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第45話

「探したんだぞ。街が今どんな状況か分かってるのか? 今までどこにいたんだよ」


 俺はシイナを見つめた。というより、不自然に視線が動かないようにした。


 ツキオミの存在に気付いていると、悟られてはいけない。俺がそれに気付いているということは、カイチおじさんから情報が漏れたということだ。ツキオミがそれを察知すれば、間違いなく俺は殺される。


「無事なんだから気にしないで。それよりお兄ちゃんこそ大丈夫なの?」


「どう見ても大丈夫だろ? まあ無事ならいいよ。それで、どうした?」


 シイナの顔が固い。しかし、ツキオミに対する警戒という感じでもない。ばつが悪いような、言い出しにくいことを抱えている表情だ。


「……お兄ちゃんはこの街が好き?」


「そんな奴はギャンブル狂いの連中だけだ。なんでそんなこと聞く?」


 膝に置いた手を握りしめるように、シイナの肩に力が入った。


「それなら、リントウ帝国で騎手デビューできるってなったらどうする?」


 なんとなく読めてきた。溜息と舌打ちを同時にしたい気分だったけど、俺は何も分からない風を装った。


「何が言いたいんだよ」


 シイナが、俺から目を逸らすように俯いた。


「スパイになってほしい。競龍運営委員会の会長に近づいて、捕まえてほしい。そうすればお兄ちゃんは、リントウ帝国で騎手デビューできる」


 ツキオミは腐っても貴族だ。それも諜報部隊の隊長ともなれば、それなりの権力を握っているだろう。

 元々俺は競龍学校を卒業目前だった。ちょっと資料を書き換えて、家庭の事情でデビューが遅れたと説明するぐらいツキオミには朝飯前のはずだ。


「意味が分からない」


 意味は分かっている。


 シイナは脅されてはいない。むしろ自分の意思で取引を持ちかけた。ツキオミに協力して会長を捕まえるから、俺を競龍騎手としてデビューさせてくれ。


 嬉しさがないわけじゃない。でもそんなことがちっぽけに思えるぐらい、俺は不甲斐なさを骨の芯から痛感した。


 俺たちの両親を死に追いやったのはツキオミだ。それなのにシイナは、俺の為にそんなクズの手を借りようとしている。


 沸き起こる感情を、腹に力を入れて全て抑え込んだ。俺は何も知らない一般人だ。それを心の中で繰り返す。


「会長は龍に乗ってリントウに逃げるはず。騎手であるお兄ちゃんが協力すると言えば、人手が足りない会長は喜んで受け入れる。そうすれば後ろから会長を捕まえることぐらい、お兄ちゃんなら簡単なことでしょ?」


 確かにそれなら、ほぼ確実に会長を捕まえられる。少なくともツキオミたちが襲撃するより遥かに成功の芽はあるだろう。


「……そうしたら俺は、リントウで今度こそデビューできるって言うのか?」


 シイナが勢いよく顔を上げた。表情に迷いが消えている。俺を睨みつけるようにして、机に手を置いて身を乗り出した。


「お父さんとお母さんは昔、リントウ帝国の諜報部隊で働いてた。その隊長であるツキオミさんが、協力してくれるなら二人の働きに報いるって約束してくれた。この街だって滅ぶわけじゃない。お兄ちゃんが元いた道に戻るだけなんだよ」


 ツキオミがどんな思惑でこの場を監視しているのか、それが重要だ。


 状況から考えて、やつは傲慢な自信家で、事実それだけの能力を持っている。俺が全てを知っているという可能性を考慮した上で、どうにかできると思っているのだろう。


 なぜなら、シイナという人質がいるからだ。俺がシイナの誘いを断っても、受けたふりをして会長にタレこんでも、やつは姿を現してその現実を突き付けてくる。


 つまり、この場を監視しているのではなく脅せる距離にいたい。俺が不審な動きを見せればシイナを捕まえ、妹を殺されたくないなら従え、そう言うだけだ。


「……俺だってデビューはしたい、でも」


「結果は変わらないよ、お兄ちゃん。あとは時間が掛かるか掛からないか、それだけの違いでしかない。それにお父さんとお母さんの仕事を手伝うだけ、そうでしょう? 二人もそれを望んでるよ」


 茶番を続けるのも限界だった。


 これ以上、俺の罪を軽くしようとするシイナの言葉を聞きたくない。ツキオミを立てるような言葉を聞きたくない。


「分かった、協力するよ。父さんと母さんの為だ」

 

 反吐が出そうだ。


 正直、俺はツキオミに復讐したいなんて思っていない。両親はこの街で暮らしている以上、遅かれ早かれ死ぬだろうと思っていた。

 ツキオミに罪を被せられたのだって俺が物心つく前の話だ。記憶にないことで復讐に走るほど俺は感情的じゃない。

 カイチおじさんにしても殺されたのは悲しいけど、本当のところどっちの意見が正しいかなんて俺には判断できない。


 それでも、シイナにこんなことを言わせるツキオミを探し出し、その顔面を殴り飛ばしたかった。

 腹に力を入れて堪えていたのも爆発寸前で、腹筋がバカみたいに痙攣している。


「ありがとう」


 そう言ったシイナは笑顔だったけど、兄の俺には今にも泣きそうに見えた。


 心の中でシイナに謝った。


 俺はもう、競龍騎手になろうとは思わない。

 リントウ帝国でデビューしたいという気持ちが全くないと言えば嘘になるけど、競龍を汚した俺が関わってはいけないと思うし、ユノと正々堂々勝負したおかげで悔いなく鞭を置ける。


 全ては俺の責任だ。


 両親の訃報を聞いてこの街に帰ってきた時、ちゃんとシイナに事情を話していればこんなことにはならなかった。両親が残した借金に二人で向き合っていれば事情は違ったはずだ。


 後始末はつける。その準備はできた。

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