第42話
逃げた会長がどこに隠れたのか。
知っているとすれば会長の孤児であるクウスケだ。
とはいえ、クウスケが今どこにいるかは分からない。それこそ会長の傍にいればアウトだ。そもそもツキオミに殺されている可能性だってある。
でも、探すしかない。俺は唯一の手がかりであるクウスケが育った孤児院に向かった。
庭にいるのは一人の職員だけだった。子供の甲高い声は全て屋内から響いている。競龍場の騒ぎの煽りを受けたかどうかは知らないけど、俺は敷地内に入ってその職員に話しかけた。
「クウスケがどこにいるか知らないか?」
屈んで何やら作業をしていた職員が手を止めた。振り返って立ち上がると、髪の短い婆さんだった。その手にはいくつも小石が乗っている。
「誰だい?」
「知り合いだ。ここに来るのは三回目で、一回目はクウスケと一緒にいた」
婆さんは俺の全身をゆっくり眺め、目線を逸らさず手にした小石を敷地の端に放り投げた。
「知らないね。クウスケは確かにここの出身だけど、ここを出た後どうしてるかなんて聞かれても困る。部外者は出ていきな」
実際、今クウスケがどこにいるかなんてこの婆さんは知らないだろう。
「伝言は頼めるか? どうしても会長のホウゲンに会いたいんだ」
すっと婆さんの眼が細くなった。
「会ってどうするんだい?」
「伝えたいことがある。本当にそれだけだ」
そこまで言って、俺は婆さんのことが気になった。
「ここの院長か?」
「そうだよ。でもそれを知ってどうするんだい? 私が知ってるのはここの子供たちのことだけだ。年老いた女を買いかぶられても困るよ」
やけに俺を警戒しているのが引っかかる。
この街の孤児院は競龍運営委員会が運営している。だから競龍場の騒動が伝わっていてもおかしくはないけど、結局は孤児院の院長だ。俺をそこまで警戒する意味が分からない。
「……会長がどこに隠れてるか知ってるな?」
「何を言ってるのかさっぱりだよ。分かるように話しな。その気がないなら帰りな」
婆さんは見た感じ、会長のホウゲンと同年代の人間だ。それに会長の手足を輩出している孤児院の院長ともなれば、会長ともそれなりの関係性がある人物だろう。
ひょっとするとこの婆さんは、会長と同じく最初期にこの街を作った人間なんじゃないのか。
俺が考えている間にも、婆さんはさりげなく周囲に眼を配っていた。油断ならない動きだ。やっぱりこの婆さんはただの孤児院関係者じゃなさそうだ。
「諜報部隊の副隊長だったカイチから伝言を預かってる。ツキオミを止める為に会長に会わないといけないんだ。知ってるなら教えてくれ」
一歩、婆さんが俺に近づいた。
「何を言ってるか分からないけどね、一つだけはっきりと言えることがある。人に物を頼む態度じゃないね、それは」
ここに来て礼儀に煩いタイプのババアかよ。
なら頭を下げるか。いや、多分意味がない。婆さんが会長の潜伏場所を知っているなら単純に疑われているだけだ。地面に額を擦り付けたって婆さんの信用は得られない。
俺は深く息を吐いた。瞬間、婆さんの胸倉を掴む。
「ツキオミには両親も、世話になったカイチおじさんも殺された。その俺が、ツキオミの味方すると思うのか、えっ?」
大声は出さない。騒ぎにしてツキオミたちに嗅ぎつけられるのは御免だ。怒りを押し殺すように、静かに婆さんに語りかける。
「いいから会長の居場所を教えろ。こっちはおじさんの遺言を伝えないといけないんだよ。いつまでも恍けてるようならここのガキども全員殺すぞ」
大した婆さんだ。この後に及んでも涼しい顔をしている。
「……分かった。目の前で一人殺してやるよ」
婆さんの胸倉を突き飛ばすように放した。七十を超えているだろうに転びもせず、婆さんは俺をじっと見つめてくる。
