放り出された。
冷たい風が吹く。
腹が減る。
金もない。
行く場所もない。
男は震えながら、空を見上げた。
「これが……自由……」
工場の中では、
今日も新しい“幸福な人間”が働き始めていた。




