第37話
カイチはツキオミにリボルバー式拳銃を向けたまま、素早く視線を巡らせた。
会長の孤児たちはグラハムファミリーを警戒している。そのグラハムファミリーは組織内で意見の統一が果たされずに注意が散漫になっていた。
「副隊長、これはどういうことですか?」
隊員の一人が困惑しつつも落ち着いた声音で問うてくる。カイチはリボルバーを構えたまま装鞍所に声を響かせた。
「ヒヨシ・ツキオミ。数々の越権行為によりお前を逮捕する」
カイチ直属の部下を除いた隊員が動揺する。数にして四分の三。この人数をいかに仲間に引き込むかが重要だ。カイチは努めて落ち着いた声を発した。
「財務大臣はこの街を我が国のものとすることに同意されていない。お前の越権行為はランズダウン帝国との戦争を呼び、国益にも反する。以前より問題視されてきた数々の行為はそれまでの功績によって揉み消されてきたが、それも今日で最後だ」
元々、隊内でのツキオミの評判は最悪だった。尊大にして傍若無人で、仲間を仲間と思わない態度、人格面において優れている点は一つもない。
ところが圧倒的な実力と結果により財務大臣すらも黙認させてきた。
「大臣からの辞令はあるんだろうな、カイチ」
そんなものはなかった。というより、大臣との面会は多忙を理由に叶わなかった。しかし家宰には話を通し、段取りは整えてある。
財務大臣も黙認していただけでツキオミの蛮行を認めていたわけではない。事後報告でなんら問題はないだろう。
「当然だ。王都へ戻る度にお前の行動は報告していた。ついに大臣も庇いきれなくなったということだ。そしてこれより私が隊長代理を務める。元隊長のヒヨシ・ツキオミを捕らえろ」
ツキオミの足元から植物が生えてきた。中立派の隊員の神の加護だ。そのまま植物はツキオミの躰に纏わりつき、鉄のように硬いツルで締め上げて拘束する。
「何をしている!」ツキオミが叫んだ。「これはイナ・カイチの反逆だ! 奴を捕らえろ!」
一人が剣を抜いた。それを皮切りに隊員たちが次々に獲物を構え、しかし敵と味方の区別ができずに膠着する。その横では見る間にグラハムファミリーが殺気立ち、対応しようと会長の孤児たちまで不穏な動きを見せ始めた。
このままでは収集がつかなくなる。カイチはツキオミにリボルバーを向けたまま、周囲を威圧するように声を張り上げた。
「ホウゲン殿、並びにジェレミー・グラハムに提案がある!」
少しだけ場が静まった。それでもふとした拍子に爆発しかねない激情が、薄氷の下に潜んでいるのをカイチは肌で感じていた。
「私の目的はあくまでも、この街の中立性を保つことです。それ以上は望まない。勿論、ランズダウン帝国との戦争も。そこで首飾りの返却と引き換えに、グラハムファミリーにはこの街から撤退してもらいたい。どうですか?」
視界の端で両者を確認する。配下と違い二人とも平静だ。
「綺麗事だ!」
ツキオミが喚く。これ以上余計なことをされないよう、カイチはツキオミを後ろから蹴倒した。拘束されて受け身も取れず、その手からネックレスが離れる。
見なくてもグラハムファミリーに雑念が過ったのが伝わった。カイチは視線で牽制しながらリボルバーを納め、ネックレスを拾い上げる。
「同意するなら今ここでこれを返却する」
表情からジェレミーの内面は微塵も読めなかった。茫然としているわけでもなく、怒りに打ち震えているわけでもなく、海でも眺めているような静寂しか窺えない。
ただし、その配下は別だ。一度ジェレミーの指示が下れば、死ぬまで戦うだろう。ある者は拳を握りしめ、ある者は歯を食い縛り、ある者は冷静そうに見えて手にしたリボルバーの撃鉄は起きている。
今の膠着状態が長引けば確実に誰かが暴発する。
「僕はそれでいいよ」
不意に、ホウゲンがあっけらかんと言った。
「利害は一致しているからね。それなら損害は少ない方がいい。ただそれはそれとして、後で話したいことがあるけどいいかな、隊長代理殿」
「英断に感謝します」
これで全体の半数弱は味方になった。まだ絶対とは言えないが状況はかなり改善した。カイチは安堵の息を吐き、ジェレミーにネックレスを見せつける。
「この首飾りがなければお前の正体は噂の域を出ない。悪い取引ではないはずだ」
問題はこの男だ。ホウゲンの立場を考えれば十中八九提案に乗るのは分かっていた。ところがジェレミーのこの大人しさはどういうことだ。
