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第21話

「クズの兄弟で金を積まれればなんでもするような連中だった。金庫番の死体があった場所からそう遠くない街外れで綺麗に喉切られてたってさ」


 黒幕はミヨシ会なのか。それが問題だ。


 ミヨシ会の仕業なら戦争を避けようと隠蔽工作をするのは理解できるけど、結局戦争は起きてしまった。それもループホールはまともに調べもせず報復した。


 違和感はある。

 きな臭さはさらに強くなった。


「そう言えば、金庫番なら金庫の中身はどうなったんだ?」


「それなら俺も気になってな、昨日一緒に聞いておいたぜ。ごっそりいかれてたってよ。で、中にはかなり珍しいものもあって、それをミヨシ会の連中が持ってたらしい。一応それが戦争の切っ掛けみたいだ」


 杜撰、というより辻褄が合わない。

 金庫番を攫った時は隠蔽工作をしているのに、盗んだ金庫の中身を持っているところをあっさり見られている。


「血の量多くないか?」


 不意に、レイジがそんなことを言った。

 俺は足元に広がる乾いた血の跡を見下ろした。床一面を埋め尽くすほど広範囲の血溜まりだ。見慣れない俺でも一目で致死量だと分かる。


「殺されたんだから当たり前だろ?」


「馬鹿、違うって。多分これ二人分の血だ」


 言っている意味が分からない。それが顔に出ていたんだろう。レイジが軽く溜息を吐いて捲し立てた。


「聞き込みを思い出せよ。暴れたような音は聞こえたけど、声が聞こえたとは誰も言ってなかっただろうが。チンピラ風情の殺しがそんなに手際いいわけねえだろ」


 ようやく俺も気付いた。


「攫ったんじゃなく、死体を運び出しただけってわけか」


 でも何の為に。いや、それ以上に強烈に感じるのは作為だ。


 おそらく金庫番の家に侵入したのは一回ではなく二回だ。

 一回目は金庫番とその愛人を殺害し、金庫の中身だけを持ち去った。それから素人のチンピラを家に向かわせて杜撰な隠蔽工作を行った後、金庫番の死体を運ばせ、最後にチンピラを口封じに殺した。


 ミヨシ会の仕業なら、徹底的に隠蔽するか大々的に証拠を残すかのどちらかだろう。つまり、金庫番を殺したのは第三者だ。


 そしてその目的は、ループホールとミヨシ会を争わせること。

 かなり俺の妄想は入っているけど、一度頭に浮かぶとそうとしか思えなかった。


 レイジにそれを伝えようとした時、玄関扉のドアノブが回る音がした。


 俺とレイジは顔を見合わせた。レイジが玄関の間反対に顎をしゃくる。


「裏口がある」


 足音を殺して慎重に歩く余裕はない。俺たちは急いで裏口に向かった。玄関の物音が激しくなる。すぐに足音が追ってきた。


 レイジが物置の壁を蹴り飛ばす。地下に続く階段が現れた。

 短い階段だ。すぐ先から光が差し込んでいる。俺たちはその天井部分を持ち上げて、勢いのまま外に飛び出した。


 後ろから怒声が聞こえる。俺たちは一瞬目を合わせて同じ方向に走ろうとする。


 片足が動かなかった。


 こける。地面が近づいてくる。寸前で手を着いた。足首を見ようとして、レイジが俺と同じような状況になっているのに気付いた。足首に絡まっているのは地面から生えた植物のツタだ。


 神の加護か。


 やられた。動かそうとしても鉄みたいにびくともしない。


「ここで何をしていた?」


 その男の声は、懐かしい響きを持っていた。純粋なリントウ帝国の喋りだ。神の加護を使えることといい、こいつが例の財務大臣私設の諜報部隊か。

 巫覡ということは当然、こいつも貴族なんだろう。見た目こそ身綺麗な中年でしかないけど、その表情は尊大さに溢れていた。


「遅いぞ」


 中年の男がそう言うと、地下からもう一人──若い男が慌てたように出てきた。その間にもツタは俺たちの躰を這うように成長し、両手両足を縛って締め上げる。


「すみません。後は私に任せてください」


 若い男が頭を下げると、巫覡の男は目も合わせずに周囲を見回した。


「何をしていたか聞き出せ。私はこいつらの仲間がいないか探してこよう」


「お気を付けを」


 巫覡の男が離れても、手足を縛るツタは緩まなかった。鉄並みの頑丈さを持つこのツタを自力で千切るのは無理そうだ。

 

 俺とレイジは縛られた両足でジャンプしながら金庫番の家に連れ戻され、階段を上がってすぐの寝室に座らせられた。


「お前たちは誰だ?」


「ここの殺された家主の仲間だよ」


 レイジが答えた。こういう状況はレイジの方が慣れているはずだ。対応はレイジに任せて俺は頭を働かせる。


 逃げる方法はある。腕力でツタは切れなくても俺の貧弱な神の加護で焼けばいい。後は自衛用に持っているナイフでレイジのツタを切れば自由の身だ。


 ただ、すぐには動けない。


 諜報部隊が何事もなく俺たちを解放する芽は残っている。それなのにイチかバチかの行動に移るのは馬鹿のすることだ。

 しかし容赦なく俺たちを縛るツタは手首と足首に容赦なく食い込み、指先から少しずつ血の気が遠のいている。猶予はあまりなかった。


「仲間の家掃除しにきただけだ。疑うんだったらループホールに聞いてみろよ」


「嘘を吐くな!」


 レイジが顔を蹴られた。俺にぶつかって俺ごと床に倒れ込む。躰を起こそうとして、倒れたままのレイジの耳がすぐ近くに見えた。


「時間を稼げ」


 囁き、俺は何事もなかったように姿勢を戻した。レイジはいつまで経っても起き上がらない。若い男が業を煮やしたように、レイジの髪を掴んで引き起こした。


「狸寝入りしやがって。仲間は他にいるのか?」


 問題は、目の前にいる若い男が巫覡かどうかだ。


 巫覡ならそこで終わりだ。どれだけ運がよくても俺かレイジ、どちらかは殺される。

 しかしさっきの中年の男との上下関係を見るに、目の前の若い男はただの部下ではなく格下として扱われていたような気がする。それが普通の人間の証拠なら、俺たちはなんとか逃げられる。


「知らねえって。俺たち二人は雑用任された下っ端だ。ミヨシ会が襲ってきたのかと思って逃げただけだって」


 レイジが殴られる。口から飛んだ唾液交じりの血が、俺の太腿に張り付いた。ぐずぐずしていれば巫覡の男が戻ってくる。レイジに任せるのは色々と限界だ。


「本当だ」


 俺はできる限り焦った感じで言った。


「空き家をそのままにしておくのは勿体ないからって言われただけなんだ。それとも俺たちがそんな偉そうに見えるのかよ」


 言いながら若い男ににじり寄る。気付かれて蹴り飛ばされた。これで却って壁に近くなった。俺は壁に寄りかかるように起き上がり、壁を背にして座り直す。


「舐めるのも大概にしろよ」


 そう言って、若い男が懐からナイフを抜いた。見せつけるようにナイフを何度か持ち直し、刀身を俺の喉に押し当てる。


 ひやりとした感触──冷や汗がどっと流れた。


「こっちは一人殺してもいいんだぞ。掃除しにきただと? だったらなんで掃除道具の一つもないんだ、え?」


 咄嗟に突いた嘘が裏目に出た。

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