「あんた名前は?」
「エイシロウ。リントウ帝国の競龍学校に通ってた」
「いいよ。ホウゲンのところまで案内しよう。少し待ってな」
上手くいったか。俺は両の掌を婆さんに見せつける。
「武器なんて持ってない。それと急いでるんだ、早くしてくれ」
聞く耳を持たずに婆さんはマイペースな歩きで屋内に下がった。しばし待っていると、婆さんが包丁片手に戻ってくる。
「責任ってやつさ。あんたが敵ならその時は」
脅しに構っている暇はない。俺は婆さんを急かして出発した。
街の外周部を回るようにして北西に行き、俺たちの子供時代の遊び場である大木の森に入る。老人にはきついだろう斜面を婆さんは楽々登っていき、そのまま峠を越えた。
獣道すらない鬱蒼とした森を進んでいく。ガキの頃森で遊んでいた俺には、婆さんが寄り道をしているのはすぐに分かった。尾行を警戒しているんだろうと我慢する。
「クウスケは死んだよ」
ふと、婆さんが言った。
「馬鹿な子だよ」
呟くようなその声に、俺は返す言葉を持っていなかった。
さらに進むと、木々の間隔が疎らになってきた。割合なだらかな土地が遠くまで広がり、どこからかせせらぎも聞こえてくる。
「あの街ができる前は、いくつかの小さな拠点が点在してたんだよ。ホウゲンが隠れてるのはその跡地を改装したものだ」
婆さんがそう言って間もなく、小規模な集落が見えた。俺たちに気付いたのかうろついている人間が慌ただしくなり、数人が剣やリボルバーを手に走り寄ってくる。
「大丈夫、通しな」
婆さんの存在は絶大だった。それだけで俺に対する警戒の目も消え、スムーズに集落の奥まで入っていけた。
山籠もりする猟師が暮らす掘立小屋のような家の戸を婆さんが叩く。
「ホウゲン、あんたに伝えたいことがあるそうだ」
婆さんが俺に眼をくれる。俺は身を屈めて中に入った。
灯りはないけど低い天井は隙間だらけでいくらでも光が差し込んでいる。会長のホウゲンは板敷の床に座布団を敷き、小さい躰をさらに縮めて座っていた。
「エイシロウ、だったかな。話すのはこれが初めてだね。クウスケから色々と聞いてるよ」
「八百長のことも?」
会長が微笑する。
「君の幸運はクウスケに掴まって情報を流したことだね。そうでなければとうの昔に処刑されていた。まあ、今さら処罰する気はないから安心するといい。そんな名分もなくなったからね」
喜んでいる暇はない。ここに来るまでかなりの時間が掛かった。挨拶はこれで終わりだ。俺は会長の目の前に四つん這いで進んで腰を下ろした。
「カイチおじさんに遺言を託された」
俺はおじさんの言葉をできる限りそのまま伝えた。その間会長は口を挟むことなく、俺の話を聞き入っていた。
「希望は見えたね」
あっさり信じたような会長の言いように、俺は肩透かしを食らった。
「疑わないのか?」
「そんなに怪しく見える、僕って」
会長は穏やかな笑みを浮かべる。
その乾燥して縮んだような会長の皮膚は、肉体労働者だった頃の名残だろう。しかし当時を思わせる激しさはどこにもない。それこそ孤児院の院長の方がよっぽど似合っている。
少し喋っただけだというのに、化かされているような不思議な気分だ。
「信じたふりじゃないだろうな」
「大丈夫だよ。というより、僕にはイナ・カイチの案に縋る以外に道はない。
戦える仲間はここにいる十人ちょっと。対してヒヨシ・ツキオミも数は少ないけど、競龍場の金を使えばいくらでも人は雇える。正面から奴らと戦うのはもう不可能だ」
カイチおじさんの見立て通りの状況か。
「会長!」
不意に、外から大声が響いた。
「ツキオミたちが動きました。こっちに向かってるようです」




