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第47話

「時間です。準備は良いですね?」


 リュドミーナが龍の傍で待機していた俺たちに声を掛ける。

 参加する龍は三頭、乗るのは一頭に付き二人の計六人。内二頭が囮という貧弱な陣営だけど、競龍場の龍たちに頼らず急拵えで集めたリュドミーナの手腕を褒めるべきだろう。


 俺たちは龍に騎乗した。俺の後ろに乗るのは会長の孤児の生き残りだ。躰もホウゲンと同じぐらいに小さく、揃いの外套で頭まですっぽり覆っている。


 リュドミーナの合図で最初に俺が飛び立った。次にユノとホウゲンが続き、最後は少しだけ龍に乗ったことがあるという会長の孤児が操る龍という隊列だ。


 眼下を見ると、避難してきたジガンシン商会の関係者が何人か見送りに来ていた。灯りが弱く、地上が近いのに顔どころか姿形ももう見えない。月も雲に隠れ、分かっているのにその灯りが星のように錯覚してしまう。


 これが夜か。


 競龍学校時代でも夜に飛んだことはない。夜にレースをしないから当然だけど、空中で激しく回転すれば冗談抜きで天地が分からなくなる。

 そうなると人間の感覚は当てにならない。人間より視力に優れている龍が全ての頼りだ。


 後ろに座る会長の孤児の指示を受けて夜の空を飛ぶ。

 暗いうちに密かに街を離れ、日が昇ってからは龍を乗り換えながら休むことなく飛び続けるという計画だ。龍の飛行速度なら明日の昼には王都に到着できるだろう。


 俺たちは編隊を組んで飛んだ。

 会長の孤児が操る龍が先頭を飛び、その左右の後方に俺とユノがそれぞれ配置する。技術に劣る孤児が先頭を好き勝手に飛び、それを俺とユノが合わせるという形だ。


 笛の音が、俺の真後ろで響き渡った。


 追手が現れた合図だ。後ろに座る会長の孤児が「後ろだ」と叫び、そのまま飛び続けるように指示を出した。


 ここまでは既定路線だった。この山奥から急いで逃げるなら龍に乗るしかない。

 当然、ツキオミは最優先で空を見張る。競龍場を抑えているから騎乗する龍や騎手にも困らない。


 俺は周囲を見た。左右に敵影はない。脇の下から後ろを覗き、積乱雲のような色濃い影に舌を巻いた。

 ところどころ灯りを持ったやつがいるにはいるけど、ほとんどは夜に紛れて俺たちを追っている。


 百はいないな。そう楽観的に解釈して前方に視線を戻す。


 光。銃声が轟いた。


 驚いた龍が俺たちを振り落とそうとする。

 レースと違ってガラビナとロープで躰を固定なんかしていない。俺は手綱を操ってなんとか龍を落ち着かせようとし、真後ろで拳銃を撃った会長の孤児を怒鳴りつけた。


「撃つなって言っただろ! 軍用の龍じゃないんだぞ!」


 俺が乗っている龍は少し前に引退した競翔龍だ。

 この街のような草競龍ではなくクロパトキン帝国の中央競龍に所属していただけあって能力は高いけど、軍用龍のように銃声には慣れていない。今回はなんとか抑えられたけど墜落してもおかしくはなかった。


「……すまない」


 何がすまないだ。また怒鳴りたくなってきた。

 お互いが龍に乗って飛んでいる中、矢や弾丸なんか滅多に当たるものじゃない。しかも頑丈な龍鱗は拳銃の弾程度じゃびくともしない。発砲なんて何の意味もない行為だ。


 俺は落ち着いた龍の首筋を撫で、ユノたちの様子を確認した。ユノは勿論大丈夫だ。中央の孤児が乗る龍はまだ危なっかしい動きをしている。


 背後が明るくなる。銃声が鳴った。上空を鋭い風切音が飛んでいく。追手が拳銃を撃ったか。思わず躰が竦みそうになるのを抑え、手綱を通して龍を宥める。


 その一瞬で、中央の龍が消えた。


 違う。一気に下降していた。ぼんやりと見える孤児の背中があっという間に闇に呑まれていく。


 助けに行く暇はない。こうなったら戦線離脱した龍に誘われて敵が減るのを願うしかない。俺は少しだけ速度を落とし、ユノの左後方に下がった。


 また銃声が鳴った。俺も龍も流石に慣れてきた。騎手を金で釣って動員したんだろうけど、この街にはゴロツキを含めて銃を撃ったことのあるやつなんてまずいない。その心得があるのはごく少数の諜報部隊だけだ。万に一つも当たらない。


