第六章 再び陽の昇る日
茨城県下館市 朝の冷たい風が吹き抜ける町。焼け跡だった空き地には、新しい校舎が建ち、子どもたちの笑い声が響いていた。
尾田治郎は、町外れの工場跡地に腰を下ろし、ゆっくりと空を見上げた。
あの日、硫黄島で見た燃える空とは違う。
今の空には、確かに“生きる色”があった。
「……これが、戦のない国、か……」
つぶやきながら、治郎は手帳を開いた。
古びた紙には、軍務中に書き続けていた記録がびっしりと並んでいる。
そこには戦術の覚書だけでなく、仲間の名前、亡くなった兵の最期の言葉、そして見知らぬ未来への祈りが綴られていた。
彼の心の奥底には、未だに“城”があった。
攻め、守り、そして滅びた。
だが今は――城を築く相手が、敵ではなく“明日”なのだ。
春先、治郎は町の青年団の要請で、戦争体験を語る講演を頼まれた。
しかし彼は首を横に振った。
「戦を語っても、誰も幸せにならん。ただ、生きるための知恵を伝えたいのだ」
代わりに、彼は少年たちに木槌の握り方を教え、倒れた蔵を直す手伝いをした。
戦で奪った時間を、少しでも“つくる”ことで取り戻そうとしていた。
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ある日、かつての部下だった青年・安田が訪ねてきた。
かつて硫黄島で肩を並べた若者だ。
「治郎さん、あのとき……本当は軍人じゃなかったんですか?」
治郎は笑った。
「何を言う。俺はただの古い戦上手だ」
「……でも、どこか違いました。あのときの指揮、まるで……何百の戦を知っている人のようで」
治郎はしばらく黙り、煙草に火をつけた。
白い煙が空に溶けていく。
「……戦の名を持つ者など、もういらん。
この国は、もう一度“陽”を取り戻さねばならんのだ」
安田は何も言えず、深く頭を下げた。
数年後――
昭和三十七年の春、尾田治郎は自宅の庭で静かに息を引き取った。
手の中には、硫黄島の砂と、一枚の古びた紙切れがあった。
そこには震える筆跡で、こう記されていた。
「戦に敗れし国にも、再び陽は昇る。
我が名は尾田治郎――
されど、かつての名は風とともに去れ」
数十年後。
彼の墓石の前で、小学生たちが花を手向けていた。
教師が説明する。
「この人はね、戦争のあとにこの町の復興を助けた人なんだよ」
少年の一人が首をかしげた。
「すごいね。でも、どんな人だったの?」
教師は微笑んだ。
「……不思議な人だったそうよ。まるで、昔の武将みたいにね」




