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第8話

 思考が追いつかなかった。

 視線が無意識に動いて状況を把握しようとする。


 店と店の隙間に押し込まれた。人一人通れる程度の狭い空間だ。俺は受け身をとってすぐさま立ち上がった。


 目の前に男、振り返っても男。その背後にもそれぞれ男がいて、通路の入り口を塞いでいる連中までいる。さっきの店から尾行されたのか。


「金が目的か?」


「あの指輪をどこで手に入れた?」


 目の前の男が言った。

 歳は二十半ばで、頬に抉られたような傷跡がある。ノアほどじゃないけどこいつも十分に鍛えられた躰だ。いい物を食ってるんだろう。髪形もばしっと決めている。


 ただのチンピラではなさそうだ。他の奴らが口を挟んでこない辺り、こいつがリーダーか。


「拾ったんだよ」


 言った瞬間、蹴りが飛んできた。

 狙いは胸。狭い道だ──避けられない。両手を重ねて防ごうとする。ガードの上から吹っ飛ばされた。下がったところを後ろから蹴られ、壁にぶつかりながら地面に倒れ込む。


「あの指輪はなあ、仲間が肌身離さず大切にしてたもんだ。落とすわけねえだろ!」


 状況が悪すぎる。勝てもしないし逃げられもしない。


 死の予感。地下室での光景が頭を過る。冷や汗がどっと溢れてきた。


 こいつらの目的は仲間の敵討ちだ。このままだと俺は殺される。実際に殺したのは確かに俺だけど、捕まえて俺に強要したのはマフィアだ。それなのに俺が殺される。


 冗談じゃない。


 考えろ。

 こいつらはマフィアと敵対している。いや、それを認識しているならこんな風に俺と接触してこない。敵の存在は感じていても、正体までは分かっていない段階だ。


 俺は地面に這いつくばったまま、リーダーの男を見上げた。


「命令されたんだ!」


 リーダーの男が眉をひそめた。


「誰にだ。指輪を持ってた奴はどこにいる、生きてるのか?」


「ランズダウンのマフィアに殺された」


 ざわついた。リーダーの男の表情も渋くなる。


「俺はあいつらに債権を握られてる。それで手伝わされただけなんだ。指輪はその時に盗んだものだ」


「グラハムファミリーか」


 言って、リーダーの男が舌打ちする。それから俺を睨む。その脚が動くのが見えた。敢えて抵抗しなかった。顎を蹴られて意識が飛びかける。


 胸倉を掴まれていた。力任せに起こされ、壁に押し付けられる。


「てめえは何してたんだ! てめえがそこで止めてれば、俺の仲間は死なずに済んだんじゃねえのか、あ!?」


 口の中で血の味がした。あばらが折れそうなほど押し付けられているせいで息が吸いづらい。なんとか息をして口を開く。


「……無茶言うなよ」


 頭突きを食らった。鼻の奥が熱くなり、血が垂れていく感覚が肌を伝う。


「三百万ルーブルだ」


 リーダーの男が胸倉から手を離す。地面に倒れたところを、思いっきり蹴り飛ばされた。視界が白くなり、ちかついている。眩暈に吐き気もした。それでようやく、蹴られたのが頭だと理解する。


「無理ってことは、あいつが殺されるのは嫌だったんだよなあ? だったら一緒に悲しんで葬儀代も払ってくれるよな? 三百万ルーブル、きっちり払えよ」


 声が出なかった。意識が朦朧として躰もうまく動かない。俺はなんとか首を動かそうとしていると、懐を漁られる感触があった。


「これは手間賃として貰っていく。俺はクウスケだ、覚えとけ。絶対に逃がさねえからな」


 足音が遠ざかっていく。去り際に何人かに蹴られ、唾を吐かれた。


 どうしてこうなった。


 ちょっと前の俺は、競龍学校に通っていた騎手見習いだった。この街に生まれた人間としては上等すぎるぐらいの人生を歩んでいたはずだ。それが両親が死んだだけでこうなるのか。


 マフィア──グラハムファミリーだったか。クウスケという奴らのことを告げ口しても意味はない。駒の一つでしかない俺なんか切り捨てられて終わりだ。


 結局、俺一人でどうにかするしかない。




 八百長当日になった。


 普通に勝ちに行けばいい。

 それだけを言われて俺はレースに出翔した。確かにケアフリーボーイの状態は今までにないぐらい良く、初めて勝利を期待できた。


 相手も弱く、もっさりとしたスタートでもそれほど遅れず、根本的なスピード能力の違いから雁行隊形の真ん中ぐらいを楽にとれた。

 すぐ斜め前にいるのは圧倒的一番人気の龍に乗るテイゾウだ。後はテイゾウにエスコートを任せて飛ぶだけでいい。


 向かい風は以前よりも強く、聴覚は風切音に支配される。眼下に見える景色もちっぽけで、それでいて爽快感は欠片もない。龍から落ちない為のロープが地面に繋がり、風景も間近でそういう絵を見せられている気分になる。


 最終コーナーに差し掛かった。


 テイゾウがしきりに周囲を気にしている。ケアフリーボーイは相変わらず旋回が下手だけど、手応えにはまだまだ余裕があった。

 直線に入る。テイゾウがスパートを始め、俺もそれに続いた。


 ケアフリーボーイの手応えは十分だ。対抗できそうな龍は、テイゾウのすぐ下を飛ぶ茶褐色の龍だけか。

 テイゾウは少しずつ龍の手応えがなくなったような演技をしている。茶褐色の龍の騎手が鞭を振るう。ほとんど同時にテイゾウも鞭を叩いた。腐り衰えても状況把握は一流だ。俺も鞭を抜いてその時に備えた。


 テイゾウの龍ががくっと降下した。進出しようとした茶褐色の龍の進路を潰す。

 

 瞬間、俺は鞭を叩いた。おっとりしていても真面目なケアフリーボーイが合図に答える。爆発的な加速ではなく着実に加速し、そのまま余裕を持って一着でゴールした。


 初めての勝利は、ちょっとだけ嬉しかった。


「下手くそだな」


 アンガスにはそう言われたけど、龍主として後からやってきたノアは満面の笑みで抱き着いてきた。家の梁みたいな太さの腕が俺の躰に巻きついてくる。


「最高のレースだったぞ! 百万ルーブル、報酬としてくれてやる!」


 俺は機嫌を損ねないようノアを少し押しのけ、周りに声が聞こえないよう囁いた。


「そういうこと大声で言って大丈夫ですか?」


 ノアは笑って俺の背を叩き、周りに俺を見せつけるようにして離れた。


「俺はオーナーだぞ。初勝利のお祝いだ、好きに使えよ」


 怯えていては疑われるだけか。

 頭を切り替えて礼を言い、しかし金額の少なさに内心舌打ちする。俺がしたことと言えば、真っ当にレースで飛んだ、それだけだ。


 百万ルーブル貰えただけでありがたい。でもそれだと借金返済はおろか、クウスケに脅された分にも足りない。


 もっと八百長に深く関わって、成功報酬の分け前を貰う。それ以外に今の俺が大金を稼ぐ手段はない。


「……俺にも手伝わせてくださいよ」

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