第10話
「父さんと母さんが死んだ時のことを聞きに来た」
俺がそう切り出すとシイナは溜息を吐き、少しの間目を瞑る。
話す為に案内されたバックヤードには誰もおらず、壁を通して客と店員の声がくぐもって聞こえていた。
「……カイチおじさんに聞かれて気になったの? 私の方が何も知らないよ。あの時は仕事でこの街を離れてたんだから、それはお兄ちゃんも知ってるでしょ?」
預かりものについては駄目か。借金のことも隠しておきたい。遠回りする必要がありそうだ。
「それは分かってる。殺されたってのが今さら気になったんだよ。何も知らないならそれでいい」
両親の知らせを聞いて街に戻ってきたのは俺の方が先だ。だからこそ、未だにシイナは借金のことを知らないでいる。俺以上に両親の死について知らないのも当然だ。
当時のことを知っているとすれば、当時借りていた家の近所に住んでいた人たちだ。そもそも見つかった死体が俺たちの両親だと証言し、火葬の手続きをしてくれたのも彼らだった。
新たに聞き込みに行こうと踵を返すと、シイナに両肩を掴まれた。
「私も行く。今から調べに行くんでしょ?」
「来るな」
「私も気になるもん。あの時は納得するしかなかったけど、調べるチャンスがあるならちゃんと調べてみたい」
下手に一人で調べられる方が面倒か。
二人してかつての実家があった地区に赴いた。
シイナが帰る前には家賃を払えないという理由で俺が引き払っており、家財道具も何もかも残っていない。既にシイナは就職して社宅に住んでいて生活に支障はなかったけど、再会した当時はそのことでかなり揉めた。
「なんで勝手に全部捨てちゃうかな」
シイナの呟きを無視して、俺は区長のおっさんの家の扉を叩いた。
声がしてからまあまあ待ち、おっさんが腰をさすりながら出てくる。腰を痛めたせいで引退したとはいえ、石工として鍛えた躰はまだまだ立派だ。髭の間に不揃いな歯が覗いた。
「懐かしい顔じゃねえか。妹はともかくおめえはどこで何してたんだよ。まあ、兄弟揃ってんならいいがな。それでどうした?」
「当時のことが聞きたくてさ。親の身元確認したのって誰?」
「最終的には俺だ。あんまり言いたくはねえが酷い状態でな、まともに確認したのは多分俺だけじゃねえかな」
俺はシイナは見やった。
どうぞ、そう言いたげな微笑みが返ってくる。
それで当たり前の事実に気付く。俺と違ってシイナは当時のことを調べているに決まっている。着いてきたのは両親が目的ではなく、あれ以来何をしているのか不明な俺か。
俺は何事もなかったように区長に眼を戻した。
「どんな状態だった?」
「二人とも顔が滅茶苦茶に潰されてた」
思わず声が出た。顔が潰されていたのにどうやって身元確認した。その疑問を率直に口にする。
「体格が同じだった。それに服とか持ち物とか、俺が見覚えのある物を持ってた。それはおめえに渡したろ?」
確かに渡された記憶はある。あれは間違いなく両親の物だった。
「死体を見つけたのはどこ?」
「街の南西の端っこに墓場があるだろ? あそこの近くには身元不明の死体の為の安置所もあって、各地区の区長が集まる会合の時に、誰か知らないかって情報が回ってくるようになってる。そこで気付いたってわけだ。墓場の近くで見つかったらしい」
両親はそんなところで何をしていた。それとも別の場所で殺されてそこまで連れてこられたのか。行って調べるしかなさそうだ。
区長と別れて死体安置所に向かう。シイナも当たり前のように着いてきた。
「自分で調べて知ってるんだろ? だったら帰れよ」
「やだ。そこまでは調べてないし。というかあそこ不気味だから一人で行けなかったんだよね」
どこまで本当なのやら。俺はそれ以上何も言わず、安置所を目指して進んだ。
相変わらず誰もいない地区だ。安置所や火葬場は当然として墓場にも人っ子一人いない。一部の人間を除けば集団埋葬が基本だから、多くの人間にとっても思い入れがないからか。
