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5話.オシャレなカフェと甘い時間


 ノワールが連れてきてくれたお店は、最近できたばかりのこじんまりとしたオシャレなカフェだった。


 ミルクチョコレートのような色合いのドアを開ける。

 真っ先に目に飛び込んでくるのは、美しく咲く色とりどりの花。

 カフェはまるで小さな花園のようだった。

 テーブルの上には、小さな瓶に生けられた花が。

 何より一番目を引いたのは天井だった。

 空から花が降って来たかのように、たくさんの花が吊るされている。

 その光景は、夢の中のようだった。


 母と過した庭での優しい記憶が蘇り、フランは穏やかに微笑む。

 大切な思い出を噛み締めるように。


 店員さんに案内してもらった席にフランとノワールがゆっくりと向かい合って座る。

 テーブルにはそれぞれ違う花が生けられており、フランの席には白いマーガレットの花が咲いていた。


「気に入りましたか?」


 ノワールが穏やかに微笑みながら問いかける。


「はい!とても気に入りました。」

「良かったです。フランは花もお好きだと思ったので。それに……。」

「それに……?」

「花に囲まれるフランがどれほど可愛いか……私が見てみたかったので。」


 ノワールの優しい笑顔と甘い言葉にフランの頬が赤く染まる。


「ノ、ノワール様……。」

「赤く染まったフランは、苺のように甘そうで……思わす食べてしまいたくなりますね。」


 ノワールが悪戯っぽく笑う。

 

 これ以上、ノワールの話を聞いていたら砂糖のように甘く溶けてしまうだろう。

 フランは話題を変えようと、メニューに手を伸ばした。


「冗談はその辺で…!は、早く選びましょう!」

「フフッ。はい。」


 ノワールがフランの手元にあるメニューを覗き込む。

 フランがノワールにも見えやすいようにと、ノワールの方へそっとメニューをずらす。


「ありがとうございます。」


 ノワールは小さくお礼を言うとそっとフランの手に自分の手を重ねた。


「ノ、ノワール様……?」


 フランが少し困ったような照れたような表情を浮かべる。

 

「すみません。フランがあまりにも優しくて、可愛かったものですから、つい。」


 ノワールが少し照れながら微笑む。

 優しい笑顔にフランの心がマーガレットの花びらよりも軽くふんわりと舞い上がった。


 片想い相手の、大好きな人の手を振りほどくのは少し勿体ない気がしたが、これ以上手を握られていたら心臓が持たない。


「も、もう……!メニュー!メニューをちゃんと見てください!」

 

 フランは慌てて手を振りほどき、メニューを指差す。

 しかし、頬に集まった熱は収まってはくれなかった。


 顔を真っ赤にさせて動揺する姿が可愛くて、ノワールがクスッと笑う。


「そうですね。では、私はこちらのフルーツタルトにしようと思います。フランはどうしますか?」

「私はこの、生クリームたっぷりの。イチゴのパンケーキにします。」

「わかりました。飲み物はどうしますか?」

「紅茶にします。」


 そう言うとノワールは店員さんを呼び、フルーツタルトとイチゴのパンケーキに紅茶二つをテキパキと注文した。


「フランはイチゴがお好きなのですか?」


 待っている間、ノワールがフランに質問をする。

 ノワールの笑顔をどこか期待に満ちていた。


「甘酸っぱくて好きなんです。それに、母がよくお庭でイチゴを育てていたので。美しい庭園で、母が育てたいちごを作ったショートケーキをよく一緒に食べていました。母との大切な思い出です。」


 フランがマーガレットの花びらにそっと触れながら笑顔を浮かべる。


「素敵な思い出ですね。」

「ふふっ。ありがとうございます。

 ノワール様はフルーツや甘い物が好きなんですか?」

「はい。実は甘党で。甘い物には目がないのですよ。」


 ノワールが普段の落ち着いた神聖な魔術師の雰囲気を解すように、柔らかく微笑む。


「……!?ノワール様は甘党だったんですね!」


 フランの目が驚きでまん丸になり、口元は小さく開く。

 

 甘い物が好きだという男性は少なく、フランはそんな男性には会ったことがなかった。

 いつも優雅で魔術師という神秘的な人が甘いものに目がないなんて。

 彼の秘密をそっと分けてもらえたようで、フランの心臓がドキドキと音を立てる。


「私のように男性で甘党は少し浮いてしまいますよね。」


 そう言うとノワールは、今しがた運ばれてきた、美しい花の装飾のティーカップに手を伸ばして口をつけた。

 微笑んでいるものの、眉がほんの少しだけ下がっている。


「そんなことないです……。」


 思わずフランの口から言葉が零れた。

 ノワールが緩やかにフランを見る。

 

「フラン?」

 

「……たしかに、甘党の男性の方はあまりいないです。

 私もノワール様のように甘党の方には会ったことがありませんでした。なので、少し驚いてしまったのは本当です。」


 フランはノワールをしっかりと見たまま横に首を振る。

 

