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第31話

 シイナは社宅を飛び出した。

 警備員の呼び止めに大丈夫だと返してそこに走る。普段なら危険な夜の街もループホールとミヨシ会の戦争を避け、悪人すらも息を潜める今この時なら安全だ。


 死体安置所に着いた。


 身元不明の人間を一時的に収用する施設だけあってとうに消灯している。人の気配もなかった。

 両親は死体を偽装する為にここを訪れている。しかもこの安置所に集まる死体は身ぐるみを剥がされた貧乏人だけだ。空だと分かっている安物の財布を盗む人間はいない。


 間違いなく、両親はここにアイテムを隠している。そもそも両親の死体が偽物だと気付ける人間が限られている。それこそが最大の手がかりだった。


 シイナは申し訳なく思いながら窓を破壊して侵入し、両親に教わった神の加護を使って指先に火を灯した。


 表側は綺麗でも死体が置かれている安置室は粗末なものだ。何もない部屋は大雑把に区分けされただけで、床すらも施工されず地面が剝き出しになっている。死体も物のように乱雑に寝かされ、管理する為であろう記号が額に墨で書かれていた。


 手元の心もとない灯りでは判然としないが、換気が十分なのか異臭はしない。腐るほど長期間置かれていないというのもあるだろう。

 記憶を探りながら両親の偽物の死体が置かれていたという場所まで行き、周辺の死体を引っ張って地面を露わにする。


 一つの区画は十メートル四方で、一人で掘り返すには広すぎる。しかし当時の両親にも深い穴を掘る時間はなかったはずだ。それに野外と違って掘り返す野犬もいない。

 シイナは道すがら拾ったホウキの柄を何度も地面に突き刺した。


 何かが、柄の先端にぶつかる感触があった。


 シイナは膝を着いて地面を掘り返す。やはり想像通り浅い場所だ。神の加護で点けた火で周辺を照らし、空いた片手で周辺の土を払いのけ、慎重にそれを取り上げる。

 ネックレスだ。


 いくつもの宝石が火の灯りを反射してきらきらと光っている。ルビーにダイヤにエメラルド、他にも様々な宝石が嵌まり、全てが大粒だ。灯りが心もとなく意匠は判然としないが、高価な品物であることは疑いようがない。


 間違いなく、これがアイテムだ。


 思わず笑みがこぼれた。それに気付くとシイナはネックレスを抱きしめていた。


「良かった……本当に良かった」


 これがあれば、エイシロウをグラハムファミリーから助け出せる。あの輝く瞳は輝いたままでい続ける。両親が遺した仕事も完遂できる。全ての問題がネックレスで解決できる。


 微かな違和感がある。理性がそう牽制していたが、シイナは感情に流されるまま安置所を後にした。誰にも出会わないよう焦らず走らず平然とした顔で帰路に着き、何事もなく警備員が入り口を守る社宅に帰ってきた。


 明日で全てが終わる。シイナはそれだけを考えて、ネックレスを胸に抱いたまま眠りについた。




「これがアイテムです」


 そう言ってシイナから渡されたネックレスを、諜報部隊隊長──ツキオミは両手で受け取った。


 大粒の宝石がふんだんにあしらわれた高級ネックレスに思えるが、それ以外が異様だった。


 本来なら金属が使われる紐部分は植物のツタだ。ほかにも宝石と同じようにケモノの牙や爪が結び付けられ、所々には乾燥した毛付きの動物の皮も貼り付けられている。装飾品は装飾品でも未開の部族が身に着けていそうな異形の品物だ。


 そして中央にある一際大きなトパーズを嵌める土台の裏には、ある文字が刻み込まれていた。それを読んだツキオミは白い歯を見せる。


「よく見つけてくれた、シイナさん。君の両親も草葉の陰で喜んでいるだろう。裏の字は読んだのかな?」


 硬い表情をしたシイナは微かに首を振った。


「ランズダウンの字は読めません」


「それは良かった。字が書いてあったこと自体忘れた方が良い。君の両親は、ここに書かれてあることが原因で死んだようなものだ」


 ツキオミはネックレスを机に置き、シイナに眼を戻す。まだ十代半ばだろうに利発そうな顔付きをしている。緊張からか動きはどこかぎこちないが、眼だけは堂々とツキオミを見据えていた。


