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第13話

 濃厚な血の臭いを感じながら商品の山を抜けた。


 ノア以外の奴らが血だまりに倒れていた。死体には何本もの剣が刺さり、他にも大量の剣がそこここに散らばっている。どれもデザイン性は皆無で尖った鉄の棒に近い。神の加護で作った剣だろう。


「よう、終わったぜ」


 そう呑気に言ったノアは、死体から奪った服で風呂上りみたいに上半身に付いた血を拭っていた。その鍛え上げられた馬鹿デカい躰には傷一つない。


 文句ない完勝だ。

 しかも僅かな時間で全員倒してしまった。心配は完全に無駄だった。持っていた棒切れが俺の手から離れて落下する。


「死体はあとで処分させる。そのままでいいからな」


 夥しい血──転がる腕や頭──思い出したように背筋が寒くなった。鳩尾の辺りが重くなり、足元は浮遊感にも似た感覚に襲われる。そんな俺をノアが見ていた。


「これか?」

 ノアが自分の裸体を見下ろした。

「アースゴッデスは淫乱でな。まあ世の中に沢山ある知らなくていいやつだ、深くは聞くな。俺はこれからサミュエルに揺さぶりを掛ける。お前も早く帰れよ」


 ノアは着てきたであろう服を肩に掛け、俺が入ってきた通用口から出ていった。


 俺は死体を見やる。八百長の為に、俺が立てた作戦で殺された連中だ。団長だけならまだしも、六人も巻き添えになって殺された。


 俺が殺したようなものだ。

 ただ、直接手は掛けていない。殺したのはノアだ。

 それに何の違いがある。意味の無い問答が頭の中で繰り返された。


 血だまりに俺の姿が輪郭だけ映っている。問いかけてくるのはその俺か。血だまりを見つめても映る姿はぼんやりとしたままで、口元すら碌に反射していない。ただの見間違えだ。血だまりから視線を上げる。


 そこで気付く。

 死体が一つ足りない。血の跡が通用口に伸びている。


 俺は、脚元にあった鉄の棒みたいな剣を手に取っていた。血の跡を追う。商品を入れた箱に血の手形が着いている。通用口から外に出た。


 いた。壁に躰を預けながら逃げている奴がいる。


「兄貴! どこにいるんですか!?」


 団長を探す声が聞こえた。事前に団長が呼んでいた増援だ。もうここまで来たのか。合流されたら終わりだ。八百長は失敗する。その前に俺が殺される。


 思考が巡る。全てが上滑りする。焦り──恐怖──手に持った剣の存在を思い出す。


 躰が勝手に動いていた。


 逃げようとする奴に追いつき、後ろから後頭部をぶん殴った。絶対に生かしてはおけない。その思いだけが躰を突き動かし、何度も何度も頭に剣を振り下ろした。


 我に返る。団長を探す声が近づいている。俺は逃げた。すぐ傍の森に入り、とにかく倉庫から離れようと一直線に走った。息が切れても脚が止まらない。口の中が乾いて喉が痛かった。


 足がもつれた。躰が宙に浮き、地面に叩きつけられるようにすっ転ぶ。


 ようやく躰が止まってくれた。


 正真正銘、俺は人を殺した。あの時、グラハムファミリーのボスに強要されたのとは違う。自分の命を守る為ではなく、八百長を成功させる為に人を殺した。


 自覚すると一気に視界が暗くなった。燃え尽きたように頭も回らない。心臓の音だけが、躰の内側からバカみたいにうるさく聞こえていた。


 少し休んで力が戻ってきた。身じろぎをして仰向けになる。枝葉の隙間に見える空は、夏の分厚い雲より遥かに暗かった。




 無事、サミュエルは八百長に手を染めた。


 俺ももう進むしかない。大金を稼ぐ──それ以外に気を回す必要はない。相手がグラハムファミリーであろうがクウスケだろうが、貰うべきものはちゃんと貰う。


 八百長を見届けた俺とノアは厩舎横の休憩室に戻り、交渉に入った。


「エイシロウ、今回はお前のお蔭だ」


 ノアが机に金をばら撒いた。金貨と銀貨が散乱し、何枚か床に落ちて甲高い音を立てる。俺もノアもその程度の金には見向きもしない。


「三百万ある。受け取りな」


 前に受け取った報酬と合わせて四百万ルーブルだ。これならクウスケに脅された三百万を払ってもお釣りが出る。でも、この程度で満足していいわけがない。


「始める前にノアさんが言ったこと、覚えてますか?」


 俺がすんなり受け入れると思っていたんだろう。腰を浮かしかけたノアが、眉間に皺を寄せて再び着座した。


「報酬は百万、仕事次第じゃ十倍出す、そう俺は言ったっけ。つまり最初の三倍も出してる」


「作戦を立てたのは俺です。ノアさんが仕留め損ねて──」


 ──小さな舌打ちが聞こえた。脅してるわけじゃない。ノアは自分自身の不手際に苛立っただけだ。俺は表情を変えずに続ける。


「逃げた奴も俺が殺した。この八百長でいくら儲けたんですか? 億単位はいってるはずですよ。だったら三百万なんてはした金でしょう」


 ノアが両足を机の上、金貨の上に躊躇なく置いた。拍子にさらに多くの金が机から零れ落ち、一枚はどこまでも床を転がっていく。


「いくら欲しい?」


 迷う。一千万なんて吹っかけたらぶっ飛ばされて終わりだ。成果は主張しても調子に乗ってはいけない。


「……五百万。それぐらいの仕事はしたはずです」


 最近は少しずつ暑くなってきた。高山地帯だから平地に比べればまだまだ涼しく、ピークでもそう暑くはならない。それなのに、俺の服は川に飛び込んだみたいにずぶ濡れになっていた。


 ノアは何も言わない。ただじっと俺を見つめてくる。


「エイシロウ、仕事したのはほとんど俺だ。自警団のボスを殺したのも、サミュエルを脅したのも、娘を見張ってたのも、全部俺だ」


 その目付きが変わる。俺を一直線に睨んでくる。


 思わず訂正しそうになる。太腿に爪を立てて堪えた。ここで引けばノアに悪印象を与えただけで終わる。俺は少し前かがみになってノアに顔を近づけた。


「それならノアさんが俺以上に分け前を貰えばいいじゃないですか。全員でハッピーになりましょうよ」

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