「おい! 一頭速いのが近づいてくるぞ!」


 振り返るまでもなかった。この状況で単騎で突っ込んでくるやつなんて一人しかいない。


「撃っていい! ツキオミだ!」


 間近で銃声が起こった。暴れそうになる龍をなんとか抑え、俺は脇の下から後ろを確認した。


 当然、ツキオミだ。乗っている龍は体躯の割に翼は小さく、明らかに機動力に優れたフォルムをしている。


「話がある!」


 俺はそう叫び、龍に下降の合図を出した。後ろの孤児が俺の肩を掴んでくる。


「本当にする気か?」


「あいつを足止めできればいいんだろ、要は。それ以外の連中にユノが捕まるかよ」


 会長の孤児は諦めたように手を離した。ツキオミは指示を出すような手振りを見せ、単騎で俺に着いてくる。


 俺たちは開けた場所に着陸した。下は巨大な岩盤のようで、龍の巨体をなんなく受け止める。


「ここからは俺一人でいい」


「そういうわけにいくか。ここまで来たら一蓮托生だ。ヒヨシ・ツキオミを殺せばお前の言う通り全てが解決する」


 言いながら会長の孤児は、俺にリボルバーの銃口を向けた。


「これはどういうことだ!? 説明しろ!」


 演技でも肝が冷えた。そのまま降りてくるツキオミを待ち構える。やつの龍が躰を起こしながら羽ばたいてスピードを緩め、俺たちから二十メートル以上離れたところに降り立った。


 その背中に、誰もいなかった。


「神の加護だ。姿を消してる」


 俺は小声で伝えて耳を澄ました。龍を恐れて近くに鳥はいない。

 微かに、軽い金属がぶつかるような音がした。龍騎士は鞭の代わりに踵に着けた拍車を使う。その音だろう。


「説明する。説明するから落ち着いて聞いてくれ」


 俺が喋っている間にも会長の孤児が撃鉄を起こす。光と銃声が夜に広がった。暗闇から滲み出てくるように、リボルバーを手にしたツキオミが姿を見せる。


「約束はどうした?」


 孤児の前頭部が吹き飛んでいた。その躰がゆっくり倒れていく。

 俺は血に酔ったように誘われる龍の手綱を引きながらツキオミを見やった。お互いの距離は十メートル程度だ。近づく前に撃たれるだろう。


「……助かるよ。これで事情を話せる。会長はユノに取られた。しかも乗ってる龍も草競龍とは全然違う。このままだと絶対に追いつけない。でも俺の能力とこの龍の力があれば、あいつらが休みながら飛んでいる間に追いつける」


 ツキオミが俺にリボルバーを向けた。


「早く行け」


「ちゃんと説明しないと妹が危ないだろ」


「理解はした。三度目はないぞ」


 俺はツキオミに背中を見せ、よじ登るようにして龍の躰に跨った。それから手綱をしっかり握り、ツキオミに問いかける。


「俺が追いかけてる間に、うちの妹殺す気だろ?]


 ツキオミが喉の奥で笑った。その表情は暗闇でよく分からない。笑顔かもしれないし、無表情かもしれない。聞こえてくる声だけは、どこか楽しそうな響きが籠っていた。


「そう心配するな。私は蓮だ。蓮は泥より出でて泥に塗れず。いちいち咎めるつもりはないさ」


「本音が出たな」


 俺はツキオミに鞭の先端を向けた。


「うちの妹を泥だと思ってんじゃねえか! 誰が従うかボケ!」


 俺は思いっきり手綱を引っ張った。それに連動して龍の翼が上がり、俺の躰を覆い隠す。


 銃声が響いた。甲高い音が鳴る。拳銃の弾なんかじゃ龍鱗を貫通できるはずもない。


「来いよ! その龍じゃ会長には追いつかない。だったらムカつく俺を殺してみろ!」

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