第17話
シイナがジガンシン商会に帰ってきたのは、三十分ごとに鳴る龍券販売の締め切りを知らせる鐘が二度鳴った頃合いだった。
リュドミーナが気を利かせて俺たちを事務室で二人きりにする。
「父さんと母さんから手紙が届いたのか?」
俺がそう切り出すと、シイナは目を丸くして見たことのある手紙を出してきた。
「お兄ちゃんのところにも?」
「しばらく会えない、例の物は誰にも渡すな、だったかな。差出人の名前は書いてなかったけど」
「なんで黙ってたの?」
シイナの眉が少しだけ逆立っている。怒っている理由が俺には理解できなかった。
「嘘に決まってる。手紙が出せるなら直接会いに来いって話だろ? 嘘臭いんだよ何もかも」
「誰かに頼んだのかもしれないでしょ?」
俺は溜息を吐いた。
「そもそも二人とも死んでる。字だって似てるような気はするけど、プロに本気出されたら俺たちに区別なんてつかない」
そこで、シイナがにやっと笑った。
「つまりお兄ちゃんは、お父さんとお母さんが危険なことに巻き込まれたっていうのは認めるんだよね?」
その通りだ。両親が生きているにしろ死んでいるにしろ、何かしらの事件に巻き込まれたのは疑いようがない。
「お兄ちゃんは例の物っていうのが何か分かる?」
「全く」
例の物。両親はそれが原因で事件に巻き込まれた。
仮に二人が生きているとするなら、俺はその例の物を知っているということになる。だけどそんなものは見当もつかない。
「遺品整理の時に間違って捨てたとかない?」
そんな貴重な物があれば売って借金返済の足しにしている。まともに売れたのなんて家財道具ぐらいだった。勿論、ヘソクリがないか隅々まで探した上で売り払った。
俺が首を振ると、シイナは小さく唸り声を洩らして俯いた。
「家族しか知らない隠し場所、なんて知らないよね?」
「聞いたこともない」
無言が続く。
シイナは例の物が存在していると考えているみたいだけど、ここまで手応えがないとやっぱり手紙そのものが罠だと考える方が妥当だ。
例の物というのも、俺たちの動きを見たいが為に鎌をかけたと解釈するべきだろう。
「とりあえずこれ見て」
シイナが手紙を開いた。
「お兄ちゃんの手紙にはなかったことが書いてある」
受け取って中を読む。こっちも短い文章で、見た覚えがあるような字だ。
しばらく会えない。例の物は誰にも渡すな。そう書かれた後に一行だけ付け加えられている。
カイチは親戚ではない。信用するな。
「どう思う?」
聞かれても困る。カイチおじさんは母さんの従弟だ。そう説明したのは当の母さんだった。確かに顔は似ていないけど、性別の違う従弟なんてそんなものだろう。
「信用するなの意味が分からないな。本当に親戚じゃなかったとしても母さん公認の嘘だろ?」
「何か隠してたんじゃない? それこそ例の物絡みで。ほら思い出してみてよ。カイチおじさんがこの前会いに来た時、お父さんとお母さんから何か預かってないかって聞かれなかった?」
背筋に寒気が走った。
「聞かれた。おじさんも例の物を探してる?」
「探さないと」
俺は反射的にシイナを睨んでいた。
「駄目だ」
「見つけられれば交渉に使えるかもしれないのに?」
「殺されて奪われて終わりだ。俺たちも例の物なんて知らない、そう貫くのが一番丸い。父さんと母さんは事件に巻き込まれて死んだ。それで終わり、続きなんてないんだよ」
シイナが睨み返してくる。眼尻に涙を滲ませて、それでも意思の強い視線を飛ばしてくる。
「私たちが力不足なのは分かってる。でも二人を助けられるのは私たちしかいないんだよ!?」
「力不足、それが答えだ。自分の身を守れない奴に人助けする資格なんてない」
両親が生きていて欲しいというシイナの気持ちは痛いほど分かる。
生きてさえいれば、俺の置かれた状況は根底から覆る。馬鹿みたいにグラハムファミリーや会長の孤児の言いなりになる必要もない。全ての苦労から解放される。
ただ、そんなものは幻想だ。
「父さんと母さんは死んだ。手紙のことは忘れろ」
薄情、そう言いたげな眼でシイナが俺を見つめている。それでも口に出しはしない。眼だけで文句を言い、両手を握りしめて感情を押し殺す。
それでいい。事件に巻き込まれたのは俺も同じだ。悠長に両親が巻き込まれた事件のことなんか調べていられない。
「俺はもう行く。余計なことするなよ」
返事はなかったけど、俺は構わずジガンシン商会を後にした。
最近この街に来たリントウ帝国の人間を纏めたリストを手に町中を歩き回った。
相手が巫覡となれば貴族に連なる人間で、育ちからして庶民とは違う。これだけ分かっていれば少し観察しただけで判断できる。しかもよそから流れ着く地区はだいたい決まっている。
リントウの人間なら街の西側にある新リントウ区と呼ばれる地区だ。
何人か判断に迷うやつはいたけど、チェックだけして無理せず他を当たった。
そうして二日で大部分を調べ上げ、本格的な調査は明日に回して競龍場に戻ろうとする。
衝撃が、横から突っ込んできた。
転がりながら体勢を取り戻す。路地裏に押し込まれた。気付いた時には前後を塞がれていた。
「よう、元気してるか」
クウスケの声だ。夕方の路地裏では暗くて顔が判然としない。俺は眼を凝らしてようやくクウスケだと認め、安堵と警戒がない交ぜになった不思議な感覚を味わった。
「何の用だよ」
路地裏の前後の入り口はクウスケの仲間が立っている。こうなるのは二度目だ。一度目はクウスケの仲間の指輪を売った時。
まさか、その仲間を殺したのが俺だとバレたのか。
「……俺が何かしたか?」
蹴り。
暗さもあって反応できなかった。胸を蹴られて上体が浮く。そこに、クウスケが突っ込んできた。勢いのままに押し倒され、仰向けの状態で上を取られた。
口を開こうとして顔を殴られた。手で庇おうとして殴打が止む。
瞬間、首の横に何かが降ってきた。地面に何かが刺さった音がする。ひやりとした感触が首筋に当たった。
ナイフ。
汗が噴き出す。背中が一気に蒸し上がる。