「兄を守ってくれますよね?」


「かつての同僚の子供だ。守るのは義務だといっていい。それにこの街からグラハムファミリーを追い出すのが私たちの目的だ。自然、君たち兄弟を守ることにも繋がる」


 どっとシイナは息を吐いた。


「お願いします」


「心配するな。それより私のことは伏せて、アイテムが見つかったとカイチに報告しなさい。いきなりシイナさんからアイテムを受け取ったとカイチに説明するわけにはいかないからな。

 面倒だが小芝居を打ってもらう。ジガンシン商会のリュドミーナから聞いたと言えばいいように解釈するだろう」


「どういうことですか?」


 眉をひそめたシイナは、一瞬だけネックレスを一瞥した。警戒されている──それに気付いたツキオミは苦笑して歩み寄り、ネックレスをシイナに返す。


「持っていると良い。それとジガンシン商会そのものは真っ当な組織だ。ただ、支部長のリュドミーナを初めとした一部の人間はクロパトキン帝国の諜報員だ。

 クロパトキンの人間がリントウとランズダウンに潜入する際の手引きをしたり、中立をいいことに情報屋の真似事をしている」


 シイナが押し黙った。ツキオミから一切目線を逸らさず、無表情でその場に立ち尽くす。


「ジガンシン商会はあくまで協力者だ。気にすることはない。カイチの件は任せたよ。監視しているからアイテムを奪われる心配はいらない。安心して、私たちは初対面であることを忘れずに、もう一度ここに来なさい」


 やや間が開いたが、シイナは了承して宿を出て行った。


 それから数時間後、カイチがシイナを連れて訪ねてきた。報告してくるカイチに不審な点はない。ツキオミはネックレスを受け取り、早々にシイナを帰らせた。


「一旦、アイテムの件は置いておこう。カイチ、定期連絡に遅れたな? シイナさんの件を考慮しても遅すぎる。言い訳を聞こう」


 カイチが深々と頭を下げた。


「すみません。怪我をした部下の手当をしていました」


「致命傷は止めを刺せ。そうでないなら放っておけ。お前はいつから子供の保護者になった? この国を瀬戸際で守る諜報部隊の自覚を持て。私の呼び出しより大事なものなどこの部隊には存在しない」


「すみません」


 また、カイチは深々と頭を下げる。ツキオミはこれがみよしに溜息を吐き、ネックレスを投げ渡した。隻腕のカイチはそれをなんとか片手で受け止め慎重に持ち替える。


「もの自体はどうでもいい。肝は裏側にある。使えると思わないか?」


 ツキオミは笑みを浮かべる。それを認めたカイチは微かに目を細くした。


「何を、するつもりですか?」


「これがあればジェレミーは私たちに逆らえない。どうせなら奴らを使い、この街をホウゲンから奪ってしまおう」


「越権行為です。グラハムファミリーをこの街から追い出せ、それが大臣の命令でした」


 言いながらカイチはネックレスを隠すように半身になった。ツキオミも椅子から立ち上がり、その動作で僅かに乱れた服装を整える。


「より大きな成果が挙がるのだ。閣下も喜びこそすれ文句は言うまい」


「ここが両国の緩衝地帯というのをお忘れですか。この街が我が国のものとなればランズダウン帝国が黙っていないでしょう。下手をすれば戦争になります」


「この街の莫大な賭博収入を目の当たりにすれば、そんな綺麗事を言う愛国者気取りも頬を緩めて押し黙る。まずは我らが財務大臣閣下だ。お前が説得しに行け」


 ツキオミは掌を差し出した。それをカイチはじっと見つめ、ややあって諦めたようにツキオミに歩み寄った。


「仰せの通りに」


 ツキオミは返却されたネックレスを片手で受け取り、カイチの背後の扉を指差した。


「好機と見ればすぐに動く。急げよ」


 最低限の礼節を保ちつつ、カイチは宿を飛び出した。そうして開かれた扉が閉まるのと同時に、ツキオミはネックレスを机の上に放り投げる。


「お膳立てはした。イナ・カイチ、どう反逆するか見せてもらおうか」


 想像するとツキオミは笑いを堪えきれなかった。よもやカイチ一人ではないだろう。部下だけでなく内通者は他にもいるはずだ。


 ひとしきり笑ったあと、ツキオミはネックレスをその場に残して部屋を出た。

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