安置所に入ると事務仕事をしていた爺さんが顔を上げた。
「誰をお探しですか?」
「いや、火葬は済んでる。どういう死に方をしたのか当時の状況を聞きたいんだ」
両親の名前や特徴を伝えて調べてもらう。シイナは不気味と言ったけど、安置所の運営や死体の回収をしているのは競龍運営委員会の下請けだ。普段は街の出来事に無関心な委員会も公衆衛生の問題は見て見ぬふりができなかったらしい。
実質、役人ともいえる爺さんが奥から資料を持ってきた。
「ありましたよ。ご両親のご遺体は墓地の入り口で見つかったようです。付近に血の跡はなく、亡くなったのは別の場所のようですね。それと亡くなってから何日か経っていたようです。どちらも顔を鈍器か何かで潰され、それとは別に刃物による刺し傷がいくつかあったようです」
隠していた金が原因で両親が殺されたのなら話は単純だ。犯人を探し当てればそれで済む。
「誰かが運んできたなら目撃情報はないのか?」
「それは我々の仕事の範疇ではありません。ただ、私の記憶ですとそういったものはなかったように思います。おそらく深夜の出来事だったのでしょう」
舌打ちする。手がかりはここでおしまいだ。元々人目のないここで他に目撃情報があるとは考えにくい。
「その日、他に変わったことはありませんでしたか?」
シイナが訊ねた。資料を戻そうとしていた爺さんが動きを止めた。
「そう言えば、同じ日かどうかは記憶がはっきりしませんが、安置されていたご遺体の数が合わないと担当職員から報告がありましたね」
「調べてください」
爺さんは同じ資料を開いた。しかしいくら待っても爺さんはそれを見つけられずに首を捻った。
「おかしいですね。収容された段階で全て記録されているはずなのですが、それらしいご遺体が収容されたという記録がそもそもありません。報告については中年男女のご遺体が消えたと記録に残っているのですが」
「そのご遺体の特徴は覚えていますか?」
シイナが食いついた。考えていることは想像がつく。あり得ないことだ。
「何分歳ですから。どちらも中肉中背だったような気もしますが何とも言えません。当時の担当も今日は休みですし」
「いえ、ありがとうございます」
そう言ってシイナは安置所を飛び出した。その髪の毛がご機嫌な犬の尻尾みたいに揺れている。
俺も安置所を出て、希望に胸を膨らませたシイナに釘を差す。
「生きてるわけないだろ」
「だったら今のことをどう説明するの?」
「死体を偽装する動機がない」
「本人に聞いたの?」
それを言われると弱い。ただでさえ秘密裏に借金を抱えていた両親だ。他に一つ二つ秘密があっても不思議じゃない。
「……偶然だよ。とにかく調べるのは止めとけ。仮に生きていたとして、見つけてどうするんだよ。死体を偽装したってことはそれ相応の理由があるはずだ。お前一人がどうにかできる問題じゃない。むしろ足手纏いになる」
こんなことを言っている時間も惜しかった。
両親が隠した金という幻想が消えた今、クウスケに脅された分の金は自力で稼がなくてはならない。龍券を買うには協力者が必要で、絶対に当たる保障もない。俺が関わる八百長を利用するにしても、次にそれがいつ行われるかは不明だ。
「お兄ちゃんに何言われても勝手に調べるから」
「駄目だ! いいか、余計なことは絶対にするなよ」
それだけ言って俺は走り出した。シイナとこれ以上話している時間はない。シイナは馬鹿でも無鉄砲でもない。引き返せないところまでは行かないだろう。
そんなことより金だ。
こうなるともう強盗でもするしかない。でもどこに侵入する。大金で売れる物を置いている場所は例外なく警備が厳重だ。
いや、迷っている暇はない。
俺はクウスケにとって仇の一人だ。ちょっとでも機嫌を損ねれば報復として簡単に殺される。
やるしかないんだよ。俺はその言葉を心に刻みつけた。




