第38話
すぐには理解できなかった。
ホウゲンが諜報部隊とシイナの関係を知っているのは噂に名高い孤児たちがいれば不思議ではない。しかし、偽物を渡したというのはどういう意味だ。
「シイナがあの首飾りを見つけた時、最初に連絡を取ったのは僕だった。
君はほとんど街にいなかったのもあるだろう。グラハムファミリーの手先となった兄エイシロウを救うために、彼らに明確に敵対している僕に助けを求めたのは利口だね。
そこで僕は本物の首飾りを受け取り、代わりに精巧な偽物を急いで用意した。君たちの手に渡ったのがそれだ」
シイナから渡されたネックレスが偽物なら、ジェレミーの反応はどう説明する。
ネックレスは祭具であり、それを使って儀式を行い巫覡となったのなら、その真贋は見ただけで判断できるはずだ。少なくともカイチは自らが巫覡となった際に使用した祭具の区別はつく。ジェレミーとてそれは同じだろう。
ジェレミーが芝居を打ったのか。それとも誰かがすり替えたのか。
「君たちの出方を見るのが目的だったんだ。でもその前に、僕の子供たちの一部が反乱を起こして本物の首飾りを奪っていった。だから聞きたい。本物の首飾りはどこで手に入れた?」
つまり、反乱分子が盗んだ本物が、諜報部隊が手にしていた偽物とすり替わっていた。
誰の仕業だ。筋道が分かれば考えるまでもない。
ツキオミだ。
カイチは駆けた。道すがらツキオミたちを捕らえている牢の場所を聞き、遮二無二走ってその場所に向かう。
ツキオミほどの巫覡を閉じ込めておける牢など存在しない。見張りは十分に付けたが、全てがツキオミの計画の内なら何の効力もないだろう。
嫌な想像が脳裏を過る。部下たちは全員殺され、悠々と脱獄したツキオミたちがホウゲンを殺しに来る。
ネックレスがジェレミーの元に帰ろうとも、緩衝地帯であるこの街がリントウ帝国のものになればランズダウン帝国を刺激するのは必然だ。そんなことを許すわけにはいかない。
山の斜面をくり抜いて作った土牢の入り口が見えた。元は鉱山として使う予定だったがめぼしいものが一向に取れず、早々に諦めて土牢に転用したという。
入口に立つ隊員に眼もくれずに突入する。ランプで照らされた薄暗い室内は見通しが悪い。嗅覚に頼ろうとしても全力疾走の影響で臭いがうまく感じ取れなかった。
「どうしました、カイチさん」
部下の困惑した声が聞こえ、カイチは深々と息を吐いた。
「……異常はないか?」
「ありません。何かありましたか?」
思い過ごしか。いや、そのようなわけがない。カイチはツキオミを捕らえた独房の前に行き、項垂れたように地面に座るツキオミを見下ろした。
「何を企んでいる?」
ツキオミは微かに反応したが、顔を上げずにそのままの姿勢で返答する。
「企んでいたのはお前だろう、カイチ。私を嵌めたことを後悔させてやる、必ずな」
「恍けるな。本物の首飾りをすり替えたのはお前だろう。本物は反乱を起こした会長の孤児に盗まれたと聞いた。私たちが持っていたのは偽物だったんだ。それがどうして、私たちの手に本物がある? お前がすり替えたんだろう!?」
「……それはつまり、あのシイナとかいう娘が私を騙したということか?」
白々しい。カイチは鉄格子に掴みかかりたい気持ちをぐっと抑え込んだ。挑発に乗って迂闊に距離を詰めればツキオミの思うつぼだ。
「そんなことはどうでもいい。何を企んでいる?」
言いながらカイチは疑問を覚える。
ツキオミは本当に何を企んでいる。ネックレスをすり替えたということは、最初にシイナに渡されたものが偽物だと気付いていたということだ。
まず、何故それが偽物だと気付けた。どうしてその時に指摘せずに泳がせた。
そこでふと、以前エイシロウに言われた言葉を思い出した。
「……あの手紙を出していたのはお前か」
しばらく会えない。例の物は誰にも渡すな。思えばそれを書けるのは一部の人間に限られる。