「でも、それを悪い事だとは思いません。

 私はこうしてノワール様と好きを分かち合えるのが、とても嬉しいです。ノワール様が甘党で良かった。」


 窓から差し込む陽の光に負けないほど、フランが温かく微笑む。

 その笑みはノワールの心に優しくて触れて、微かな陰りを柔らかく溶かしていく。


「ありがとうございます。

 私もこうしてフランと楽しめて嬉しいです。」


 ノワールがフッと笑みを零す。

 その柔らかな表情を見て、フランはそっと胸を撫で下ろした。

 

 ちょうどその時、フランとノワールの元に店員が近づき、フルーツタルトとイチゴのパンケーキを運んできた。


「お待たせいたしました!」


 鮮やかなフルーツタルトがノワールの前に、厚みのあるイチゴのパンケーキがフランの前に置かれる。


「わぁ……!」


 パンケーキを見たフランが瞳を輝かせる。


「す、すごいです!こんなに大きないちごが乗ったパンケーキを初めて見ました!」


 はしゃぐフランのノワールは目を細める。

 フランを映すその瞳は、穏やかで温かい。


「見てください!ノワール様!!ほら!こんなにふわふわですよ!」


 フランがパンケーキにナイフを入れフォークを刺して、またも目をキラキラ輝かせる。


「とてもふわふわですね。」

「私、こんなにふわふわなパンケーキは初めてです!」


 一口大に切ったふわふわのパンケーキに生クリームをたっぷり乗せ、いちごを載せる。

 そして、一口。フランが小さな口を大きく開けて、もぐもぐと食べる。


「お味はどうですか?」

「とっても美味しいです!パンケーキはすごくふわふわで、いちごも生クリームも甘くてとても美味しいですよ!」

「それは……良かった。」


 ノワールが心でそっと息を吐く。

 このお店は、最近できたばかりで、若い女性から人気という話を聞いてノワールはフランを連れてきた。

 このお店に来るのは、ノワール自身も初めてで、内装も料理の味もどんなものか知らない。

 心優しいフランが怒るようなことはないと思うが、せっかくのデートだ。できることなら喜んでもらいたいと内心緊張していた。

 しかし、その緊張もフランのとびきり嬉しそうな笑顔を前に吹き飛ぶ。

 ノワールもそこでやっと、フルーツタルトにフォークを刺した。


「フルーツタルトのお味はどうですか?」


 フランがニコニコとした笑みで尋ねる。


「フルーツが瑞々しくてとても美味しいですよ。」


 フランにつられるようにして、ノワールも笑顔を浮かべる。

 そこでふと、ノワールはとあることを思いつく。


「フランも一口食べてみませんか?」


 そう言ってノワールは新しいフォークを出し、いちごの乗っているところフォークで指す。

 そしてそのままニコニコとした笑顔を浮かべ、フランの口元へと持っていく。


「あーん」


 食べさせてもらうという行為は今まで友人も恋人もいなかったフランからすれば初めてのことで、戸惑う。


「ノ、ノワール……。は、恥ずかしいのですが……。」


 口を開けてしまえば良いのだが、恋人でもないのに恥ずかしくて、フランの頬が真っ赤に染まる。


「フランにもこの美味しさを分けて差し上げたかったのですが、やはりこれはやりすぎたでしょうか……?」


 ノワールが少しシュンとした顔をする。

 そんな子犬のように悲しそうな顔をされては、フランも無下に断ることは出来ない。


「そ、そんなことは、無いです……!あの!いただき、ます!」


 そう言うとノワールは、先程のしょぼんとした表情から一変し、パァっと笑みを浮かべる。

 なんだかノワールにしてやられているような気がしないでもないが、ノワールの笑顔が見れるのなら良いかと、思い切って口を開けた。


 パクッとフルーツタルトを食べる。

 サクサクとした食感にフルーツの甘さが広がるのが、フルーツタルトというものだ。

 しかし、恥ずかしさと緊張からか全く味がしない。


「どうですか?」


 ノワールが優しく尋ねる。

 『恥ずかしさと緊張で全く味がしませんでした』なんて言うことはできない。そんな事を言ってしまい『では、もう一度』なんて言われてしまったら、心臓がこれ以上持ちそうにない。

 自分の心の平穏のためにフランはコクコクと頷く。


「と、とても美味しかったです。」

「フルーツタルトも気に入って貰えたようで良かったです。」


 味がしなかったことがバレなかったことに、そっと息をつく。

 嘘をついてしまったのは、少し心が痛むがこれも必要なことなのだ。


 ニコニコと嬉しそうにしているノワールを見つめる。そこでふと思う。

 ノワールはフランのために、フルーツタルトを一口分けてくれた。ならばこれは、自分もお返しするべきだろうと。

 

