第24話
ツキオミは背後の机と椅子を手で指し示した。
「誤解させるようなことをしたのは分かっている。まずは一から説明しよう」
シイナはツキオミと向かい合って座り、諜報部隊や両親について聞かされた。
俄かには信じられないことだが、この街の人間にしては妙に高い教養を持っていた両親の正体は、考えれば考えるほどそれしかないと納得できた。
「両親は生きているんですか?」
「調査の報告は途絶えている。残念ながら君の両親が亡くなったのは疑いようがない」
エイシロウに指摘される前から、十中八九両親が死んでいるのはシイナも理解していた。ただ、確実に死んだと言い切れないから希望に縋っていた。
初めから承知していたことでも、断言されると気が重くなった。
「しかし君の両親は優秀だ。グラハムファミリーの動きを見るに、何か重要なものを盗み出したのだろう。最近この街に出店したブレンドン質店は知っているかな?」
「はい。どんなものでも相場以上の高値で買取をしている質屋だそうですね」
「その店はグラハムファミリーが裏にいる。大金を出しても欲しい物があるのだ。他にもいくつか我々が罠を仕掛けたところ、装飾品のようなものを探しているのだと確信が得られた。
現在、ミヨシ会とループホールという組織が争っているが、そこにもその『アイテム』と我々が呼んでいるものの影が見えている。手紙に書いた例の物というのは、そのアイテムのことだ」
両親がグラハムファミリーから盗み出した装飾品──アイテム。エイシロウにしてもシイナにしても、それらしいものや隠し場所には心当たりがない。
「本当にそんなものがあるのですか?」
「手がかりはある。それは、君たち兄弟が未だ無事だと言う事実だ。
君たちの両親の死体として火葬されたものは別人だ。君たちの両親は恐らくその偽装した上でグラハムファミリーに捕まった。本来なら死体から君たち兄弟に繋がるところを、その偽装のお蔭でグラハムファミリーに潜入した調査員は君たちの両親ではなく、匿名の調査員止まりで死ぬことができたというわけだ。
表向き君たちの両親は別件で死んでいるから、君たち兄弟はグラハムファミリーの手から逃れられるというわけだな」
机の上に歓待する物は何一つない。ツキオミは噛むようにして唇を湿らせる。
「しかしこれには疑問がある。何故そのような手段に出たのかだ。君たち兄弟はすでに大きく、当時どちらもこの街にいなかった。アイテムがあろうがなかろうが、経験豊富な君たちの両親ならどうにでも対処できた筈だ」
「……でもそうしなかった。いや、できなかった」
「その通り。恐らく既に追手が差し向けられ、逃げる余裕がなかったのだろう。
そこで死体を偽装し、どこかにアイテムを隠した。切羽詰っていたのなら、アイテムの在処は広く見積もってもこの街に限定される。
隠し場所を示す手がかりになるのは、君たち家族の思い出だと私は睨んでいる」
そう言われても、やはりシイナに思い浮かぶ場所はない。
「すみません。やはり私には分かりません」
「難しいのは分かっている。今までの話は前提で、ここからが本題だ。君たちの叔父を名乗っていた我が隊の副隊長──イナ・カイチについてだ」
それがカイチおじさんの本名なのか。母の従弟にしても似ていないとシイナは以前から思っていたが、本当に血の繋がらない他人だとは思ってもみなかった。
「今回、君たちの両親を現地調査員として雇うよう進言したのはイナ・カイチだ。必然的にこの件の担当は彼になった。
途中までは問題なかった。
ところが彼は君たちの両親が死んだことを伝えた後、重要参考人である君たち兄弟の存在を報告する義務を怠った。それだけでなく、君たちに接触して良からぬ動きを見せている」
シイナは思い出す。両親が死んで初めてカイチがこの街を訪ねた時、カイチはアイテムを探しているような口ぶりをしていた。エイシロウも同じことを聞かれたと言っていた。
「イナ・カイチには反逆罪の疑いが掛かっている」
「おじさんが反逆!?」
言って、シイナはカイチが叔父ではないという先ほど伝えられた事実をようやく飲み込んだ。
「手紙という迂遠な手段を取ったのはイナ・カイチを警戒してのことだ。シイナさん、君にはイナ・カイチの反逆罪に関して協力してほしい」
ツキオミとカイチ、どちらを信じられるかと言えば、今はどちらも信じられないというのがシイナの正直な気持ちだ。カイチとは今までの関係性があり、ツキオミは初対面でしかない。
だが、ツキオミの説明に落ち度はなかった。
状況を俯瞰しても、ツキオミが語った言葉は真実としか思えない。カイチが独断で動いているのも事実だろう。それでも、一人で勝手に決めていいのか。
「おに──兄と相談させてください」
「それはできない。君の兄は競龍学校時代、イナ・カイチの世話になっている。だからこそ君の兄に手紙を届けるのは止めて、君を頼った」
