第一章 炎の空
――光。
眩しく、目を灼くような閃光の中で、彼は死を迎えた。
落城、敗走、裏切り、再起。幾度繰り返しても、その結末は敗北であった。
だが不思議と悔いはなかった。己が生き延び、何度でも立ち上がってきた証がそこにあるからだ。
次の瞬間、耳を劈く轟音が彼を現実へと引き戻した。
開いた瞳に映ったのは、炎に包まれる街並み。瓦屋根ではなく、四角く積み上がった石と鉄の建物。空からは無数の黒い影が迫り、腹から爆弾を吐き出していく。
「……ここは……どこだ……?」
戦国の戦場でも、これほどの地獄は見たことがなかった。
天から落ちる爆炎。地を震わせる爆風。人々の悲鳴。
「おい! なに突っ立ってるんだ、死ぬぞ!」
怒鳴り声とともに腕を掴まれる。振り返ると、若い兵士が軍服に身を包み、必死の形相で彼を引っ張っていた。
「お、お前……名は?」
問われ、彼は一瞬迷った。戦国の名を告げれば怪しまれる。
咄嗟に口から出た言葉は、己のものではない――偽りの名。
「……尾田……治郎だ」
「尾田? ふざけてる暇はない! こっちだ!」
兵士に引かれるまま、防空壕へと飛び込む。背後では轟音と炎が街を飲み込み、人の叫びが消えていった。
息を整える間もなく、周囲の兵士たちが慌ただしく動く。
爆撃で混乱した市街の避難を指揮する者。武器を持って走り回る者。
だが、すでに隊列は乱れ、混乱に呑み込まれようとしていた。
その光景は、かつて幾度となく体験した落城の混乱と酷似していた。
己の中の血が、自然と叫びを吐き出す。
「退けぇっ! 一度退け! 死ぬな、退いて立て直せ! 生き延びれば、まだ戦える!」
兵士たちは一瞬ぎょっとしたように顔を向けた。だがその声には、なぜか逆らえぬ迫力があった。
慌てて逃げ惑っていた兵たちが、次第にまとまりを見せ始める。
一人の男の叫びが、炎の中でわずかな秩序を取り戻していった。
若い兵士が目を見開き、呟いた。
「……あんた、ただの民間人じゃないな」
治郎――否、元・小田氏治は口の端を僅かに歪めた。
「ただの生き残りだ。幾度も敗れ、幾度も立ち上がってきただけのな」
彼の声は爆音にかき消された。
だがその眼には、戦国から続く“敗れても生き残る”という哲学が宿っていた。
炎に包まれる街の上空で、再び爆撃機の影が唸りを上げる。
尾田治郎の太平洋戦争における第二の戦場が、ここに始まった。




