表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/39

第12話

 物音が鳴った。


 小さな音だが、連夜続くその音は男を浅い眠りから覚ますには十分だった。男は近づいてくる足音に耳を澄まし、暗闇に眼を凝らした。微かに人影が見える。


 ベッドから飛び起き、人影に殴りかかった。

 男、やせ細った躰、拳の感触で人影の正体を掴んでいき、動かなくなるまで殴り続けた。


「またなのダーリン?」


 女の寝ぼけた声が背後から聞こえ、男は振り返った。


「またいつもの強盗だよハニー。もう倒したから心配しないで」


 出所不明の噂のせいだった。


 治安維持活動で押収した金品が自警団のボスの家に大量に眠っている。

 そんな噂が強盗の間で流行していた。それも運が悪いことに新しくできた質屋が高価買取を行っているせいで押し入ってくる連中が後を絶たず、毎晩のように眠りを妨げられていた。


「……あたしもそう言ったの」


 女の声がいつもより低かった。男は動かなくなった強盗を隣の部屋に投げ捨てて、急いで燭台に火を点けた。ベッドから上体を起こして俯いている女の隣に戻り、肩を抱いて囁きかける。


「親父さんから戻るように言われたのかい?」


「ダーリンのことは信じてるの。それでもパパがこの前うちに来た時、騒ぎが起きてダーリン離れたでしょ? その時うっかり喋っちゃって。そしたら競龍場に戻って来いって」


 男は女の肩をさすり、しばらく口を閉ざした。


「俺ならハニーのことを守れる。でも親父さんが心配するなら家に帰った方が良い。俺たちは離れ離れになるけどちょっとの我慢だ」


「ダーリンはそれでいいの?」


 男にとって、それは苦渋の決断だった。


 自分の女すら守れず実家に帰した。それを敗北と言わずなんと言う。ただ、自分が敗北を受け入れるだけで女の家族の心配が消えるのなら受けいれるしかない。


「一人しかいない家族を心配させちゃ駄目だ」


「……うん、わかった」


 男は女の頬にキスをしてからベッドに寝かせ、投げ捨てた強盗を家から蹴り出すべく隣の部屋に向かった。


 翌日、二人は昼になってから家を出た。


「競龍場まで送っていくよハニー」


「ありがとうダーリン」


 手を繋いで歩いていく。また同棲できるようになったらしたいことを話していると、後ろから弟分の声が響いた。


「兄貴! ラリった奴が暴れてます! うちのもんが二人も怪我しました! 早く来てください!」


 男は声のした方に走り出そうとして、女と繋いだ手に力を入れた。


「行ってあげてダーリン。あたしは一人で大丈夫だから」


 迷い。連夜侵入してくる強盗たちに広がっている噂は偶発的なものなのか。

 男はどうにもそれに作為を感じてならなかった。しかし思い当たるのは自分に恨みを抱く何者かの存在ばかりで、女に危険はないと判断する。


「気を付けてハニー。落ち着いたらすぐに迎えに行くから」


 そう言って、男は女の手を離した。




「娘はまだ見つからないのか!?」


 中年の男──おそらくサミュエルの声が壁越しに響いた。近くに人はいないけど、俺は心配しているような表情を作り、声が漏れてくる厩舎横の家の陰に隠れて耳を澄ます。


「部下を総動員して探してます」


 自警団団長の声が聞こえる。何かがぶつかって割れるような音が鳴り、サミュエルの怒鳴り声が響いた。


 サミュエルの一人娘の誘拐には成功した。

 サミュエルは団長と共に娘の奪還に動き、五十人近くの人間が街中を走り回っている。こうなると娘が見つかるのは時間の問題だ。そして、戦力に劣る俺たちはあっさり娘を奪われる。


 団長を殺すしかなかった。


 頭である団長を殺せば、自警団とその他は烏合の衆だ。サミュエルの一人娘を探す理由はなくなりサミュエルは丸裸になる。あとはノアたちが娘を使って脅すだけだ。

 

 やがて揉め事が落ち着き、家から次々に人が出てきた。俺は団長の後を追い、厩舎から少し離れた頃合いに話しかけた。


「俺に手伝わせてくれ」


 俺とそう歳の変わらない団長は俺を疑わしそうに眺め、頬にできた真新しい小さな切り傷の血を指で拭った。


「どこの誰だ?」


「俺はアンガス厩舎所属の騎手だ。この前デビューしたばかりで知らないと思うけど」


「ああ、この前最低人気で勝った騎手か。そのレースの龍券買ってたから覚えてるよ。随分と損させられた」


 団長は形だけ笑みを作る。眼は笑っていない。怒っているのではなく、その余裕がないだけだろう。それでいて冗談めかす配慮がある。


 多分、良い奴だ。気分が悪くなった。


「盗み聞きするつもりはなかったんだ。でも随分と大声だったんで外まで声が聞こえて。サミュエル先生の娘さんが誘拐されたんだよな?」


 団長は俺から目を逸らし、溜息を吐いた。


「そうだ」


「俺に手伝わせてくれ。俺はこの街で生まれ育って、サミュエル先生が育てた龍のレースは何度も見て、何度も感動させられた。先生が困ってるなら力になりたい」


 団長が手を差し伸べてきた。


「こっちこそ頼む。人手は多ければ多いほど良い」


 俺は手を握り返し、団長と一旦別れてノアへの伝言をアンガスに頼んだ。それから団長と合流して担当する捜索場所を割り当てられると一人でそこに行き、用意していた布で顔を隠して団長の家に向かった。


 この辺りは石造りと木造の家が半々で、団長の家が木造なのは確認済みだ。自警団のお蔭で治安がマシといっても燃えるものなんか道端にいくらでもある。

 俺は小道に入って神の加護を使い、あちこち火を点けて回った。これで自警団は消火に回って他に手が届かなくなる。俺は急いで団長がいる地区に走った。


「見つけた!」


 団長は一人きりだった。遠くからでも俺の声を聞いて眼の色が変わったのが分かった。


「どこだ!?」


「街の手前にある道沿いの倉庫だ。昔馴染みの奴がそこでそれっぽい女が連れ込まれたのを見たらしくて」


 その倉庫はグラハムファミリーが隠れ蓑にしている商会の持ち物だ。他にも別の商会や倉庫が並んでいるけど、街中のメインストリートと違って表道しかない分、一歩裏に回れば人通りはほとんどない。


「あそこか。俺たちだけで行くのは危険だな。先に仲間を集めよう」


 冷静な判断だ。俺と団長だけで助けに行ければ理想だったけど仕方ない。


 急ぎで集まったのは七人だった。一人が援軍を呼びに行き、俺たちは道すがら武器になりそうな棒切れを拾って目的の倉庫に辿り着く。


 中で待っているのはたった一人、ノアだけだ。


 俺は団長たちが倉庫に入ったのを見計らい、外から扉を閉めて鍵を掛けた。ちらと見えたノアは何故か上半身裸で、しかも手ぶらにしか見えなかった。


 焦りと心配が募った。ノアは神の加護が使える巫覡らしい。巫覡の力は別格だ。負けはしないだろうけど万が一がある。ノア一人で戦わせるわけにはいかない。


 俺は棒切れを握りしめて裏にある通用口から倉庫に入った。怒鳴り声が聞こえてくる。戦いが始まったような音が鳴った。急いだ。積み重なった商品の隙間を縫い、中央に向かって小走りで進む。


 視界が開ける前に、倉庫が静まり返った。


 隙間から入り込んでくる風が、濃厚な血の臭いを運んでくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