「何の話かは知らないが、お前が問い詰めるべきは私ではなくシイナだ。あるはずもない私の企みに警戒するより、最初から本物を持っていたシイナを疑う方が真っ当だと思うがな」
理屈は分かるがシイナに動機はない。やはり、ツキオミが裏で何かを画策していた。それ以外に考えられない。
「シイナちゃんがそれで何を得る? お前の仕業の方がよほど真っ当だ」
ツキオミが喉の奥でくつくつと笑った。
「私にも動機がないと思うがな。むしろ動機があるのはカイチ、お前ではないのか?」
なんのことだ、口に出そうとした瞬間、ツキオミが顔を上げた。
「聞け! イナ・カイチには反逆の疑いが掛かっている!」
馬鹿馬鹿しい。疑いも何も、事実カイチはツキオミに反逆している。
「しばらく前から起こっていたループホールとミヨシ会の争いを起こしたのはカイチ、お前だ!」
尾を掴まれていたという微かな驚きはあったが、それだけだった。それを表に出されたところでツキオミに逆転の芽はない。
「お前は両勢力の金庫番を拉致殺害し、当時まだ貴重品としか分からなかった例の首飾りがどちらかの組織に存在すると見せかけ、私たちの捜索を攪乱した。これは私ではなく、諜報部隊に対する反逆である」
別の独房に入れられたツキオミの仲間たちが騒ぎ出した。それを抑えようと部下たちが動き出す。その際にちらとカイチを見る視線には、困惑と疑念が宿っていた。
「お前の妄想だな。第一、私がそれをする意味はなんだ。それがどういう風にこの状況に繋がる?」
ツキオミは正当性を揺さぶろうとしているが、カイチに一切の邪心はなかった。
ループホールとミヨシ会の戦争を引き起こしたのは偏に、全ての勢力がエイシロウとシイナの存在に気付くまでの時間稼ぎだ。アイテムを盗んだのが二人の両親だと知れば、グラハムファミリーは確実に二人を拷問に掛けるだろう。
ツキオミにしてもホウゲンにしてもどう出るか分からない。さらにカイチ自身も副隊長として王都にいることが多く、二人を守るのは難しかった。
だから戦争を引き起こして注目を集め、アイテムらしき貴重品を手当たり次第にばら撒き、捜索を攪乱するに至った。
少しでも二人に辿り着く時間が遅くなれば、その間にアイテムを見つけられる。それが結果的に二人を守ることに繋がる。
「お前は私にくだらない疑いを掛けているが、私とお前、どちらが反逆を起こしたかは今の立場が証明している」
ツキオミの目の前で、無様に部下の様子を伺うようなことはできない。カイチはツキオミを睨みつけ、当初の問いに立ち返る。
「お前の本当の狙いはなんだ?」
「私を侮辱した者には死んでもらう。カイチ、そしてシイナ、二人は私手ずから殺して後悔させてやろう」
嘘は言っていない。しかし真実を全て語っているわけではない。
そもそも、ツキオミはどこまで把握している。
シイナから渡されたネックレスが偽物だと知っていた。ループホールとミヨシ会の戦争がカイチが引き起こしたものだと知っていた。兄妹に手紙を出せたということは、その時点でカイチの不審な動きにも気付いていたということだ。
それはつまり、この街で起こっていたほとんどを把握していたといっても過言ではない。
いくら神の加護でも全知全能ではない。ツキオミが信仰する神はカイチと同じく太陽神で、千里眼の如き神の加護は存在しない。
ともあれ、ツキオミは全てを知った上でカイチもシイナも泳がせた。当然、牢に捕らえられたこの状況も想定していたはずだ。
「……警備を増やす。逃げられると思うなよ、ツキオミ」
「上司の名前を呼ぶとは、思い上がりも甚だしいな」
これ以上構っている暇はない。カイチは急いで戻り、警備の数を倍に増やした。
捕らえたのは十人程度、巫覡に限ればツキオミも含めて三人しかいない。これで何があっても対応できるはずだ。捕縛の際の反目のお蔭で今さらツキオミに着く人間もいないだろう。
しかしどうして、カイチの背中には不安がべったり張り付いていた。