「兄を通じて情報が漏れるということですか?」
「そうだ。反逆を企んでいるのはイナ・カイチ一人ではないだろう。協力者は少ない方がいい」
ツキオミの言葉は至極真っ当だ。両親のかつての上司であり、アイテムの為にもシイナたち兄弟を守らざるを得ない。少なくともツキオミは害のある存在ではないだろう。
「……分かりました。何をすればいいのですか?」
俺はカイチおじさんと別れた足で、そのままクウスケに調査の報告をした。
ミヨシ会の金庫番を攫ったのはループホールではないこと。
ループホールの金庫番を殺したのもミヨシ会ではなく、犯人は両組織を争わせようとした第三者であること。
それからループホールの金庫番の家を捜索中、諜報部隊に襲われたこと。
それらをそのまま伝えると、クウスケは素直に報酬を渡してきた。
「また頼むぜ」
拍子抜けだった。てっきりまた面倒事を押し付けられると思っていたけど、クウスケはその一言だけで早々に立ち去った。
これでノアに頼まれていた諜報部隊探しに戻れる。後ろ髪を引かれるものはあっても、俺には関係のない会長の孤児の事情だ。
なんにせよ今日はもう働く気になれない。俺は競龍場に戻って自室で休もうとした。
「ノアから伝言だ」
昼間から休憩室で顔を真っ赤にしたアンガスの爺さんがそう言った。無精ひげとは言えないぐらい伸びてきた髭にはエールビールの泡がこれでもかと付いている。
「仕事は中断。八百長に備えておけ、だとよ」
訳が分からなかった。
クウスケもノアもお互いに何かあったのか。いや、俺がそんなこと気にしてどうする。俺は借金を返すことだけを考えていればいい。
俺は自室で出しっぱなしにした布団に仰向けに倒れた。洗濯もしていないから汗臭さが舞い上がる。そんなことが気になること自体が久しぶりだ。
借金を返すために大金を稼ぐ。それだけを考えていればいいはずなのに、どうにも思考がずれていき、カイチおじさんが言った「したいことをすればいい」という言葉が頭を占めていく。
俺は気付けば競龍場の観覧席にいた。
スターティングヒルの横に龍たちが集まっている。もうすぐレースが始まる時間だ。場内にある巨大掲示板にはユノの名前が書かれている。
レースが始まった。
ユノのスタートはまずまずだ。すんなりと雁行中段を取り、一番人気の龍のすぐ斜め前を取った。時折その前に出て後方乱気流に巻き込み、いやらしくちょっかいを掛けている。デビューして一、二カ月の新人の騎乗じゃない。
競龍学校時代は間違いなく俺の方が上手かった。これは自惚れでもなく、事実として成績最優秀者として選ばれたのは俺だった。
俺がもし順調にデビューできていれば、今のユノレベルの騎手になれていたのか。それは分からない。でも俺だって負けるつもりはない。上手くなるための努力を苦しいと思ったこともなかった。死に物狂いで練習しただろう。
でも、今の俺には努力すらも許されない。
気持ちよさそうに龍に乗るユノが眩しかった。どれだけ手を伸ばしても届きそうにない夏の天高い空を、コース通りに飛んでいるだけなのに野生の鳥よりも自由に飛んでいるユノが、太陽よりも激しく俺の眼球に突き刺さる。
挑戦すらできないのが悔しかった。地面に繋がれたまま空を飛ぶのがもどかしかった。結果ありきの八百長なんて馬鹿らしかった。
「良い顔になったじゃねえか」
隣でアンガスの声がした。
「うるせえよ」
喋ったことで顔の筋肉が動き、皮膚に違和感を覚えた。俺は知らず知らずの内に流れていた涙を服で拭き、アンガスの赤ら顔を睨みつける。
「着いてきたのか? 趣味悪いな」
「俺はランズダウンのスーパージョッキーだった」
「聞けよ」
「三十年も前にステッキは置いたが、今の今まで俺の影に触れた奴すらいなかった。どいつもこいつも下手くそばっかだ。ユノってガキも同じよ。ガキにしては見どころはあるが、まだまだ下手くそもいいとこだ」
爺さんがかつてそれなりの騎手だったのは嘘じゃないだろう。それは調教の時の騎乗でなんとなく分かっている。でもそれがどうした。酔っ払いを無視してレースに眼を戻す。丁度最後の直線に差し掛かり、ユノが鞭を振るおうとしているところだ。
「俺が教えてやる。アカデミーじゃ教えてくれない本物ってやつをな」
一瞬で、心はアンガスに飛びついていた。だけど頭が心を押さえつける。
そんなことをしている場合じゃない。借金を返してグラハムファミリーと縁を切る。何を置いてもそれが最優先のはずだ。
ユノが一着でゴールした。
歓声が爆発し、山が震えたように盛り上がる。
リントウのスタージョッキーはものが違う。凄い騎手が来た。あちこちでユノを称える声が飛び交い、龍券が外れて毒吐く声なんて一瞬で掻き消されて龍券売場がごった返す。
勝ちてえな。
そう思った時には、俺の理性なんてどこかに吹っ飛んでいた。




