第18話
俺は、抵抗を止めた。
暴れても殺されるだけだ。馬乗りになったクウスケの顔はよく見えない。把握できている情報はないに等しい。それでも交渉で切り抜けるしかなかった。
「鎌掛けてるんならもういいだろ。俺はグラハムファミリーに命令されて人を探してるだけだ」
「幹部殺しの犯人だろ?」
クウスケの声色には余裕と含みがあった。
「……何がしたいんだよ、お前は」
「感謝してほしいんだよ。俺と会ってた言い訳ができて良かったな」
俺を殺しに来たわけじゃなさそうだ。思わず息が漏れる。しかしクウスケは俺の上から一向に退く気配はなく、跨ったまま俺を見下ろしていた。
「仕事の話か?」
「そういうこと。傷の一つでもねえと疑われた時困るだろ?」
顔の殴られた部分が熱を持っている。何日かは腫れたままだろう。殺されるよりマシとはいえ、殴り返せもせず、馬乗りになられたままの自分が情けなかった。
「受けるかどうかの答えはイエスだ。だから手短に済ませてくれ」
ふっとクウスケは微笑した。
「グラハムファミリーは目的があってこの街に来た。そして、それを防ごうとする組織がある。今はそいつらと争ってるんだよ。幹部を殺したのもそいつらだ」
「お前たちじゃないんだよな、その口ぶりだと」
「リントウ帝国財務大臣私設の諜報部隊だ。この街は知っての通り中立、どちらの国にも属さない。そこにランズダウンのマフィアが堂々と乗り込んできたから、迎撃する為に諜報部隊が動いたってわけだ」
面倒なことが起こってるな。俺はどこまでそれに巻き込まれたのか。いや、今まさに巻き込まれようとしているのか。
「諜報部隊はそれぞれ街に潜伏しててな、具体的に誰が殺したのかが問題だった。ただ、呑気に探す暇がなくなった。戦争が始まったんだよ」
競龍場で暮らしているとどうもその手の話は疎くなる。そんなドンパチが起こってるなんて初めて聞いた。
「と言っても直接じゃねえ、代理戦争だ。それぞれがこの街の組織を支援して戦わせてる。だからそっちに人手を取られてるってわけだな」
それで俺に調査を任せざるを得なくなったというわけか。
今思えば、最初断ったはずの八百長の手伝いをノアが持ちかけてきたのも、諜報部隊絡みで一時的な人手不足になったからか。
「てめえにはグラハムファミリーが支援するループホールって組織を調べてもらう」
思わず出そうになった舌打ちを堪える。
てっきりグラハムファミリーの内情を調べろという話だと思っていた。別の組織まで調べている暇なんか俺にはない。ただでさえ危険な橋を渡っているのに、グラハムファミリーの仕事をほっぽりだせばどんな目に遭うか。
想像したくもなかった。
「俺に死ねって言うのか?」
「俺に殺してくださいって言ってるのか?」
そう言ったクウスケの声は明るかった。でも冗談を言っているわけじゃない。本気は本気だ。今はまだ怒っていない、その程度の意味だ。
「てめえはさっき、仕事の話はイエスだと言った。男に二言はねえよな?」
言いながらクウスケが地面に刺したナイフを引き抜いた。分かっている。拒否を選べる自由なんてない。
「……二言なんてない」
喉の奥で笑うような声が返ってきた。暗くてはっきりしないけど、クウスケの表情は笑っていない。
「拗ねるなよ、仕事だって言ったろ。五十万ルーブル出してやる」
五十万ルーブル。
八百長を手伝った時の報酬がデカ過ぎたけど、五十万だって十分すぎるほどの大金だ。今の俺の固定収入は厩舎に所属してる分の給料とレースの出翔手当を合わせても月に10万ルーブルに届かない。
これはチャンスだ。自分自身に言い聞かせる。
「ループホールの何を調べるんだ?」
「金庫番だ」
言って、ようやくクウスケが俺の上から退いた。俺は急いで立ち上がり、クウスケから距離を取ってちらりと背後を確認する。
「代理戦争と言っても、グラハムファミリーと諜報部隊は後から乗っかったって形で、そもそも二つの組織──ループホールとミヨシ会が戦争してたんだよ」
ループホールもミヨシ会もそれぞれ隣の国から逃げてきてこの街に拠点を置いた犯罪組織だ。ループホールが禁制品の輸出入、ミヨシ会は人身売買が主だったか。元々扱ってる品物が一部被っていて、火種が燻っていた印象がある。
「始まりはループホールの金庫番が行方不明になったことだ。こいつは後々死体で発見されてる。その後、どこから情報を掴んだのかループホールが資金輸送中だったミヨシ会を襲撃した。ところがその最中、ミヨシ会の金庫番がこれまた行方不明になった。こっちはまだ見つかってねえ。とはいえ状況からしてループホールが攫ったはずだ」
要はぐちゃぐちゃ。多分、当人たちも今となってはなんで争ってるか理解してないだろう。馬鹿らしいけど、この街はそういう街だ。
「まあ戦争が始まったのはこういう経緯だ。てめえはその金庫番二人を調べろ。どっちもループホールを探れば分かるだろ」
「他には?」
「ない。報告があればこの地区に来い。それで伝わる」
見張ってるからノアの仕事は再開するな、ってところか。俺は了承して別れ、競龍場に戻った。
ループホールの調査は当然ノアは頼りにならない。別口を当たるべきだ。最初は全く手がかりがなかったけど、クウスケと話している間に思い出した。
昔馴染みのやつがループホールに入り浸っていた。今はどこで何をしているかは知らないけど、その兄が競龍場で厩務員として働いている。兄弟仲は悪くなかったはずだから居場所を知っているだろう。
目当ての厩舎に向かった。そいつは眼が合うなり盛大に噴き出した。
「顔おもしろ!」
そういえばこういう人だった。俺が呆れていると、そいつは笑いながらも片手を上げた。
「ごめんごめん。エイシロウくん、で合ってるよね?」
「どうも。レイジに会いたいんだけどどこにいる?」
厩舎の前を掃除中だったレイジの兄貴はようやく笑いを止めてから、わざとらしく嫌そうな顔をした。
「前と一緒。自警団の詰所に行けば会えると思うよ」
相変わらずろくでなしか。俺にとっちゃ好都合だ。
「それよりエイシロウくん、この前の最低人気で勝ったレース、あれ良かったよ。色々とあったのは聞いてるけど、やっぱりリントウの競龍学校に通ってた人は違うね」
世間話に付き合っている暇はないけど無碍にするのも気が引けた。
「たまたまですよ」
「またまた。やっぱり地力が違うんだよ。あ、だったらってわけでもないけど頼んでもいいかな?」
「急ぎなんてちょっと」
「いやいや騎乗依頼だよ。うちの龍に乗ってくれない? 依頼してた騎手がついさっき八百長で処刑されてさ、捜してたんだよ」
気が重くなる。なんで今さらそんな運が回ってくるのか。騎手になりたての頃なら即答で承諾していただろう。断ろうとすると、レイジの兄貴が興奮ぎみに遮ってきた。
「そういえば最近この街に来た騎手、ユノちゃん。たしかエイシロウくんと同期なんだって? 彼女もそのレースに出るんだよ。勝ちまくってるし、知り合いの騎手なんかもみんな上手いって褒めまくってる」
また、ユノと同じレースに出る。
想像するだけで視界が黒く染まった。
俺の理解が及ばない騎乗レベルのユノと同じレースに出たところで、自分の惨めさを再び味わうだけだ。




