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第23話

 両親が諜報部隊の人間だった。


 そんなこと初めて聞いた。

 でもそうでもなければこの街にいる人間がしょぼいとはいえ神の加護なんて使えないだろう。馬鹿みたいな額の借金も、その立場があったから借りられたのか。


 俺がナイフを下ろすと、カイチおじさんが辺りに視線を配った。


「時間がないから手短に説明する。諜報部隊には巫覡である貴族の正規隊員とそれを補佐する平民の工作員がいる。君のご両親はその工作員だった。優秀でね、隊長の部下を務めていた。でもある時失敗して除隊処分となり、その時の損失を埋める為に借金をした。それで最終的にこの街に流れ着いたんだ」


 そういう事情だったのか。カイチおじさんを従弟としたのもその関係を隠す為か。


「だが私は彼らの失敗に対して思うところがあってね。挽回の機会を与えたかった。それでこの街に侵入してきたグラハムファミリーを調べる為の現地調査員として雇ったんだ。残念なことになってしまったけどね」


 つまり、両親はグラハムファミリーに殺されたのか。それを察したのか、カイチおじさんが俺の肩に手を置いた。


「復讐なんて考えちゃいけないよ。君が今、借金を盾にグラハムファミリーに使われているのは知っている。でも今はそのままでいなさい。やつらは必ずこの街から追い出すから、それまでじっとしていなさい。いいね?」


 カイチおじさんは親戚ではない。でも、嘘を言っているとは思えなかった。


 何より俺の両親がカイチおじさんを信用していた。競龍学校時代に俺の世話をしてくれたのもおじさんだ。俺の状況が悪くなるような嘘を吐くわけがない。


 そこで、おじさんは親戚ではない、そう告げた手紙の存在を思い出す。


「手紙が届いた。俺とシイナ両方に。おじさんが親戚じゃないってのと、何かを探してるみたいなことが書かれてた」


 周りを気にしていたおじさんが、その言葉でぱっと俺を見た。


「手紙? 誰から?」


「名前は書いてなかった。父さんの字のような気もしたけど分からない。探してる何かって何?」


「多分、グラハムファミリーから盗み出したものだ。二人は優秀だったから何かを盗み出したんだろう。今街で起こっている争いも、大部分はその何かを探す為のものだ。いや、街全体がそうと知らずその何かを探している」


 言いながらもおじさんは何度も空を見やった。


「手紙の件は分かった。直接襲ってこない以上、とりあえずの危険はないと思う。話はここまでだ。ここはどうにかするからこの場で待機して。静かになったら一人で競龍場に帰るんだ。分かったかい?」


 俺は考えるより先に頷いていた。


 俺の事情を知るただ一人の人間。頼れる唯一の大人。知らず知らずの内に喉から手が出るように、俺はおじさんの手を掴もうとしていた。


 その時、おじさんが振り返った。

 俺が伸ばした手が左の袖に触れる。おじさんは隻腕でそこに腕は通っていない。空の袖を撫でるように俺の手が下がっていく。


 目の前が暗くなる。目の前にいたカイチおじさんが一気に遠くに離れていく。


「大丈夫」


 そう言って、おじさんが下がっていく俺の手を取った。


「この一件は私が解決する。隊長がこの街に来ている関係で、副隊長の私は王都で仕事をしないといけないからすぐにとはいかないけど。それでも絶対に解決する。だから君は自分のしたいことをすればいい」


 胸の奥がじんわり温かくなる。俺はなんとかおじさんに答えようとした。しかしどうして声が出ず、ただただ頷くことしかできなかった。




 シイナは自室の椅子に座って、机の上に広げた宛名のない手紙を見つめた。


 しばらく会えない。例の物は誰にも渡すな。カイチは親戚ではない。信用するな。


 兄エイシロウは両親は既に死んでおり、この手紙は罠だとした。それはシイナも頭の片隅で考慮している。

 しかしもし、両親が生きていて家族とすら会えない状況にあるのなら、助けてあげたいと心の底から強く思う。


「……少なくても危険はない」


 シイナは呟き、手紙に書かれた字をなぞる。


 父親の字のように見えるが確証はない。仮に偽物であったとしても、手紙での接触に留めているのは現状シイナやエイシロウを害する予定がないという証拠だ。


「……誰が届けたのか、それが問題なんだけど」


 両親が書いた本物だとしても、会えないのなら誰かに手紙を出させた。偽物なら偽物で、両親がどのような状況に置かれているか知っているだろう。それが手がかりだ。


 エイシロウがこれを偽物と断定している以上、頼りにしたくても頼りにならない。まだ生きている両親を助けられるのは自分だけだ。


 シイナは覚悟を決め、手紙を届けた相手を探し始めた。


 ところがそれらしい人間は一向に見つからなかった。

 シイナが住む社宅は周囲を塀に囲まれ、入り口には警備員が一日中控えている。人通りもそれなりに多い場所で侵入は現実的ではなく、社宅に住んでいる同僚が誰かに頼まれたという線もなかった。


 まるで神の加護でも使ったような痕跡の無さだ。


 街では二つの組織による戦争が起き、支部長のリュドミーナから外出は控えるよう全職員に指示が回った。仕事で外出する際にも常にジガンシン商会が雇った警備員が着いて回り、調査の継続は日に日に難しくなっていった。


 そんな時、また手紙が届いた。書いてある字は父親の字に似ているが内容は違った。


 一人で来い。


 それに加えて日時と待ち合わせ場所だけが簡潔に書かれている。急いで手紙を届けた相手を探したが、やはり尻尾すらも掴めなかった。


 会うか会わないか。シイナが悩んだのは一瞬だった。


 ここまで手がかりが無ければ会うしかない。今まで強硬な手段に出ていないのなら、ある程度は話が通じる相手のはずだ。

 シイナはいざという時に備えて自室に手紙を残し、待ち合わせ場所に向かった。


 メインストリートの隣道にあるそこそこ上等な宿の一室を訪ねると、一人の男が待っていた。


「初めましてシイナさん。お母さんに良く似ているね」


 歳はシイナの父親より少し若い。全体としては落ち着いた服装をしているが、ワンポイントに極彩色が入っている。普段商売に携わっているシイナにはそれが貴族向けの高級品だと一目で分かった。


「私はヒヨシ・ツキオミ。武の名門ヒヨシ家の四男にして、リントウ帝国財務大臣私設の諜報部隊の隊長を務めている。君の両親は私の部下だった」


 目付きや顔立ちは一様に鋭く、表情にも自信が溢れている。男にしては長めの髪は整えられ、神経質そうな様子が見え隠れしていた。


「……あの手紙はどういう意味ですか?」

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