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第19話

「悪いけど無理だ。うちの爺さんの許可が出るまでよその龍には乗れないんだよ」


 咄嗟に出た嘘にしてはよくできていた。アンガスの爺さんなら余計なことは言わないし、いかにもそんなことを言いそうなタイプの偏屈ジジイだ。


「ああ、そう。なら仕方ないか。レイジにはそろそろちゃんとするよう言っといてくれる?」


「いいよ。右から左だろうけど」


 レイジの兄貴の笑い声を背に競龍場を出た。


 レイジはこの街によくいる若者の一人だ。

 俺が街を出る前から自警団の活動をしていたけど、寝床確保が理由でほとんどの時間はろくでもないことに手を染めていた。


 小さい頃はレイジと一緒に街を離れて森の奥に行き、他の子ども、特に孤児院に頼らない気合いの入った奴らと一緒に遊んだものだ。


 飯屋の二階にある自警団の詰所を訪ねると、賭博で盛り上がる連中の奥で我関せずに外の景色を眺めながらキセルをふかしているレイジを見つけた。


 横目で俺を見てくる他の奴らを無視して、レイジの隣で窓枠に片腕を乗せる。


「よう」


 俺がそう声を掛けると、レイジがゆっくり俺を見やった。


 最後に会ったのは俺が競龍学校に入る前だから三年以上も前か。大人びたのはお互い様だろうけど、レイジは生意気に口髭を生やしていた。昔は背も俺より小さかったのに、目線の高さが同じになっている。