ジェレミーは兄であるランズダウン帝国の皇太子に忠誠を誓い、皇太子もまたジェレミーを信任している。
その証拠がネックレスだ。ただ高価な品というだけでなく、神へ捧げる儀式に使う祭具であり、恐らくランズダウンの国宝ともいえる品物だ。
想像以上に両者の繋がりは深く、それゆえに皇太子の命であろうこの街の奪取を簡単に諦めるとは思えない。
「正体を知られたという危機感は分かる。それでもここは退いてくれ。そちらとしても一度退いて立て直す方が利があるはずだ」
ジェレミーは、ゆっくり瞬きをして頷いた。
「それを奪われた時点で私に選ぶ余地はない。明朝までにこの街を去ろう」
この場にいる全員がほっとしたような雰囲気が流れた。
カイチはジェレミーに歩み寄り、ネックレスを手渡した。ジェレミーもそれを受け取り、大切そうに懐に納める。
「二言はないぞ」
「敗者に語る言葉はない」
どうにも違和感が拭えない。
一件は落着したはずだ。それなのにカイチは腰の凝りのような違和感を覚えた。腰を触ってみても凝っている筋肉はなく、周辺にも異常はない。しかし間違いなくどこかの筋肉が凝っている。
違和感は間違いなくある。だが、何に違和感を覚えている。それが分からないのがもどかしい。辺りに視線を巡らせる。エイシロウの姿が目に止まった。
「あの子の借金も忘れろ」
「好きにするといい。私にはもう必要ないものだ」
違和感は、まだ残っていた。
ただの思い過ごしなのか。想定通りに事が済み、却って不安になっているのだろう。これ以上グラハムファミリーを留めてもおけない。
ふと、走り去っていくような足音が聞こえた。
エイシロウが装鞍所を飛び出していく。今の会話を聞いていたのだろう。後検量など色々と手続きがあるだろうに、服装もそのままに走っている。借金のことを妹のシイナに伝えようとしているのか。
カイチは眼を閉じた。瞼の裏に、エイシロウとシイナの亡き両親の姿が蘇る。
同僚であり友人でもあった二人は、唐突に部隊を去ることになった。原因は任務中の失火により民間人に多大な犠牲が出て、その責任が民間人の避難を任されていた二人にあると判断されたからだ。二人は諜報部隊を辞めさせられ、賠償責任も負うことになった。
そもそもが疑問だった。優秀だった二人がそのような失敗をするのか。何か予定外のことがあり、濡れ衣を着せられたのではないか。
まずは二人を説得しようとしたが、責任感が強かった二人は処罰を素直に受け入れ、莫大な借金を背負ってこの街に流れていった。
ひとのいい二人はカイチの資金提供を断り、それでも助けになりたいとグラハムファミリーの調査を依頼した。だがそれが仇となり、二人を死に追い込んでしまった。
申し訳なさが込み上げくる。子供たちだけは寸前のところで救い出せた。果たしてそれが贖罪になるのだろうか。
「副隊長、いえ、隊長代理、元隊長の身柄はどうされますか?」
部下が話しかけてくる。カイチは眼を抑えて感情を堪え、表情を無理矢理繕った。
「……一先ずどこかに繋いでおけ」
「牢なら僕たちが使っているものを提供しよう」
言いながらホウゲンが歩み寄ってくる。入れ替わりのようにグラハムファミリーが装鞍所を出ていき、遠巻きに見守っていた競龍関係者が会長の孤児たちの指示に従って業務を再開する。
「お言葉に甘えます。連れて行け」
直属の部下数人が拘束されたツキオミを引き起こそうとする。
「お待ちください」
隊員の一人がカイチに走り寄ってきた。
「私はまだ副隊長の行動に納得がいきません。それに大臣の辞令も確認していません。隊長を捕らえるのであれば、私も同じように捕らえてください」
この男はツキオミ直属の部下だ。生真面目なことを言っているが、ツキオミに心酔する者の一人でもある。隊員たちに眼を配れば、視線が合うなり何人かが同じように投獄しろと言ってきた。
「全員連れていけ。念のため結託できないよう注意しろ」
全ては想定の範囲内だ。大した争いもなくツキオミを捕縛でき、その影響下にある者たちの身柄を確保できた。結果は上々だろう。
「話、いいかな?」
ホウゲンに声を掛けられ、カイチは目礼した。
「改めてご協力に感謝します。それで話というのは?」
「あの首飾りについて聞きたくてね。あれはどこで手に入れたのかな?」
「詳しくは教えられません」
「君たちが雇った工作員が盗み出し、その娘であるシイナが渡したのだろう? それは知っているよ。問題は、シイナが君たちに渡したのは偽物だったということだ」




