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第16話

 休憩室に戻って茫然としていると、ノアがどこか思いつめたような顔で入ってきた。


「お前さ、また仕事する気あるか?」


 考えるまでもなかった。椅子から飛び起きて即答すると、ノアはさりげなく周囲に眼を配ってから口を開く。


「この前、身内が殺された。調査の途中で分かるだろうから言うけどな、幹部の一人だ。その犯人をお前が探せ」


「手がかりはあるんですか?」


「その幹部は『シャーマン』だ。リントウだと巫覡って言うんだっけ。まあとにかく普通の人間がどうこうできる相手じゃない。つまり殺したのも同じタイプの人間だ。俺たちは特別としてシャーマンってのは全員ボンボンだ。身なりで大体は分かる」


 確かに貴族と平民なんて見れば分かる。それもこの街にいるならなおさらその存在は浮き上がる。いくら隠したって根本的な育ちが違うんだから否が応でも目立って仕方がない。


「それと多分、そいつはリントウの人間だ。それも最近、この街に来た奴だ」


 それだけ分かればすぐに見つかりそうなものだけど、ノアは俺に探させようとしている。その理由がいまいち理解できない。


「……探すだけでいいんですよね?」


「当たり前だ」

 ノアが歯を剥いた。途端その眼が爛々とし、俺を上から見下ろしてくる。

「殺すのは俺たちだ。余計なことはするな」


 俺はほっとしていた。危険には違いなくても命のやり取りをするわけじゃない。


「分かりました。今から行ってきます」


 そう言って俺が休憩室を出ようとすると、ノアに呼び止められた。


「待て、情報屋がリストを作ってる。ジガンシン商会に行ってこれを渡せ」


 封蝋が押された手紙を受け取った。この街で育っただけで裏側全部を知ってるわけじゃないけど、情報屋なんて初めて聞いた。しかもシイナの勤め先でもあるジガンシン商会と関係がある。


 訝しんでも始まらないか。

 俺は言われた通りジガンシン商会に行き、店の隅でぽつんと座って店内を眺めている背の高い女に手紙を渡す。女は中を検めると、俺を奥の事務室に案内して何枚かの紙を渡してきた。


「これがリストです。グラハムファミリーがこの街に来た頃から今に至るまでの間、この街に新たに移住してきたリントウ帝国の方の名前と住所、全てが書かれています」


 軽く目を通す。百人は優に超えているけど、探せない人数ってほどでもない。俺は紙を折って懐に仕舞い、背の高い女を見た。


 肌は病的に白く、それでいて躰は健康そのもので手足は長く胸も大きい。手入れが行き届いた金髪に高そうな髪留め、服にも金糸や銀糸が隠すように織り込まれている。

 一つ一つの要素を取れば高級売春婦そのものなのに、そうは思わせない品のようなものがある女だ。


「シイナは情報屋のことを知ってるのか?」


 少しの間が開き、女は手を差し出した。その仕草もどこかしなをつくったような感じだ。


「初めましてエイシロウさん。支店長のリュドミーナです。どうぞよろしくお願いしますね」


 握手に応えると、リュドミーナは椅子に座るよう促してきた。俺が断るとリュドミーナも立ったまま話を再開する。


「この件を知るのはジガンシン商会の中でも一部の人間だけです。エイシロウさんはこの商会がリントウでもランズダウンでもなく、クロパトキン帝国に本部があることはご存知ですよね?」


「勿論」


 この街はリントウ帝国とランズダウン帝国の緩衝地帯の山間にあり、だからこそ交通の便が悪い。そこで登場するのがその二国に隣接するクロパトキン帝国だ。

 

 クロパトキン帝国はこの街と隣接してはいないけど、距離が長くとも尾根伝いに緩やかな道が繋がっており、それがこの街唯一の交易路になっている。


 その為、開拓者の影響でリントウ帝国寄りの文化を持つこの街ではあるけど、流通している貨幣はクロパトキン帝国のルーブルになっている。


 そして、この街に数あるクロパトキン系の商会の中でもジガンシン商会は一、二を争うほどでかい。そんなものはこの街の人間なら誰でも知っている。


「言わば、我々は中立なのです。ですからそれを利用して情報屋の真似事をしているわけですね」


 小遣い稼ぎ、そんなわけはないか。商会ぐるみの、もしかするともっと上からの命令で行っているのかもしれない。


「誰にでも、秘密はあるということですよ」


 リュドミーナが意味深ににやりと笑う。微かな不快感が背筋を這い回った。


「俺を強請る気か?」


 途端、リュドミーナが慌てて手を振って苦笑を洩らした。


「勘違いさせてごめんなさい。ジガンシン商会は創業以来、従業員第一で通しております。ましてその家族を強請るつもりは毛頭ありません」


「どうだかな」


「本当です。というよりこれは老婆心ですね」


 そこでリュドミーナは一度口をつぐみ、「まだまだ若いですよ」と舌先を出して艶っぽく笑った。俺が何も答えないでいると、リュドミーナは何事もなかったように話を再開する。


「エイシロウさんがグラハムファミリーに従っている理由は、おそらく借金でしょう。余計なお世話なのは重々承知していますけど、シイナさんに正直に打ち明けるべきではありません? おそらく伏せているのでしょう?」


 本当に余計なお世話だ。


 借金は俺一人でどうにかする。この街に帰ってきてノミ屋から借金の存在を知らされた時、そう心に誓った。今更になってひっくり返す気はない。


「分かってるなら口出してくるなよ。それとシイナには言うなよ」


 すっとリュドミーナの表情が冷やかになり、お節介焼きから仕事人のものに変わった。


「分かりました。私も商人の端くれですから顧客の情報をみだりに伝えはしません。例えそれが身内であってもです」


 信じるしかない。リュドミーナは敵じゃないんだ。バラされたらバラされたでその時のことはその時考えればいい。


「それと今は会いたくないでしょうけど、シイナさんがエイシロウさんを探しているようでしたよ。ここで待ってはいかが?」


「断る」


 それだけ言って事務室を出ようとドアノブに手を伸ばすと、背中越しにリュドミーナの和らいだ声が掛かった。


「手紙か何かを持っていましたよ。競龍場への納品があって抜けられませんでしたけど焦っているように見えました。それでも無視します?」


 手紙。それで思い出す。

 何日か前に、両親が送ったとも取れる手紙が俺の元にも届いた。シイナが手にした手紙もそれと同じか。


 あれは絶対に両親ではなく、両親を騙った何者かによる罠だ。


「分かった。待つよ」

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