「エイシロウか。久しぶりだな」


 そこから話が続かなかった。二人して外に眼を向け、後ろで聞こえる馬鹿騒ぎに耳を傾ける。


「兄貴がちゃんとしろってよ」


「余計なお世話だって言っといてくれ」


「まだループホールに関わってるのか?」


「俺の勝手だ。お前こそなんでこんなクソみたいな街に帰ってきた?」


 会話が途切れた。


 賭博の方は随分盛り上がっている。険悪な雰囲気もなく、仲間内で冗談を言い合って絶えず笑い声が上がっている。こんな空気に当てられるのはいつ以来か。


「俺は今、ランズダウンのマフィアに使われてる」


 レイジが鼻で笑った。


「俺と大差ないな」


「馬鹿、一緒にするな。ループホールのバックに着いてる組織だぞ。俺の方が上だ」


「クソミソじゃねえか。くっせえ争いだな」


 言いながらレイジが笑う。釣られて俺もちょっとだけ笑ってしまった。


「調子はどうだレイジ。俺は悪い」


「その殴られた顔見りゃ分かる。俺もだよ。ミヨシ会との戦争が始まって全部おかしくなった」


 レイジの横顔に影が過った。世間話の調子の割には実感が籠り過ぎている。


「組織には入ってないんだろ?」


「うるせえな。何しに来たんだよ」


 グラハムファミリーが支援するループホールの関係者に、真実を話すわけにはいか

ない。


「人探しだよ。仲間を殺した犯人を探すように言われた。ただ色々と障害があって困ってた。それでお前のことを思い出したってわけ」


「他を当たれ」


 珍しい断り方をされた。

 レイジは良くも悪くもはっきりした奴だ。こういう時はいつも分かったとかいいよとか、無理とか嫌とか、自分の意思を口にしていた。


「トラブルか?」


 レイジが言いよどむ。急がば回れだな、俺はそんなことを思いながらそれを切り出した。


「手伝うよ。その代わりに終わったらこっちを手伝ってくれ」


 はっとレイジが俺を見た。それで交渉成立を確信する。

 しかしレイジはなかなか本題を切り出さず、キセルで窓枠を叩いたり溜息を洩らしたり、急にもじもじと気味が悪くなった。


「殴るぞ、早く言え」


「……結婚しようと思ってる」


 一瞬、理解が遅れた。ややあって俺の口から変な声が漏れ、レイジの顔がほんのり赤くなった。


「それはいいんだよ」

 レイジは顔を隠すように俯いて話を続ける。

「相手の兄貴がループホールに入ってるんだけどな、最近行方が分からなくなった」


 行方不明のループホールの構成員。俺は被せ気味に声を出した。


「金庫番か?」


「いや下っ端」


 そんな都合が良いわけがないか。俺は気持ちを落ち着けて何事もなかったように続きを促した。


「多分、ミヨシ会に攫われた。女が心配してるし俺自身も世話になったからどうにかしてえんだけど、手掛かりらしい手がかりがなくて困ってる」


「全くってことはないだろ?」


「家の中にやたら成長した植物があった。勿論、観葉植物じゃねえ。神の加護の痕跡だ」


 攫ったのは巫覡だ。それもミヨシ会のバックにいる諜報部隊が攫ったと見て間違いない。それなら俺が持っているリストが役に立つ。


「俺に考えがある。でも今日は駄目だ。明日の朝、ここに集合しよう」


「助かる」


 レイジは文句すら言わずに俺の案を受け入れた。腹の底では藁にも縋る思いだったんだろう。


 俺は新リントウ区に移動して、クウスケの仲間と接触して簡単に事情を話した。これでレイジとこの地区をうろついても文句は言われない。


 翌朝、レイジと合流して新リントウ区に立ち入った。


「それなんだよ」


 レイジが俺が手にするガラス瓶に眼をくれる。


「ワインボトル。訪問営業のふりだよ」


「……まあお前に全部任せるよ」


 諜報部隊の可能性を残したのは二十人弱だ。かなり甘めにリストに残した分多くなったけど、それでも今日中に回れる人数だ。深入りはせず、回るだけ回って様子を見る。


「出たのが半数。好印象が二件。これでどうすんだ? 出なかった方は仕事だろうから夕方まで待つか?」


「いや、それらしいのは見つけた」


 途端、気怠そうにしていたレイジの眼が輝いた。


「どいつだ?」


「留守のくせに中から気配がした家があった。居留守使うってことは出られない理由があるってことだろ? 例えば攫った奴を見張る為、とかな」


 レイジが不敵に笑う。


「作戦は?」


「嘘猿作戦で」


「懐かし。よし、それで行こう」


 目的の家は新リントウ区ではなく、メインストリートからそう遠くない住宅地にあった。すぐ隣に家具や工芸品を扱う店が連なっている影響で職人が多く住み、昼間の人通りは極端に少ない。


 俺はワインボトル片手に玄関扉を叩いた。当然のように居留守を使われるけど、何度も扉を叩いて大声で家主を呼び続ける。


 嘘猿作戦は、子供だった俺たちが人攫いと戦う為に考えたものだ。


 街の北西部には特別背の高い森がある。

 そこに生える大木は木材として最適だけど、険しい斜面のせいで伐採が難しく、他に伐採に適した土地がいくらでもあるから放置されていた。


 傾斜こそきついけど木々が日光を遮っているせいか下草がほとんどなく、大木同士の間隔も広いから慣れると案外快適だ。樹上で入り組んだ太い枝は天然の遊具になり、木に登れない奴でも斜面を滑り降りるだけで遊びになる。


 そこに集まるのは子供だけだった。

 だからたまに、子供を狙った人攫いが現れる。


 人攫いが一人ならまだいいけど複数人となるとかなり厳しい。絶対に逃げきれない奴が出てくるし、真正面から戦うには大人たちは強すぎた。


 だから一人が枝に引っかけたロープを持って木から落ちて怪我をしたふりをする。


 そこに人攫いが近づいてくると、ロープの反対側を持った奴が木から飛び降りて人攫いを蹴ったり棒で殴ったりし、怪我をしたふりをした奴はロープに引っ張られて樹上に逃げる。


 それで今度は飛び降りた奴が狙われても、さっき樹上に逃げた奴が低い位置に行けばまたロープが引っ張られ、どっちも人攫いの手が届かない場所まで逃げられる。


 それを上手いこと人を変えたり人数を変えたりして重さを調整して繰り返し、人攫いを倒せれば良し、倒せなくても時間を稼いでいる間にどんくさい奴を逃がしていた。


 つまりは囮を使った攪乱だ。懐かしい思い出だった。


 俺はさらに力を入れ、ドアを乱暴に叩いた。

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