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第27話

 シイナは諜報部隊の隊長──ツキオミと手を組んだが、盟約を結んだというほど強固なものではなかった。


 カイチの情報を流し、アイテムを見つけた際には両親の仕事を完遂するという形でツキオミに譲渡する。強制力はなく、協力でしかない関係だ。

 

 しかし両親の死を受け入れざるを得なくなった今、シイナは娘として両親が遺した仕事を成功に終わらせてあげたかった。


 日々仕事に従事しながら両親が隠したアイテムの行方を考え、仕事終わりに探しに行く。成果どころか手掛かり一つ見つからなかったが、いつか見つかると信じて根気よく続けた。


「あれ? どこまで数えたっけ?」


 弊害も出ていた。


 街の入り口にあるジガンシン商会所有の倉庫に納入された商品をチェックしていたが、途中から注意散漫になり分からなくなった。


 手元のチェック表も目の前にある商品と品欄がずれている。明らかにアイテム探しが原因だ。体調を崩すような無茶はしていないが、アイテム探しに思考が移ろい仕事が疎かになっている。


 同じようなミスは今日で三回目だ。


 このままでは就業時間までに終わらないかもしれない。シイナは倉庫の表で眼を光らせている警備員に声を掛け、残業する旨を伝えた。


「分かりました。帰宅される時にまたお願います」


 これが申し訳なかった。

 ここ最近、ミヨシ会とループホールの戦争が激化したことで、勤務中の移動には警備員が付く決まりになった。その為社員一人が残業すれば警備員も残業することになる。シイナは丁寧に謝り、可能な限り素早く仕事をこなした。


 なんとか日が暮れる前に納品リストのチェックが終わった。

 戦争の影響で就業時間が早まり残業には違いないが、警備員にそこまで迷惑を掛けずに済んだ。退勤の手続きを済ませて社宅に帰る。


 また、シイナは自分のミスに気付いた。ジガンシン商会の店舗に鞄を置いたままだ。就業時間を過ぎているから店は閉まって取りに行けない。


 ところがメインストリートを通っていると、まだ店に灯りがついているのが目に止まった。表口こそ閉まっていても誰かが残業しているのだろう。警備員に待ってもらい、シイナは従業員用の裏口から中に入った。


 鞄を手に取り帰ろうとして人の声に気付く。支店長のリュドミーナと知らない男の声だ。無視して帰るのも悪いと思い、シイナは声が聞こえる事務室に近づいた。


「動くつもりです、クウスケさん」


「まだ可能性の話だよ。ただし、覚悟はしといてくれ」


 仕事の話だろう。下手に引き下がるより顔を出した方が問題が起きづらいと考え、シイナはドアを叩いた。


「……どちらさま?」


 そう問うたリュドミーナの声には隠しきれない険があった。シイナは今日何度も犯した自分のミスを自省し、表向きは平静を装った。


「シイナです。残業帰りで遅くなりました。お疲れ様でした」


 アイテム探しもある中、面倒は抱えたくない。シイナはそそくさと帰ろうとして、背後で事務室のドアが開く音を聞いた。


「お兄さん、大変らしいわね」


 足が止まる。

 エイシロウが大変とはどういう意味だ。振り返ると、シイナの横を顔を隠した人間が通り過ぎていった。


「それで残業するのは分かるけど躰には気を付けてね。お疲れ様でした」


 そう言ってドアを閉じようとするリュドミーナを、シイナは走り寄りながら言い止めた。


「どういう意味ですか? 兄に何があったんですか?」


 リュドミーナは一瞬、眉をひそめた。


「ごめんなさい。どうやら私が口を挟む問題ではなかったようね」


 再び閉じられようとするドアの隙間に、シイナは強引に指を突っ込んだ。


「教えてください支店長! 兄に何があったんですか?」


 逡巡するような間が開き、リュドミーナがドアを開ける。元々病的に白い肌が、部屋から洩れる淡い灯りで白磁器のような質感を放っていた。


「お兄さんは借金をしているわ。確か、ご両親が残された借金のはず。その様子だとシイナさんには知らされていなかったようね」


 借金。脳裏が明滅し、しかしあっという間に曇っていく。


 エイシロウの様子がおかしいのは最初から分かっていた。疑問もいくつもあった。


 両親が亡くなって学費の問題に突き当たったとしても、卒業間近ならどうにかならなかったのか。

 葬儀の後に実家は引き払ったというが、何故引き払ったのか。

 社宅のあるシイナは問題はないが、兄はどこで暮らしているのか。

 そもそも普段はどこで何をしているのか。ノミ屋で用心棒をしているという噂も聞いた。


 だが、兄の瞳を見た途端、それらを徹底的に問い詰めようとする気力が萎んでいった。


 競龍学校へと旅立っていった三年前、夏の太陽よりも輝いていた兄の瞳に光はなく、流れの無い澱んだ川のようにに暗くなっていた。

 それが兄だと心が受け入れず、同時に三人の家族を失ったような感覚に襲われた。


 あれらは全て、両親が残した借金のせいだった。


 何も知らなかった。エイシロウは全てを隠し、自分一人で借金を返そうとしていた。


「……借金額はどれぐらいですか?」


 少しだけ迷いを見せ、リュドミーナは軽く溜息を吐く。


「もう私が隠しても仕方のないことね。三千万ルーブルほどだそうよ」


 ありえないほどの大金だ。この街では高給取りに入るジガンシン商会で働くシイナですら、厳しい節制をしても返済するのに十年以上掛かる。

 今のシイナではどうにもならない金額だ。


「どこから借りたか分かりますか?」


「元々債権を持っていたのは違う組織だったけど、今はグラハムファミリーのはずよ」


 グラハムファミリー。シイナはその名前を聞いほぞをかんだ。よりによって両親がアイテムを盗み出したマフィアに債権を握られている。


 状況がここまで悪いとは思ってもみなかった。それどころかこの話を聞く前は、状況が改善しているとすら思っていた。


 死人のような顔をしていた兄は、草競龍への騎手デビューをきっかけに少しずつ顔色が変わっていった。何より、瞳の輝きは全く別物に変わっていた。


 しかし全く違った。騎手デビューはグラハムファミリーや借金と無関係ではないだろう。


「兄は何かさせられているんですか?」


「流石にそこまでは。でもグラハムファミリーの仕事を手伝っているみたいよ」


 マフィアの仕事──嫌な想像が次々に頭を過る。


 三千万ルーブルは大金だ。簡単に稼げる額ではない。マフィアも返せるとは思っていないだろう。このままではエイシロウはマフィアにいいように使われ、遠からず死んでしまう。


 助けるにはどうしたらいい。


 シイナはリュドミーナが目の前にいるのも忘れて必死に頭を回転させた。逃げられるならとうの昔にエイシロウが行動に移しているはずだ。金を稼ぐ手段もない。


 アイテムだ。


 アイテムを交渉に使えば借金はどうにでもなる。両親が命を落とし、グラハムファミリーが大金を掛けて探し、諜報部隊すらも目を付けているものだ。

 三千万ルーブル程度の価値はあるに決まっている。


 だが、どこにある。


 グラハムファミリーと諜報部隊だけでなく、ブレンドン質店の高価買取の影響で大量に跋扈する盗人たちでも見つけられていない。


 アイテムは諜報部隊の手に渡らなければ意味がない以上、手掛かりはあるはずだ。シイナは両親との思い出をひっくり返して底まで攫った。


 それでも思い当たる記憶は何一つなく、暗い想像が、悪い未来が、楽しかった思い出を塗り潰していく。

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