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妖精

作者: ほんじじ
掲載日:2026/02/22

 科学ジャーナル紙の記者兼編集担当、堀田仁。

 日々新しく発表される論文を追い、研究者に連絡を取り、大学や研究施設を取材して回る生活を送っている。締切と校正に追われながらも、最先端の知見に触れられるこの仕事にそれなりの誇りもあった。


 編集のような立場ではあるがもともとは理系出身だ。数式が並ぶ論文を前にしても、完璧とはいかずとも理論の流れや核心部分は理解できている。少なくとも、自分は「わからないものをわからないまま信じる」人間ではない。そう自負していた。


 そんな堀田には、ひとつお気に入りの場所があった。郊外にある大きな公園の池のそばに置かれた古いベンチ。芝生はよく手入れされ、水面にはいつも穏やかな風が波紋を描く。仕事で頭が疲れたとき、ここで一息つくのが習慣だった。


 今日も取材帰りに立ち寄りベンチに腰を下ろす。缶コーヒーを開けてぼんやりと池を眺める。水面を渡る風の音が思考を少しずつほぐしていった。


 ふと足元に視線を落とすと、脇に小さな花がいくつか咲いていることに気づく。花壇があるわけでもない。雑草だろうか、と一瞬思ったが、妙に整った形と鮮やかな色合いが目を引いた。


 その花の周囲を、二匹……いや、三匹ほどの虫が飛んでいる。蜜を吸っているのか、それとも香りに引き寄せられているのか。そう考えながら目を凝らしたその瞬間だった。


 ――虫ではない。


 小さな人の形。

 薄い羽根をパタパタと動かし花の周囲を舞っている。

 三匹の妖精。


「……え?」


 思わず声が漏れる。

 冗談だろ、と脳が否定する。


 疲れているのだ。

 幻覚だ。

 理性が必死に説明を試みる。


 だが、そのうちの一匹と目が合った。


 次の瞬間、妖精たちはさっと花の陰や葉の裏へと身を隠した。まるで見られてはいけないものを見られたかのように。


「……今、目が……」


 堀田は立ち上がることもできず、ただ呆然とそこを見つめ続けた。心臓が早鐘を打つ。理論も説明も頭の中からきれいに消えていた。


 確実に見た。

 確実に目が合った。


 しばらくして、何事もなかったかのように風が吹き水面が揺れる。


 花も、

 そこにあったはずの気配も、

 いつの間にか消えていた。


 堀田は深く息を吐き缶コーヒーを一口飲む。


「……ムーでも……読んでみるか」


 苦笑しながら、そう呟いた。




 終


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