 そう。これは一口くれたことへのお礼。

 ノワールにしてやられたから、仕返ししようと思っている訳ではない。ましてや、ノワールが顔を真っ赤に染めて狼狽えている姿が見れるかもしれない、などと思ってもいない。


 先程のノワールを見習い、新しいフォークを取り出す。

 パンケーキを丁寧に切って生クリームを沢山乗せる。甘党と言っていたノワールのために、パンケーキが隠れてしまうほど生クリームを乗せた。


「ノワール様!私のパンケーキもどうぞ!」


 緊張で僅かに声が震える。

 それでも、フォークを差し出すと、ノワールは目を瞬かせ、そして、パンケーキをパクリと食べた。


「とても美味しいです。フランが食べさせてくれたおかげか、とても美味しく感じました。ありがとうございます。」


 フォークをそっと置き、胸に手を当てる。

 ノワールの言葉にドキドキと心臓がうるさい。


 ノワールをドキドキさせるどころか自分ばかりドキドキする。

 それどころか、ノワールは食べさせてもらうという行為にさせ照れずにすんなりと受け入れた。

 ノワールの余裕そうな態度が少し悔しい。

 でも、そんなこと吹き飛ぶくらい、パンケーキを食べさせた時のノワールは、満面の笑みを浮かべていた。

 今日一とも言えるノワールの笑顔。それを真正面から浴びてしまったフランはしばらくの間、ノワールの事を見ることが出来なかった。



 食事を終えて、のんびりとノワールとの会話を楽しみ、外へ出ると、外は茜色に染まっていた。

 短いように感じていたが、時間は随分と経っていたようだ。


「フラン。今日はありがとうございました。」

「いいえ。私の方こそありがとうございました。ノワール様とたくさんお話できて楽しかったです。」

「私も可愛いフランと過ごすことができて、貴女の事を知ることができて、とても素敵な時間でした。」


 この時間が終わってしまうと思うと少し悲しくて、胸がぎゅっと苦しくなる。

 胸元でぎゅっと手を握りしめると、温かい手がフラン手をそっと包んだ。


「ノワール様……?」 

「フラン。また、誘ってもいいですか……?」


 ノワールが恐る恐ると言ったように聞いてくる。

 先程の食べさせ合いっこをした時は、余裕そうな顔をしていたのに、今は何だか焦っているようだった。

 食べさせ合う方が余程、勇気がいることのように思えるが、ノワールからしてみれば誘う方が勇気がいることなのかもしれない。

 それが何だか面白くて、フランはくすくすと優しく笑う。


「ふふっ。もちろんです。でも、次は私からお誘いさせてください。今度は私がノワール様に喜んで貰えそうなところにお連れします。」


 ノワールがほっとしたように表情を和らげる。


「楽しみにしています。」


♢♢

 

 ノワールとのデートの余韻からか、いつも屋敷へ帰る時は憂鬱な気持ちなのに、今日は弾んだ気持ちで屋敷へと帰る。

 軽やかな気持ちで屋敷へ入ると、メルが神妙な面持ちで立っていた。


「おかえりさないませ。ブランシュ様。」

「ただいま。メル。」


 挨拶をして上着を預け、部屋へ戻ろうとすると、メルが顔を歪ませながら重々しく口を開いた。


「旦那様がお呼びです。」


 滅多に呼ばれることのない父からの呼び出しに、楽しい気持ちから一瞬でズドンと心が重苦しくなる。

 それでも父の言葉を無視することはできない。


 ブランシュは重い足取りで執務室へと向かった。



 コンコンとドアをノックする。

「入れ。」という、温かみのない言葉と共に入室する。


「ああ。帰ったのかブランシュ。お前に、いい縁談を持ってきてやった。」

「……え?」


 突然の父の縁談という言葉に一瞬思考が停止する。

 今まで、縁談の話はなかった。あったとしてもいつもは義妹の縁談だ。

 いきなりの縁談に驚いた。けれど、気になるのはあの父の表情。

 ブランシュの縁談が良縁なら父があれほど嬉しそうな笑顔を浮かべるはずがないと警戒する。


 父が一枚の書類を机に置く。

 ソッと手を伸ばし、そこに書かれていた名前を見た瞬間。体の芯から冷えて血の気が引いた。


 ブランシュと二十以上も年の離れた中年の貴族。

数々のスキャンダル と欲に塗れた噂しかない、悪名高い貴族で、ブタ侯爵として有名だった。


 女性なら誰もが関わりを避けたいと思う男。

 

「……っ!……そんな……。」

「名門だ。我が家にも、お前にも良い話だろう?」


 父の言葉に、書類から視線を上げ、絶望した表情で見る。


 憎らしいほど、心底嬉しそうな表情を浮かべる父。

 ブランシュの絶望こそが幸福とでも言うような嫌味な顔。


 ブランシュはただ黙って拳を握ることしか出来なかった。



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