第33話
ユノを事故に見せかけて墜落させて殺すのか。そんなことは放り投げて正々堂々勝負を挑むのか。俺は何日も考えに考えた。
結論は出なかった。出せるわけがなかった。ノアの前でははいと言っても心は納得していない。
だから時間稼ぎをするように、レイジに龍券の代理購入を頼もうとした。
墜落させても借金がチャラになるとは限らないし、勝負を挑んだならシイナを助ける為に借金返済分の金がいる。
レイジがいつもいる飯屋の二階に上がる。以前と違って随分静かだ。博打に盛り上がっていた連中の影も形もなく、レイジただ一人が窓際でキセルを咥えて黄昏ていた。
「他は?」
「ここいらの連中はみんなループホールの関係者だからな。戦勝祝いで騒いでるよ」
「お前は?」
「俺はもう手を切るからお留守番。お前こそどうした? あの後顔も出さねえと思ったら急にここに来てよ」
俺はレイジの横に座った。いちいち眼を合わせて話すような関係じゃないのが幸いだった。
「まあ色々とな。それより簡単に手なんて切れるのか?」
「正式な構成員でもねえんだし、はいさよならで終わりだよ。で、グラハムファミリーの件か?」
鋭いやつだ。俺は首だけ動かしてレイジを見やった。
「儲け話がある。八百長レースの龍券だ。俺の代わりに買ってくれ」
レイジは即答しなかった。かと言ってリスクを計っているような顔でもなく、言葉を選ぶようにそれを切り出した。
「借金のこと、妹は知らねえんだろ?」
今このタイミングで、それを言われるとは予想だにしてなかった。
「……関係ないだろ」
「関係なくねえだろ。この手のことがバレたら家族まで処刑だ。知らない内に借金抱えて、その上騎手が代理で龍券買わせるなんて違反をしたせいで急に殺される。妹も浮かばれねえぞ」
レイジの言い分が尤もなのは理解している。だけど、レイジは俺の妹の心配までするようなお人好しじゃない。その言葉の真意がよく分からなかった。
「何が言いたい?」
「お前が初めてレースに出る時、競龍場に見に行ってたんだよ。そこでお前の妹を見かけた。妹もお前のレース見てたんだよ」
知らなかった。シイナはそんなこと一言も──この街に帰ってからろくにシイナと話していないことを思い出す。
「それだけじゃねえ。その後もお前がレースに出る時に限って競龍場で妹を見た。多分だけど、お前が出るレースは全部見に来てるんじゃねえのか?」
揺らぐ。
シイナが俺を応援してくれている。都合のいい解釈なのは分かっている。
それでも一度そう思ってしまうと、ユノを墜落させようとしていた気持ちが萎んでいく。逆にユノと真剣勝負をしたいという気持ちがどんどん膨れ上がっていく。
ユノに挑みたい。今の俺の全てをぶつけて戦ってみたい。
命令を無視すればグラハムファミリーに殺される。でもそんなことはどうでもいい。ユノと雌雄を決したい。それだけが頭どころか指先や毛先にまで駆け巡り、もはや俺自身に制御できないレベルで迸っていた。
「やれよエイシロウ」
レイジが不敵に笑っている。
「八百長の結果を決めるのはお前だ。ぶち壊して金稼げばいいじゃねえか。この街に拘る必要もねえ。兄弟二人で逃げちまえよ」
レイジが手を差し出してくる。それが見えた瞬間、俺はレイジの手を握っていた。
「金と買い目は後で渡す。やることができた」
俺は飯屋を飛び出した。
レイジの案に乗ろうとも一つの作戦に頼る気はない。最悪俺は死んでもいい。でもシイナだけは助かるよう保険が必要だ。
グラハムファミリーを止めるには、敵対する組織を頼るのが一番だ。
しかしカイチおじさんのいる諜報部隊は頼れない。単純におじさんが今この街にいないからだ。おじさんがいなければ諜報部隊と連絡の取りようがない。
それなら頼るべきは、ホウゲン率いる競龍運営委員会だ。接点ならクウスケがいる。連絡先は知らないけど、知っていそうな人間に心当りがある。
俺はクウスケの出身である孤児院を訪ねた。職員も当然ホウゲンの部下のはずだ。上手くいけばここからホウゲンと連絡が取れるかもしれない。
「クウスケはここ最近来ていませんね。連絡先も知りません。それに見ず知らずの方に会長を紹介するわけにもいきませんし、そもそも一職員にそんな権限はありません」
粘って成果が出るような手応えはなかった。俺は孤児院を諦め、新リントウ区など思い当たる場所全てを駆け回った。それでもクウスケの居場所に繋がる情報はなく、仲間の孤児すらも見つからなかった。
日が暮れ、一日が終わろうとしている。その時になって、ジガンシン商会が情報屋をしている事を思い出す。
「孤児たちのクウスケの居場所ですか?」
リュドミーナは俺を執務室に招きながらそう言った。俺はリュドミーナからドアノブを奪ってドアを閉め、唯一の出入り口を塞ぐように立った。
「急ぎなんだ。俺とクウスケの関係は知ってるか?」
「はい、それは勿論。グラハムファミリー絡みですね。しかし我々も今は繊細な時期でして」
「金はある」
リュドミーナは首を振り、両手を後ろに回して組んだ。その傭兵みたいな姿もあって、軍人が待機姿勢を取っているように見えた。
「そういうことではありません。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。その理由次第では情報屋としての仕事を果たしましょう」
シイナの上司とはいえ、第三者のリュドミーナに事情を話すなんてあり得ない。
「俺が、クウスケを探してる。それ以上の理由は教えられないし、必要ないはずだ。それとも俺がクウスケに会ったらまずいことでもあるのか?」
途端、リュドミーナは笑みを浮かべた。
「いえ、ありません。少々お待ちください。近くにいますから呼んできましょう」
不審な点はあったけど問い詰めている暇はない。俺は執務室で少し待ち、リュドミーナがクウスケを連れて来るのを待った。
「何の用だ?」
クウスケだけが執務室に入ってくる。不機嫌さとも違う妙にぴりついた声だった。いつもばっちり決めていた髪も乱れている。
「八百長について話したいことがある」
クウスケが露骨に眉をひそめた。
「八百長? グラハムファミリーのか?」
「次にいつ行われるかも決まって──」
──クウスケが舌打ちした。
「あのクソ野郎どもが。エイシロウ、お前は余計なことはするな。八百長なんかさせねえからよ。大人しくしてろ」
クウスケが身を翻した。進展が早すぎて着いていけない。俺が困惑している間にもクウスケは執務室を出ていき、我に返って後を追った時にはその姿は消えていた。
これで大丈夫なのか。疑問はあったけどもう進むしかない。
ユノと正々堂々勝負する。ようやくその舞台が整った。




