第28話
ミヨシ会の本拠地はかつて会合所として使われていた建物を改装したもので、競龍場に近いがメインストリートから離れたいわゆる旧市街に位置している。
ほとんどが木造建築で作りも単純、最初期のあぶれ者の行きつく先だった頃の面影をそのまま残していた。
外套で身を包んだノアは、フードの先を引っ張りながら近くにいる部下と視線を交わした。正面にあるミヨシ会の本拠地は密かに接近した構成員が取り囲んでいる。
「ボス、準備が整いました」
「正面から行く。着いてこい」
言いながら、ジェレミーは前方に砂を撒いた。それから両手を地面に突き差し、土を持ち上げるように振り上げる。
大地が隆起した。
ジェレミーから左右二手に分かれて地面が盛り上がり、あっという間に十メートルを超える高さの土壁へと変わってミヨシ会の本拠地を取り囲んでいく。
一帯に土煙が充満する。
慌てて表に出てきたミヨシ会の連中は咳き込み、顔の前で手を払いながら薄目を開ける。瞬間、正面から悠然と歩いてくるグラハムファミリーに目を丸くした。
「……カ、カチコミだ! カチコミに来やがった!」
ジェレミーが砂を撒く。それこそがジェレミーの神の加護だった。
砂を撒くという行為は儀式であり、儀式は信仰心を示す証になる。砂が撒かれた地面の土はジェレミーの意のままに形を変え、矛にも盾にも自在に変化した。
最初に出てきた男は地面から生えた無数の杭で死んだ。次々に出てくる連中も末路は同じだ。一様に串刺しになって玄関口の飾りになっていく。
背中を任せた。ノアはジェレミーに言われたことを思い出して苦笑する。
ジェレミーの後ろを取れる人間がこの世界に何人いるのか。
グラハムファミリーの最大戦力はボスのジェレミーだ。今まで何度も危機に陥ったファミリーを救ってきたのも、ジェレミー個人の武力だった。
この人がいる限りファミリーは不滅だ。
ノアは改めてそう確信し、外套を脱ぎ捨て鍛え上げた上半身を晒した。自らの神の加護で作った刀剣を手に、ジェレミーに続いてミヨシ会の本拠地に足を踏み入れる。
打って変わって静寂としていた。
戦い方を変えたか。入り口の広間からは何本もの道が伸び、迎え撃つには都合のいい形状をしている。その廊下にも身を隠せそうな調度品がいくつも並び、人の気配が濃密に漂っていた。
ノアは両手に持った二振りの刀剣を握り直し、いつでもジェレミーを庇えるように注意を払う。
銃声が轟いた。
間断なく響いた銃声に聴覚が麻痺し、それぞれの廊下が白煙に染まる。それでもジェレミーには通用しない。全面に展開した土壁が弾丸を悉く防ぎ、それどころか土壁から放たれた杭が襲撃者たちを返り討ちにする。
再び静まり返る。ジェレミーが土壁を消し、辺りに眼を向けた。
光。視界が白くなる。足音が突っ込んでくる。
「下がってください!」
叫び、ノアは目を瞑ったままジェレミーの前に出ようとする。硬い壁にぶつかった。眼を開けても視界は戻っていない。
それでもノアは、敵を前にして強張った躰から力が抜けるのを感じた。
ゴーレム──ジェレミーの神の加護だ。
岩石を身に纏ったジェレミーに生半可な攻撃は通用しない。骨が折れ肉が潰れた音が二度鳴り、ようやくノアの視界が回復する。
人型の岩が目の前に立っていた。
「諜報部隊だ。ノア以外は外で待機しろ」
くぐもったジェレミーの声が人型の岩から起こる。ノアが返事をすると、ジェレミーが走り出した。壁も扉も関係なく全てを突き破り、悲鳴を残して質量任せに轢き殺していく。
何人か諜報部隊らしき巫覡がいたがジェレミーの前では無力だ。神の加護でも岩を貫通できず、例外なく血を流すだけの肉塊に変わっていく。そして、ミヨシ会の本拠地は周囲を土壁に囲まれているから逃げ場もない。
虐殺はものの数分で終わった。
岩を消して元の姿に戻ったジェレミーの姿は戦前と変わりない。ジャケットには埃一つ付いておらず、被っている帽子に傾きもない。じっとミヨシ会の本拠地の奥を見つめて黙り込んでいた。その顔から感情は読み取れない。
「これでミヨシ会は壊滅ですね。例のアレ──ネックレスが見つかるといいんですが」
「……ここを徹底的に探せ。ただし、ミヨシ会と諜報部隊の残党に賞金を掛けろ。今まで通りネックレスを探すメインはこの街の住人だ。私たちはこの街そのものを取りに行くぞ」
「はい」
この街は、競龍の街だ。
どこの国にも属さず法もない。唯一存在するルールが、競龍運営員会が定めた公正競龍を保つ為のルールだ。不正が判明すれば死刑という極めて単純で、まともな国であれば施行できないルールが公正競龍を担保している。
初めはリントウ帝国とランズダウン帝国の間にある険しい山間の緩衝地帯でしかなかった。それがいつしか両国から逃れてきた犯罪者たちが集まり、開拓者の一人であった競龍運営委員会の会長──ホウゲンが草競龍を始めて権力の座に着いた。
今や一日に動く金は莫大で、ホウゲンの個人資産は一国の主を遥かに上回るという。
隣接するリントウ帝国とランズダウン帝国にしてもその金は魅力的だった。
しかし莫大な金を背景に、ホウゲンは孤児たちを各国に潜入させ、この街に手出しできないよう暗躍した。
もはやこの街は独立都市の様相を呈している。
誰も手を出せず、それでいて暴力に訴えてホウゲンを潰してもこの街は奪えない。必ずやホウゲンを慕う者たちが激しい抵抗を繰り返し、金を落としていた連中も簒奪を支持しないだろう。
故に、まずはホウゲンの威信を地の底に叩き落とさなくてはならない。
ホウゲンを支えるものとは何か。
それこそが公正競龍だ。
リントウ帝国やランズダウン帝国で行われる競龍よりも遥かに高い信頼が、この街だけでなく各国のギャンブラーを熱狂にいざなった。
公正競龍の崩壊。それこそがホウゲンの失墜に直結し、新たな支配者の到来を呼び起こす。
「間断なく八百長を仕掛けろ」
ジェレミーの静かな檄を胸に秘め、ノアは競龍場に急いだ。




