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第43話

 会長の表情が苦悶に歪んだ。


「生き残った子供たちが拷問されたんだろうね」


「奴らの到着はあと一時間程度だと思われます。全員、動ける準備はできています」


「うん、分かった」


 足音が離れていく。会長はその場を動かず、ぼんやりと天井を仰いだ。


 俺はこの後どうするか悩んだ。

 一応、これで俺の役目は終わりだ。カイチおじさんの言うようにここが引き際なのかもしれない。それに正直、この街に特別思い入れがあるわけじゃないから、今まで通りになろうがリントウ帝国のものになろうがどうだっていい。


 そこでふと、会長が動こうとしないのが気になった。


「逃げないのか?」


「どこに? 隠れ家はもう全部抑えられてるはずだ。今逃げたって捕まるのは時間の問題で、時間を稼いだからってリントウ帝国に行く為の準備が整うってわけでもない。僕はね、もう詰みなんだよ。君は関係ないんだから早く逃げな」


 言葉が無かった。生き残った会長の孤児なら何か言えたんだろうけど、この街や会長と心中する気のない俺が言えることなんてない。


「話が済んだようならよろしいです、ホウゲンさん」


 外から聞き覚えのある女の声がした。ジガンシン商会の支店長リュドミーナだ。


「……入りなよ」


 会長がちょっとだけ険のある声音でそう言うと、リュドミーナが掘立小屋の戸を開けた。俺を見て目礼し、外で身を屈めて胸を見せつけるような姿勢で話し始める。


「我々と手を組みません?」


「そんな風にクウスケたちを誑し込んだのかい?」


 太ももの上に置かれた会長の拳が強く握りしめられている。リュドミーナの視線はそれに気付いたように動いたけど、気にした風もなく返答した。


「誘いは向こうからでした。誑かされた人物がいるのなら、それは私の方でしょう」


「追いかけ回すだけが狩人じゃない。罠を張るのを得意とする狩人もいる。クロパトキン帝国のお家芸じゃないか」


 俺はこの場にいるべきじゃないだろうとは思ったけど、抜け出せる隙がなかった。


「我々にとってこの街は、リントウ帝国とランズダウン帝国に諜報員を送り込むための橋頭堡です。中立であることが望ましく、我々の息が掛かっているとなお良い。

 だからクウスケさんの独立という案に協力しました。それ以上の思惑はありません。責めるなら部下の離反に気付かなかったご自分ではないのです、会長?」



 ホウゲンが目を伏せて黙り込んだ。


「しかし反省会は後にしましょう。先に説明したように、この街は中立でなくてはならない。

 ところがヒヨシ・ツキオミは現状、この街をリントウ帝国のものとしたいようです。それは我々の利益に反する。

 そこで最初の話に戻ります。私たちと手を組めば、ひとまず安全な拠点を提供しましょう。いずれは見つかるでしょうが最低限の準備は整えられるはずです」


「……他に手はないね」


 そう言って会長は立ち上がり、天井に頭をぶつけないよう項垂れたままリュドミーナに歩み寄る。そうして片手を差し出すと、リュドミーナは眼を細めて握手に応え、すぐに手を離した。


「それでは急ぎましょう」


 二人が掘立小屋から遠ざかる。俺もそれに続いて外に出て、撤収準備に走り回る会長の孤児たちを見やった。孤児院の婆さんが話しかけてくる。


「エイシロウ、あんたは部外者なんだ。街に帰るよ」


 部外者か。カイチおじさんの遺言は届けたし、確かに俺はもう部外者だ。借金もチャラになったから後腐れもない。


 これで本当に、俺たちは自由になれた。




 木々の合間に街が覗くと、立ち上る煙が目に入った。


 それも一つじゃない。街のあちこちで上がっている。明らかに火事だ。丁度良く起こった事故なわけがない。誰かが火を点けたに決まっている。


 今のこの街で、そんなことをする奴は一人しかいない。ツキオミの仕業だ。


 そこまで考えて、俺は思考を止めた。俺はもうこの一件とは無関係だ。火事を気にして何があるというのか。考える時間すら無駄だ。


 俺は婆さんと別れてメインストリートに入り、競龍場に戻ろうとする。その最中、通り沿いにある店からうっすら煙が上がっているのが見えた。

 無視しようとして、俺はもう一度その店に視線を向ける。


 あそこは、ジガンシン商会の店舗があった場所じゃないのか。


 それが頭に浮かんだ時には走っていた。最盛期に比べれば人通りはかなり減っている。俺は一度も人にぶつかることなく煙の根っこに行きついた。


 予想は当たっていた。

 火を点けられたのはジガンシン商会の店舗だ。消火活動も終盤でぼや程度に落ち着いているけど、中は完全に燃え尽き石造りの外観だけが形を保っている。


 会長のホウゲンとジガンシン商会のリュドミーナが手を組んだせいだ。だからツキオミはジガンシン商会に関わるものを潰している。


 シイナが危なかった。


 どこにいるかなんて知らない。思い浮かぶのはジガンシン商会の社宅だ。


 俺は全速力で走った。向かう先から勢いよく煙が上っている。騒ぎ声が風に乗って聞こえてくる。赤々と燃えているそれは、紛うことなくジガンシン商会の社宅だ。


 妹は、シイナは無事なのか。まだ距離があるのに俺の脚は重くなり、すぐに動かなくなった。ただ突っ立っているだけのに、俺の息はどんどん荒くなる。


 シイナが社宅にいるとは限らない。諦めるにはまだ早い。そう言い聞かせて無理矢理足を動かした。

 しかし自分の中の冷静な部分が囁く。狙われているのはジガンシン商会の施設だけではないだろう。当然、シイナたち社員も狙われているはずだ。


 眼が、もうもうと上る煙から離せなかった。


「エイシロウ、良くない知らせがある」


 レイジの声で我に返った。そして、嫌な想像が頭を過る。


「いや、妹は生きてるぜ。無事だ。でもひょっとすると、それより悪い状況かもしれねえ」


 安堵は束の間だった。


「……どういう意味だ?」


「俺結婚するって言ったよな? お前がレースに出てるとき、お前の妹を見張ってたのは俺じゃなくてその結婚相手なんだよ。あの後も何が起こるか分からねえからな、しばらく妹の様子を見て貰ってた。

 そしたらついさっきそいつが悪いものを見ちまった」

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