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第二章 敗将、軍に拾われる

焼け跡の街に、鈍い朝日が差し込んでいた。

 建物の影から立ち上る黒煙。焦げた木と鉄の匂いが、まだ鼻を刺す。

 尾田治郎は、崩れた民家の前に腰を下ろし、手のひらで土を掬った。


「戦というのは……時代が変わっても、結局は同じよの」


 火薬の匂いも、絶望の色も、五百年前の落城と変わらぬ。

 ただ違うのは、ここには槍も刀もない。代わりに鉄と炎の化け物が空を飛び、人を焼き尽くす。


 そのとき、背後から軍靴の音が近づいた。

「おい、そこの民間人!」

 振り返ると、陸軍の下士官が二人、銃を構えたまま立っていた。


「昨夜の爆撃の中、生き残ったのか?」

「はい。尾田治郎と申します」

 偽名を口にする声は、もう迷いがなかった。


 一人の下士官が、治郎の顔をしげしげと見つめる。

「……お前、避難誘導をしたって話を聞いたぞ。あの混乱の中、部隊をまとめたらしいな」

「生きるために必要なことをしたまでです」


 下士官はしばし考え、頷いた。

「司令部が人手を探している。徴用扱いだが、来てもらう」


 ――こうして、尾田治郎は軍の補給拠点へと連れて行かれることになった。





 厚木郊外の陸軍補給所。そこでは、弾薬や食糧が次々と前線へ送られていた。

 兵士たちは疲弊し、士気は低い。連日の空襲に備え、誰もが死を覚悟していた。


 そんな中、治郎は奇妙な存在として注目を浴びる。

 軍歴も階級もない中年の男が、なぜか士官たちの前で冷静に戦況を語るからだ。


「敵の空襲が北から来るなら、ここで迎え撃つのは愚策。

 兵と物資を南西の林へ一時退避させ、風上に火を放てば敵は煙で狙いを外す」


 地図を指でなぞりながら語る治郎の声は、妙な説得力を持っていた。

 戦術は古めかしい。しかし、その根底にあるのは「勝つためではなく、生き残るための戦い」だった。


 若い将校が呆れ顔で言った。

「貴様、戦場を何だと思っている? 逃げることばかり考えて……」

 治郎は静かに答えた。

「戦とは“生きるための術”よ。死んで何が残る」


 その言葉に、周囲の空気が変わった。

 誰も口にはしないが、皆、心のどこかで分かっていた。

 勝利よりも、生存こそが今の戦に必要なものだと。





 翌朝。治郎の提案通り、物資は林へ移された。

 そして昼過ぎ、予想通りの空襲が始まる。


 爆撃機が編隊を組み、補給所を狙って爆弾を投下。

 だが、そこにあったのは空っぽの倉庫と、偽装された廃材の山だけだった。


 林に避難した兵たちは、爆撃が終わるのを見届けてから戻り、無傷の物資を確認して歓声を上げた。


「すげぇ……本当に助かった!」

「尾田さんのおかげだ!」


 その光景を見て、治郎は空を仰いだ。

 焼け焦げた雲の向こう、青空の隙間から光が差し込んでいた。


「戦は、勝たずとも、生きねばならぬ。

 敗れようとも、立ち上がれば道は開ける」


 そう呟いた声を聞いた若い兵士が、問う。

「尾田さん……あんた、何者なんです?」


 治郎は笑みを浮かべ、ただ一言だけ答えた。

「昔、何度も負けた男さ。だが、生き延びる術だけは身につけておる」





 その日以来、補給所の兵たちは彼を密かに“敗将はいしょう先生”と呼んだ。

 そして数週間後――尾田治郎は陸軍参謀本部の目に留まり、前線視察部隊への随行を命じられる。


 運命は、再び彼を“戦の最前線”へと導こうとしていた。

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