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第20話

「すみません! いるのは分かってるんです! 話だけでも聞いてくれませんか? 人助けだと思ってお願いしますよ! このままじゃ半殺しにされるんです!」


 適当なことを叫び、時にはドアノブを掴んで無理矢理にでも開けようとする。

 今頃はレイジが裏から侵入しているはずだ。あいつはそういったことだけはやたらと器用だった。


「静かにしてくれ!」


 ドアの向こうから男の声がした。怒りというより滅入ったような響きだ。


「よかった! ワインはお好きですか? このワインはランズダウンからわざわざ取り寄せた高級ワインで、この街ではうちでしか扱っておりません。今ここで試飲も可能ですがどうですか? 深みのある濃厚な味わいは、初めてワインを飲む方から飲み慣れた方まで多くの人を満足させますよ」


 俺は地面にワインボトルを叩きつけた。ガラス瓶が砕け散り、中身と一緒に軒先を汚して惨状を作り出す。


「ああ、ワインが」


 なんてことを言いながら、俺は軒先がいかに汚れたのかを謝りながら説明する。そうこうしていると、ドアの向こうで固い物がぶつかるような音が鳴った。


 玄関のドアが開き、上半身裸のレイジが顔を出した。その手には裾を縛って石を詰めたシャツを握っている。


「どこであんなセリフ覚えたんだよ」


「競龍学校時代の同期に酒屋の息子がいたんだよ。ずっとワインの文句言ってた」


 俺は家に入り、後頭部から血を流して倒れている男を見た。顔に贅肉がほとんどついていない割に恰幅が良すぎる。だぼついた服を着ているのも躰のラインを隠す為だろう。


 こいつがリントウ帝国の諜報部隊か。


「まだ生きてるな、縛ってから家の中を探そう。なるべく急いでな」


 この家は街の最初期からある古い木造建築だ。こういった家は大体、地下に隠し倉庫を備えている。

 俺たちは床を叩いて回って音の鳴り方が違う場所を見つけ、無事に隠し倉庫への入り口を見つけた。


 灯りを持って地下に降りる。レイジがやけに警戒していたけど、俺は気にせず先頭に立って階段を下りた。


「おい、仲間がまだいるかもしれないんだぞ」


「だったら居留守なんて使わないだろ。一人で監視してたんだよ」


 それで納得したのか、レイジが俺から燭台を奪って階段を駆け下りていった。


「兄貴! 生きてるな? 生きてるな!?」


 レイジの声が聞こえてくる。人質はレイジの婚約者の兄で当たりだったみたいだ。


「約束は覚えてるな、レイジ」


「分かってる。いいから解くの手伝ってくれ」


 人質の男は衰弱しきっていた。

 怪我らしい怪我は負っていないけど、随分とやつれて眼が虚ろになっている。神の加護を使った拷問を受けたのか、攫われてから数日にしては容体が悪すぎる。死にかけの病人みたいな有様だ。


 ともあれ、これでレイジの協力を得られた。




「結論から言うとな、ミヨシ会の金庫番を攫ったのは俺たちじゃないんだよ」


 レイジの婚約者の兄を連れ帰ってすぐ、俺たちはループホールの調査に向かった。しかし開幕レイジに言われたその言葉を、俺はすぐに呑み込めなかった。


「ならグラハムファミリーが攫ったのか?」


「それをひっくるめての俺たち。ミヨシ会の連中も俺たちが攫ったと思ってるみたいだけど濡れ衣だ。というか消えたのはグラハムファミリーが付く前だ。なんならあいつらも俺たちが攫ったと思ってたらしい。幹部が随分と問い詰められたってぼやいてたよ」


 なら誰が金庫番を攫ったのか。それとも金庫番がミヨシ会のボスの指示で周りには知らせず潜伏したのか。

 その予想を伝えるとレイジは肩を竦めた。


「俺も分かんねー。で、ここがループホールの金庫番の家」


 見た目は普通の民家だ。集合住宅ではなく一軒家な分、この街では上等だけど珍しくはない。


 中に入ると不自然に幅が狭い廊下が伸びていた。俺たちは壁に両肩を擦り付けるように歩き、廊下とは逆に広々とした居間に足を踏み入れた。


 猿が暴れたみたいな有様だった。家具や割れた食器が足の踏み場もないほど散乱し、床一面には乾いた血の跡が広がっている。


「愛人と二人で暮らしてたらしい。ここにあったのは愛人の死体だけだった」


 金庫番の死体が見つかったのは街の北西側にある森の入り口だったか。

 子供の時に遊んだからよく分かるけど、北西の森は他の方角と比べても圧倒的にひと気がない。そこで樹の幹に背中を持たれた状態で、拷問されたような形跡もなく綺麗な姿で死んでいたという。


「調査はしたのか?」


「いや、すぐに戦争が始まったからな。見ての通り死体を片付けただけでそれ以外は手付かずだ」


 まず気になるのは、散らかった部屋の割に壁が綺麗なことだ。

 猿が暴れたみたいなこの状態ならさぞ金庫番と揉みあったんだろう。でもそれなら壁の一部が凹んでいてもおかしくはないし、投げた物がぶつかったような痕跡があってもいい。


 血と割れた食器の関係も気になる。散らばった食器の破片にはほとんど血が付いてない。

 手に取ろうとすると微かな抵抗があって血の接着剤が剥がれ、裏返して初めてべっとりと付着した血が見て取れる。


 つまりこれは、血が広がった後に食器類が散乱したことを示している。


「揉めてないな、これ」


 俺がそう言うと、レイジが納得したように声を上げた。


「違和感はそれか。あっさり拉致したのを誤魔化そうとしたってことはプロの仕業か。いやそれもおかしいか」


 プロの仕業にしては誤魔化し方が杜撰だ。

 というより、なぜ誤魔化す。


 誤魔化すということは何かを隠したいということだ。俺にはこれで何かを誤魔化せているようには見えないし、わざわざこんなことをして何が誤魔化せるのかという疑問がある。


「ループホールはこれをミヨシ会の仕業って判断したんだよな。どこでそう判断したんだ?」


「さあ? 俺もそこまでは。元々揉めてたから切っ掛けでしかねえんじゃねえのか。俺が気付いた時にはもうリントウに向かう輸送隊を襲撃してたし、幹部の何人かが先走ったなんて話も聞いた。切っ掛けなんてもう誰も気にしてねえよ」


 つまり、戦争は突発的に始まった。戦争が始まる時なんてそんなものと言われればそうだけど、きな臭いものを感じてならない。


「お前はどう思う、レイジ。一連の流れすんなり呑み込めるか?」


「分かんねえよ。考えてもしかたねえし、攫うとこ見たやつ捜そうぜ」


 今はそれしかないか。俺たちは別れて話を聞いて回った。それっぽい音を聞いたやつは何人も見つかり、直接姿を見たやつも簡単に出てきた。


 二人組のチンピラ風の男たち。


 そいつらが夕方頃に金庫番を攫ったらしい。かなり派手に暴れたような音が続き、それが収まるとすぐに金庫番を背負って街から離れていったという。一人は足を引きずり、女のように長い髪をしていたという情報も入った。


「これだけ分かれば十分だ」

 レイジが言った。

「ループホールに顔が広い人がいる。その人なら知ってるかもな。明日の朝またこの家に来てくれ」


 俺はレイジに従った。翌朝になっても中の様子は変わっていない。少し待っていると、やってきたレイジが俺の顔を見るなり首を振った。


「殺されてた。多分、金庫番を攫ったすぐ後だな」


 口封じ。

 頭に浮かんだのはその言葉だった。

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