第41話
カイチおじさんの躰には、刃物が刺さったような細長い穴や抉れたような穴が無数に開いていた。腕の穴は貫通して千切れかかっているし、腹の穴は明らかに内臓に達している。
どう見ても致命傷だ。それでもおじさんの息があるのは、傷穴の断面が黒焦げになり、出血が止まっているからだろう。
「……エイシロウ、君に頼みたいことがある」
おじさんの声は思ったより元気そうだった。それでも顔から血の気が引き、無理をしているのは明白だ。俺はとにかくおじさんを起こそうとする。
「いやいい。そのまま聞いてくれ。時間がないんだ」
おじさんの首から上は綺麗なものだった。それが却っていたぶられたような印象を与える。
「何があったんだよ」
俺の声の方が上ずっていた。焦りや動揺が先走ってそれ以外の感情が働かない。
「混戦だった」
俺を落ち着かせるように、カイチおじさんがことさらゆっくりそう言った。
「しかし勝ったのはツキオミだ。生き残ったのはツキオミの信奉者と辛うじて脱出した私、それとホウゲン殿ぐらいのものだ。この街はツキオミの手に落ちてしまった」
事情がよく分からない。でも今の無残な姿のおじさんに問い詰めるなんてできなかった。
「このままではランズダウン帝国との戦に発展しかねない。しかし希望はある。正直君を巻き込みたくはないけど、頼めるのはエイシロウ、君しかいない。
どこかに逃げ隠れたホウゲン殿を探して今から言うことを伝えてくれないか? 私じゃもう駄目なんだ」
カイチおじさんはもう死ぬ。それをやっと実感して、俺は唾を飲み込んだ。
出血がないから生きているだけで、その命は数日と持たないだろう。そんな状態のおじさんが、俺が世話になった人が頼みごとをしている。
五体満足の俺が狼狽えている暇なんてない。断る理由も一切ない。
「分かった。何を伝えればいい?」
「ツキオミの神の加護とそれを止める方法だ。ツキオミは自らに触れたものを焼き尽くす。装鞍所で見ただろう。向かってくる刃物であっても関係ない。
倒すには完璧な不意打ちか、弾丸のような素早い攻撃しかない。それともう一つ、やつは姿を消せる。対処法は……分からない」
頭の中で繰り返し、おじさんの言葉を刻み付ける。
「止める方法はリントウ帝国の財務大臣、つまり私やツキオミの上司に、ホウゲン殿が直訴することだ。
家宰では駄目だ。おそらく家宰はツキオミの息が掛かっている。でも段取りは済ませてあるから、ホウゲン殿が財務大臣に直接訴えることができれば、必ずやツキオミを罷免できる。
そうすればやつは正式に反逆者となり、逃げるか降伏するかしかなくなる」
面倒な方法だ。そのやり方で上手くいったとしてもツキオミを止めるのに一か月は掛かる。
「ツキオミを殺すんじゃ駄目なの?」
「無理だ。先の混戦で対抗できる勢力のほとんどが潰された。そういう計画だったんだろうね。残っているのはジガンシン商会にいるクロパトキン帝国の諜報員だろうけど、そもそも数が少ないし、協力にも期待できない」
かなり悪い状況だ。
今頃ツキオミたちは消えたカイチおじさんを探している。おじさんがアンガス厩舎に来たのは遠くまで移動できず、かつ知り合いの俺に会えるかもしれないからか。
理解できるからこそ、ツキオミたちも遅かれ早かれそれに気付く。
「分かった。なんとか会長を探してみる」
そう言って俺は、ケアフリーボーイの龍房を開けた。カイチおじさんを担いで中に連れていき、ケアフリーボーイの寝床として用意している干し草の傍に横たえる。
カイチおじさんはもう助からない。それでもツキオミたちに見つかれば拷問を受けるかもしれない。
そんなことさせるわけにはいかない。俺は干し草をカイチおじさんの上に掛けていき、好奇心に惹かれて近づいてきたケアフリーボーイの鼻面を撫でた。
「エイシロウ……聞いてほしいことがある」
「時間が勿体ないから放っておけって話なら聞かないから」
「いや、君の両親についてだ」
俺は手を止めた。
「言うべきか悩んでいたけど、やっぱり二人の子供である君は知っておかなくちゃいけない。君の両親が諜報部隊をクビになったのは、おそらくツキオミが原因だ」
両親が諜報部隊をクビになったという話は以前、カイチおじさんに聞いていた。あの時は何か両親がやらかしたと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
「濡れ衣ってこと?」
「結論から言うとね。元々、ツキオミの部隊は強引さのあまり不必要な被害を出すことが多かった。
ただ、圧倒的な結果を出すから黙認されていた。私も不満はあれど、そういう気風だろうと気にはしていなかった。
でも君の両親が、任務中の失火による民間人の犠牲を理由に除隊処分を受けた時、やっとおかしいと気付いた」
ケアフリーボーイが振り返った。
一瞬驚いたけど、単純に体を入れ替えて背を向けただけだ。そのまま片足立ちになって目を瞑り動かなくなる。本当に大人しい龍だ。
「二人に聞いても自分たちが悪いの一点張りで言い訳をしなかった。でもそれは、誰かを庇っているのではなく責任を感じていたからだ。彼らはそういう人間だった。それこそが君たちの両親がそんな失敗をするような人ではないという証拠だね」
両親との思い出は、実はあまりない。
今思えば借金に追われて忙しかったせいだと分かるけど、勉強を教えるぐらいしか俺との接点はなく、こんな街だから家族でどこかに遊びに行くということもなかった。
それでも不満はなかった。子供ながらに、周りの家庭より恵まれていると実感していたからだ。
「だから私は、ツキオミが自分の強引な行動の結果を、君の両親に押し付けて除隊処分にしたのではないかと考えた。それで調べてみたら簡単に見つかった。
証拠隠滅なんてしていないぐらいの杜撰さだったよ。それも被害者は彼らだけじゃなかった」
なんでそれが今まで問題にならなかった。疑問を覚えても聞くに聞けない。おじさんは何度か弱弱しい息継ぎを繰り返してから話を続けた。
「元々問題の多い人間なんだ、ツキオミという男は。ただ、圧倒的に優秀だった。だからこそ気付かなかった。ツキオミがそういう失敗をしていたなんて思っても見なかった。
根本的に思い違いがあり、過大評価していたんだろうね。これは副隊長である私の責任でもある」
「そんなことない!」
俺は咄嗟に言っていた。おじさんが白くなってきた顔で微かに首を振る。
「いいかい、エイシロウ」
カイチおじさんが俺の足に触れた。その手の甲にも穴が開き、貫通して俺の靴が見えている。
「復讐に走ってはいけないよ。私はそういう意味で言ったわけじゃない。ただ、子供として知っておくべきだと思ったから伝えただけだ。
ツキオミは強い。君がどうにかできる相手じゃないし、これ以上関わってもいけない。君やシイナちゃんに何かあれば、私は君の両親に顔向けができなくなる」
俺はおじさんの手を掴み、躰の横に戻してその上に干し草を掛ける。
「分かってる。大丈夫だよ」
おじさんが笑う。
諜報部隊に属しているとは思えないほど穏やかな人だ。会うのはこれで最後か、それとももう一度ぐらいはあるか。想像すると目頭がむず痒くなってきた。
「じゃ、伝えてくる」




